第2話 助けてくれ斎藤

 夕方。幸助はこれからアルバイトがある。

 玄関まで見送りに来た二人の早苗に言う。

「じゃあちょっと行って来る。夕飯は帰ってきたら作るが腹が減ったらテーブルに財布があるから。それから探しても面白いものは出てこないからな。あまり散らかすんじゃないぞ」

「『わかった』」

「ホント何もないからな!」

 そう言い残し幸助はアルバイトに向かった。


 *


 大学近くの喫茶店。幸助のアルバイト先だ。店内には大学生らしき客がぽつぽついるくらいで静かなものだった。

 カウンターの奥に立っている幸助は同じく隣で立っている男に話しかけた。

「斎藤、人って増えるのか」

 斎藤は幸助と同じ大学の友人だ。

「幸助ってたまによくわからないこと言うよな。そうだな、人は増えるだろ。耳を澄ませてみな。今もこの地球のどこかでは産声が上がり続けているのだから」

「お前に言われたくないよ。いやそういうのじゃなくって、なんていうのかな、自分と全く同じ人間が急に現れたりすることってあるのかな」

「ああ、そういう話か。ちゃんとした話なら、幻視として自分と同じ姿の人間が見えるっていう話は聞いたことがあるぞ」

「うーん、幻視とかじゃないっぽいんだよな。なんかモノにも触れるっぽいし」

「まるで見たことあるような口ぶりだな。見たのか?」

「俺じゃないけどな」

「そうか。ではちゃんとしてないほうの話もしておこう。暇だしな」

「おい斎藤、もっと詮索してくれてもいいんだぞ」

「幸助には興味ないよ。さて、それでこっちの話は冗談みたいなものだが、世界には同じ見た目の人間が三人はいるらしいぞ。そういうのじゃないのか」

「それは聞いたことあるな。でもそれとも違うみたいで、名前も記憶も同じなんだ。それが朝起きたら一緒に寝てたらしい」

「それは困ったね」

「困ったね。おい、もうちょっと興味持ってくれよ」

「どのくらい」

「えーっとぉ、いっーぱい」

「虫唾が走るがいいだろう。じゃあ、そいつは本当のことを言っているのか」

「嘘をついているって言いたいのか」

「これが俺の興味の持ち方だ」

「だから友達いないんだぞ」

「ぐうの音も出ないな」


 *


「でも名前は簡単にごまかせるとして記憶はそうもいかないだろう」

「そうとも限らないさ。記憶は情報だ。自分についての情報がどこまで広がっているかを把握することは難しい。例えばこのあと俺がSNSで友人が変人だという記憶を書き込んで拡散するかどうか、拡散してどこまで広がるかは幸助にはわからない」

「斎藤はSNSとかめちゃくちゃ興味ないだろ」

「うん。やってない」

「まあ言いたいことはわかった。誰かに聞くか見るか、とにかく何らかの方法で知りさえすれば、同じ記憶を持っているフリができるし、好みや癖についても模倣が可能だもんな」

「それも本人以上にな」

「またよくわからないこと言ってる」

「興味を持たせた幸助が悪い。聞いてもらおう。俺は幸助をどうやって認識していると思う」

「それはシフト通りにバイトに来て、いつも通りの見た目で普通に話したりするからだろ」

「そうだな。じゃあちょっとテストさせてもらおう。本物の幸助かどうかを」

「テスト?」

「第一問。昨日俺と幸助が話した話題はなんだ」

「昨日会ったっけ?」

「この野郎。第二問。今日の幸助のいつもと明らかに違うことは」

「ちょっと男前になった?」

「それこそいつもと変わらん。二問とも不正解だ。お前は幸助じゃない」

「いやいや俺は幸助だよ」

「知ってる。俺が言いたかったのはこうだ。もし幸助がもう一人いて、そいつが昨日のちょっと話した時の記憶をちゃんと持っていて、今日の明らかな違いもなかったら、どちらが本物らしく思える?」

「まあ、もう一人のほうだろうな。それで今日の俺の明らかな違いってなんだ?」

「今週号の漫画雑誌の話をしてこない」

「ああ、いろいろあってまだ読めてないんだ」

「つまり本人が忘れていることや、偶然いつも通りでない部分すら補うことができれば、本人以上に本物らしくふるまえるということだ」

「もしかして漫画の話したかった?」

「いや。なぜなら俺は斎藤ではないからだ」

「お前は斎藤だろ」

「うん。冗談だ」


 *


「それにしても今日は客が少ないなあ」

「今日は金星の位置が悪いからな。じゃあ暇だからさっきよりももっと冗談らしい話をしようか」

「金星の位置は冗談じゃないのかよ。それでどんな話だ」

「ドッペルゲンガーだ」

「あの自分と同じ姿で現れるっていう妖怪の?」

「大体その認識で問題ない。自分と同じ姿を見る現象のことをそう言う場合もあるが、今は超常現象的な意味のソレについてだ。自分と同じ姿のものが幻視でもそっくりさんでもないなら、もうこういうものの話をするしかないからな」

「それって同じ姿の人間と一緒に生活したりする?」

「まるでそういうものを知ってるみたいな質問だな」

「俺じゃないけどな」

「それじゃあそいつは注意したほうがいいんじゃないか。ドッペルゲンガーの伝説には見たら死ぬってのもあるらしいぞ」

「なんで死ぬんだ?」

「知るかよ。その妖怪に聞いたらいいんじゃないか」


 *


 帰宅した幸助は泣きそうになった。

「電気がついててめっちゃいい匂いがする」

 東京で一人暮らしを始めて早々にホームシックだった幸助である。

 人がいる明るさと料理の匂いに涙腺が刺激されるのも無理はない。

「ああ、おかえり兄ちゃん」

 短パンの早苗が部屋の入り口から顔を出した。

 そして手には包丁を持っている。

「ま、まさかお前、もう早苗をやっちまって料理に……」

「何言ってんだ? 今日ザンギだから楽しみにしとけよ」

「マジか!?」

 幸助がキッチンを覗くと、スカートの早苗は生きており、短パンの早苗と共に料理をしていた。

 スカートの早苗が幸助に気づき、

「あ、おかえり。いやあ二人だと楽だわ。もうちょいだから待ってて」

「めちゃめちゃ二人に慣れてるし」


 *


「『いただきまーす』」

 三人でローテーブルを囲む。

「うめぇ……うめぇよぉ……」

 幸助はザンギを食べながら泣いていた。

「何も泣くことないだろ」

 二人の早苗は不思議そうな顔で幸助を見ていた。

「この味なんだよ。東京では『なんだ、から揚げと一緒じゃん』なんて言われるがな、あえて言わせてもらおう。断じてザンギはから揚げではないと! 道民が作ったものがザンギなのだ!」

「なんかめんどくさいモードに入ってるな……。でもまあ瓜田家のザンギはニンニクとショウガがめちゃくちゃ多いからオンリーワンだよな。女子としては匂いを気にするところなんだろうけど、もうこれくらいじゃないと食った気がしないんだよな」

「まさかこっちでこれが食えるなんてなあ。今日は驚いたし、まだ俺が早苗たちにできることがあるのかわからないが、できることは何でも手伝うからな」

「あ、じゃあさ、お願いがあるんだけど」

「なんだい早苗」

「明日買い物連れてってよ」

 幸助は内心「そういうことじゃないんだけどなあ」と思いつつも、それは口に出さずザンギを口にほおばり頷くのであった。

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