第4話 幸助と早苗
自宅への最寄り駅から出て幸助たち三人は歩く。
ワイシャツの早苗は赤い花飾りが付いたヘアピン、ティーシャツの早苗は青い花飾りが付いたヘアピンで髪を留めている。渋谷から帰る前に幸助が買ったものだった。
これから見分けやすくするために、違う色を選んでいる。
赤いヘアピンの早苗が口を開く。
「やっぱりレッドのほうが主役っぽいよね」
青いヘアピンの早苗は首を振ってから、
「そうかもしれないけど、でもヒロインといえばブルーだよね」
「そうかもしれないけどやっぱりレッドかな」
二人の早苗が同じ記憶を持っていて、同じように物事を考えるなら、ヘアピンの色に対しての好みはどちらか片方に寄るものだと幸助は考えていた。しかし二人の早苗の希望で幸助が色を選んだ結果、二人は自分の色が気に入っていると言った。
幸助は前に斎藤から「保有効果」という言葉を聞いたことを思い出していた。人は自分が持っているものに対して、持っていない時よりも価値を感じてしまう。
赤いヘアピンの早苗が幸助へ顔を向ける。
「兄ちゃんはどっちが似合ってると思う?」
「どっちも似合ってるけど。だって俺が選んだんだし」
青いヘアピンの早苗は頬を膨らませて、
「ハッキリしないなー。でもまあ、悪い気はしないかなー」
幸助の前で二人の早苗は並んで歩く。
「さっきこっそり話したんだけど、殺すのはやめにしたんだ」
どちらかの早苗が言った。
「それはよかった。俺はもうどっちも早苗にしか見えなかったから」
「そりゃそうだよ。記憶も完璧に一緒だったから。最初の朝、殺すって言われたあとにいろいろ質問したら、あたしよりあたしのことを知ってたし。……あたししか知らないことも知ってるし」
「自分のほうが疑われるならそりゃ言い出しづらいよな……。気になってたんだけど、どうして殺そうとしてたんだ?」
「だって、自分のほうが記憶も癖も本人らしいなら、自分だけでいいし」
「こわ……。それで、どうしてやめにしたんだ」
「違うものをいいと思うようになったからかな。もう違う人間だと思う」
「あっさりしてるな」
「でも同じものが好きらしいけどね。いや、そのせいかな」
*
スーパーに寄ってから帰宅した。
二人の早苗がカレーを作っているので外に出て携帯で電話をかける。
「あ、もしもし母さん、うん、早苗は来てる。そう、大丈夫。で、息子の俺からこんなこと言うのも変だけどさ、妹が増えたよ」
やっぱり怒られた。
通話を終えてため息をつく。
「兄ちゃん何やってんの?」
振り向くと早苗がドアから顔を出していた。
上下に二つ同じ顔。
上のほうは赤いヘアピン、下のほうは青いヘアピンだった。
「いや、なんでもない。母さんに今日撮った面白い写真でも送り付けてやろうと思ってな」
今日展望台で撮った写真だ。
「ああ、兄ちゃんの顔ね。あれは傑作だった」
赤いヘアピンの早苗だ。
「そういう意味の面白いじゃないんだが……」
「とりあえず入りなよ。カレーはもうちょいだけど、その間に東京での兄ちゃんについて質問がたくさんあるんだから」
青いヘアピンの早苗だ。
部屋に戻った幸助は目を丸くした。
「そ、それをどっから出した!?」
「だから質問なんだけど、この〈東京美熟女カンパニー~これが我が社の残業代~〉だけど、兄ちゃんはこういうのが趣味なの?」
早苗が手に持っている本を見た幸助は一昨日斎藤と話したことを思い出していた。
斎藤が置き忘れた本をバイト先に持ってきてくれと言われていたのだ。
昨日はそれを忘れていた。
「いやそれはだから友人が忘れていったものでホントにしょうがないやつだなまったく斎藤は。それよりなんで場所が!?――あと机の鍵付きの引き出しに入ってなかったか?」
「場所はベッドで見つけたフリした瞬間に兄ちゃんガン見してたから。鍵は部屋の鍵と一緒のリングについてたのさっき見た。それより言い訳はよくない。今日はその辺とことん確認させてもらうからね」
「斎藤ォォォオオオオ!」
世界のどこかで斎藤がくしゃみをした。
妹は増えたようです 向日葵椎 @hima_see
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