第3話 幸助の計画
翌日、幸助と二人の早苗は渋谷に買い物に出た。
ハチ公改札から出た幸助は二人の早苗に言う。
「今更こんなこと言いたかないが、兄ちゃん金ないからな」
「もともと期待してないってば」
ワイシャツの早苗が街を見渡しながら答える。昨日スカートだったほうか短パンだったほうかはわからない。
ティーシャツの早苗も同じようにして答える。
「そうそう。もう駅から出るだけで十分以上かかっちゃったし。兄ちゃんホントに東京で暮らしてるの?」
「あのなあ……。東京つってもいろいろあるんだぞ。俺は普段こういうオシャレな街にはこないの」
「それにしてもすっごいや。街全部がショッピングモールみたいだ……」
「早苗の中ではスゴイトコ・イコール・ショッピングモールなんだな」
はしゃぐ二人の早苗に微笑む幸助には、ある計画があった。
*
「どうー?」
試着室のカーテンが開く。
中の早苗は白のフレアスカートにジージャンを羽織っている。元々着ていたティーシャツはそのままだ。
「いいんじゃないか。東京の子っぽいぞ」
幸助はオシャレのことはまったくわからない。自身の服も無難そうなものだけ選び流行は気にしていないので、女子の流行は異次元であった。
「それぜったいわかってないでしょ。早苗はどう?」
幸助の隣にいるワイシャツの早苗は目を輝かせて答える。
「すごい! あたしってこういう風に見えるんだ。早苗一回クルって回って」
二人の早苗は互いを同じ「早苗」で呼び合っていた。
回る早苗と、その後ろの鏡に映る早苗へ幸助は視線を向ける。
幸助の計画そのイチ――鏡に映るかどうか確かめよう。
超常的な存在なら鏡に映らないかもしれないと幸助は考えた。オカルト系の知識には詳しくなかったが、インターネットで調べた。
昨日斎藤と話した後に幸助は、二人の早苗の内どちらかが本物ではない可能性について考えていた。そして早苗のそっくりさんが現れて成りすましているという説は利点の面――早苗になってもメリットが皆無――から消去し、ドッペルゲンガーの説を考えることにした。……そもそも昨日ザンギめっちゃ食べてたしどう見ても普通に生きてるっぽかったけど、もはやそれ以外にどう考えていいのか幸助にはわからなかった。
二人の早苗は入れ替わって閉じられたカーテンが、再び開く。
「どうかな?」
着替え終えた早苗はショートパンツにカーディガンを羽織っている。元々着ていたワイシャツはそのままだ。
その時、幸助は気づいた。
「わかった。何か羽織っとけばいいんだな」
オシャレの法則についてだ。鏡に早苗はちゃんと映っている。
「似合ってるかどうかってことなんだけど!」
「早苗は何着ても似合うから大丈夫だって」
「あっ、ごまかしたなー。まあ悪い気はしないな」
幸助の計画そのイチ――結果、問題なし。
*
幸助の脚は震えていた。
渋谷駅直結のビル屋上にある展望台に幸助たち三人はやって来たが、幸助は高所恐怖症だった。
「……帰んない?」
幸助は二人の早苗に言った。
「何言ってんだよ。兄ちゃんから行きたいって言ったんだろ。バエ、なんだろ?」
ワイシャツの早苗が言った「バエ」というのは「
幸助の計画そのニ――写真に映るかどうか確かめよう。
超常的な存在なら写真に映らないかもしれないと幸助は考えた。後から、こういうのでわかるのは「見えないもの」であり、意味ないんじゃね? と思ったが、とりあえずやってみることにした。
「やめろ! 引っ張るんじゃない!」
幸助は両手を二人の早苗に引っ張られていた。
その先には透明な壁があるが、向こう側のお空や街が丸見えなのである。通常であれば絶景であるが、幸助のような高所恐怖症となるとそうもかない。ちゃんとした足場や壁があろうとも恐怖に足がすくむ。
「ほらほら早くしろよー、兄ちゃん」
笑顔の早苗たちが幸助には悪魔に見えた。この時、幸助は自分のドッペルゲンガーでも何でもいいから代わってほしかった。
ガラスの壁際まで到着すると、幸助は震える手でスマホを自撮り棒の先につけ、広がる街を背景に三人で写真を撮った。あまりに幸助の手が震えていたため、二人の早苗に手を添えられながら。
撮影後、すぐさま壁際から離れて写真を確認する。
噴出す二人の早苗。
「ちょっ、兄ちゃん顔――撮りなおす?」
「もう勘弁してくれ!」
写真にはこわばった表情の幸助。両側に二人の早苗。
幸助の計画そのニ――結果、問題なし。
*
ラーメン屋のカウンターでラーメンをすすりながら幸助は、「早苗はカメラも携帯も持っていないし、俺はスマホはあれどSNSをやっていないのに、なんでバエなどという理由をつけて、しかもよりにもよってあんな高い場所を選んでしまったのだろう」と思っていた。
その両側では二人の早苗が猛烈な勢いでラーメンをすすっている。
三人とも塩ラーメンだ。
幸助の計画そのサン――塩。
霊的な何かなら塩に弱いかもしれないと幸助は考えた。もうアイデアは限界だった。……そもそも昨日濃い味のザンギめっちゃ食べてたし今更塩がどうとかいうのも意味がないとはわかっていたけど、もう幸助にはこれしか思いつかなかった。
ティーシャツの早苗が麺をすすって幸助に顔を向ける。
「替え玉していいっ?」
「いくらでもしなさい。兄ちゃんにできるのはもうこれくらいです」
「やったぜ」
二人の早苗は合計十玉以上食べた。
幸助の計画そのサン――結果、問題なし。
*
ラーメン屋から出ると二人の早苗は伸びをした。
「いやー食ったわー。あっちのフードコートにもできればいいのにな」
ワイシャツの早苗だ。
「そうだな。でもまあ、あたしは満足できたかなー」
ティーシャツの早苗が返す。
この言葉に幸助は何か気になるような感覚を覚えた。
しかしすぐにワイシャツの早苗が、
「夕飯はカレーがいいな」
幸助は思わず笑う。
「まだ食えるのかよ」
「余裕でしょ。だって――」
二人の早苗が顔を見合わせてから幸助のほうへ向け、
「『二人だし!』」
「……それ、二人で同じ量食べてたら意味ないだろ」
幸助は夕飯の会話で盛り上がり始めた二人の早苗を眺めていたが、
「そうだ、ちょっといいか?」
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