妹は増えたようです
向日葵椎
第1話 なんで二人いるの?
夏のある日、大学一年生の
インターホンが鳴り玄関に向かう。
「はーい」
玄関のドアを開ける。
「『よっ、兄ちゃん。久しぶり』」
そこには妹が二人立っていた。
「ん? お前、多くね?」
幸助には妹がいた。しかしそれは一人だ。
目の前の妹は顔が同じだが、片方はスカート、片方は短パンの恰好をしている。
スカートの妹は顔を手であおぎながら、
「ああ最近ちょっとねー。じゃ、お邪魔しまーす。いやー暑かったー。ねえアイスとかないのアイス―」
と玄関に上がり込む。
短パンの妹も「アイスを愛すー、すっすっすー」と歌いながらそれに並ぶ。
幸助は唖然とそれを見ていたが、二人が一つキャリーケースを持っているのを見て嫌な予感に口を開く。
「いやいやちょっとじゃない、普通妹が増えることはちょっとじゃないからな。それに今日来るなんて聞いてないぞ」
「だって連絡してないんだもん。驚かせようと思って」
「いろんな意味で驚かせるのやめろよ。そっくりさんまで連れてきやがって。で、どっちが本物なんだ」
「『あたし!』」
二人の妹は同時に言った。
*
三人でローテーブルを囲む。幸助はアイスキャンディーを一口かじり、ノートパソコンのキーに手を置いて言った。
「はい、では自己紹介をお願いします」
向かいにいるスカートの妹がアイスキャンディーを片手に答える。
「
「よし、本物だな。じゃあそちらのかたもよろしくお願いします」
幸助はキーを打ち、早苗の隣にいる短パン少女へ顔を向ける。
「瓜田早苗、十六歳。高校一年生です。好きな食べ物はフードコートのカレーとラーメンです。あ、そういえばなんでこっちのコンビニってザンギ売ってないの?」
「ザンギは東京じゃ売ってないの。……っていうかお前も早苗じゃねえか!」
「そうだよ早苗だよ! はいじゃあ次兄ちゃんの番ね」
短パンの早苗がアイスキャンディーをマイクの代わりに幸助へ向ける。
「瓜田幸助、十九歳、大学一年生です。こっちで好きな食べ物を聞かれたらジンギスカンじゃなくて無難に焼肉か鍋って言ってます。東京に来て驚いたことは、意外と地方出身者が多かったことです」
「彼女は?」
「いません!」
*
アイスを食べ終えた二人の早苗はベッドに転がって一つの漫画雑誌を読み始めた。
幸助はアイスキャンディーの棒をかじりながらそれを見ていたがため息をつき、
「妹のほうの早苗は夏休みで今日は泊まりに来たんだよな」
「『うん』」
二人の早苗が同時に答える。
「妹じゃないほうの早苗は?」
「『…………』」
「母さんと父さんには言ってあるよな」
「『うん』」
「早苗が二人なことも?」
「『…………』」
「いやいや、百歩譲って早苗が二人になったとしてだ、だったらそれをなんで母さんたちじゃなくて先に俺に言うんだよ」
どちらかの早苗が答える。
「だって大騒ぎしそうだし……だから家だとどっちかは隠れてないといけないし、ごはんも一人分だし」
「仲いい友達とかいないのか」
「こんなこと言ったら変なやつだと思われるじゃん」
「だからって俺に言われてもなあ……。そうだ、念のため確認しとくか」
そう言って幸助は携帯で電話をかけた。
「あ、もしもし母さん――あ、うん幸助――そう、元気。隠し子いたりしない?」
*
通話を終えた幸助はため息をつく。
「めっちゃ怒られたんだが」
途中からベッドの端に座って聞いていたスカートの早苗が口を開く。
「そりゃそうでしょ。いやビックリした……。兄ちゃん昔からちょっと天然っぽいとこあるよね。あたしは兄ちゃんが東京でやってけるのか心配だよ」
「うるさい。今は自分たちの心配しとけ。それにいきなり同じ見た目の人間が家にいるって聞いたら疑うことの一つではあるだろ」
寝転がったままの短パンの早苗が口を開く。
「朝起きたら隣で寝てたから、隠し子とかじゃなくて増えたんだと思う」
「何それこわい。なんで分裂したの。変なもの食った?」
「いや、たしかその前の晩飯はアスパラ炒めが出たけど、アスパラでそういうことになるとは思えない。普通においしかったし」
「ほかは何か思い当たることないか?」
スカートの早苗がハッとする。
「あー、そういえばちょっと夜中に冷えて起きた」
「分裂のせいか!?」
「いや、服着てなかったから」
「お前夏場に全裸で寝る癖まだ治ってなかったのかよ……あれ、じゃあそん時にはまだ増えてなかったのか」
「いや隣に寝てたよ。でも気のせいかと思って服着て寝た」
「人のこと天然って言えるのかよ!」
短パンの早苗がハッとする。
「だからそっちだけ服着てたのか」
*
「とりあえず、病院行かないか……?」
幸助は二人の早苗に交互に顔を向ける。
スカートの早苗はさっき「面白いものを探す」と言ってからベッドの下に潜り込んだままで下半身しか見えない。幸助はあんなものやこんなものはそこには隠していないので慌てることはなかった。短パンの早苗はベッドの上に転がって幸助のスマホでゲームをしている。
「病院嫌ーい」
短パンの早苗だ。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。もしかしたら何かわかるかもしれないし、それくらいしかどうしていいのかわからん」
「でもさ、わかったら、変だからって入院とか研究所送りにされたりしないかな」
「恐いのか」
「いや、そうじゃないけど」
「……そうだよな。自分が増えたってだけでも、自分の身に何が起きたのかわかんなくて不安になるところだ。いろいろ恐くなるのもしょうがない」
「そうじゃなくて、もし入院とかになって薄味のご飯になったり、遊びに行けなくなったら嫌だなって思って」
「のんきなもんだな」
幸助は微笑んで二人の早苗へ視線を向けた。
「あった!」
スカートの早苗だ。
「……え?」
「まあ年ごろで一人暮らしともなればねえ。うっわ、マジか」
ベッドの下から紙をめくる音がする。
「あー、それ友達が来た時に忘れてったやつだわきっとー。まったくしょうがないやつだなー。返してやらないといけないから早くそこから出なさい早苗」
スカートの早苗がベッドの下から出てくる。
手にはさっき読んでいた漫画雑誌――全年齢向け。
「いや嘘だけど。よし、やっぱどっかにあるらしいから探すぞ」
二人の早苗は目を合わせて頷いた。
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