第5話
「お、親分、やっちまったんで?」
「馬鹿野郎、殺しちまったんじゃ鈍牛の名が泣く」
鈍牛の藤五郎。
ものを知らない町衆は、その、自ら動くことなくじっと座ったまま事件を解いてしまう手腕をほめてそういうが、実際は違う。
十手を頭の上に掲げ、猛牛のごとき速さで一流の剣客の懐にさえ一気に飛び込みその角で串刺しにする戦法の凄まじさ、くわえて、殺さずの捕縛を貫く絶妙の手加減で決して相手を殺さないその神がかりの
鈍牛の角は敵を逃がさない、しかし、決して殺さない。
それ故に、この男には並大抵の同心ですら一目置いているのだ。
「で、千勢、本当にいいんだな」
まるで、何事もなかったかのように藤五郎は傍らで五平に抱かれる千勢に問う。
「はい、お金、いるんですよね」
「まあ、そうよな50両でギリギリってぇ所だ」
それを聞いて、千勢は五平の手をほどき、その場にしゃんと座り直すと、両手をしっかりとついてきれいに頭を下げた。
「それでは藤五郎親分、あとのことは」
「頼まれた。八角楼の主とは懇意でな。あそこであれば間違いはなかろう」
なるほど、その金で秋川様の命を……。
金を積んで罪人の命を救う、いわゆる引き合い抜き。ほめられたものではないがこの江戸においてはよくある話でもある。
「よろしくおねがいします」
この会話で、五平はそのすべてを察した。だから口を挟まない。
ただ一つ聞きたいことがあった。
「この流れ、話を書いたのは親分ですかい、それとも……」
それを聞いて、藤五郎はここ数日で初めてというくらい満面の笑みを浮かべた。
「捕物に関してはオレに決まってらぁな、ただそのあとの筋書きは」
そう言うと神妙な面持ちの千勢の頭を、藤五郎は愛し気に撫でた。
「この女の筋書きだよ」
なるほどね。
「じゃぁ、風呂屋にでも行きますか」
「風呂?」
藤五郎は突然の五平の申し出に頭をひねる。
まったく、こういうことに関しては本当に疎いお方だ。
「廓に売るんだ、商品を洗わねぇと買いたたかれますぜ」
「ああ、そうよな」
すると、そんな二人の会話に千勢が口をとがらせて文句をたれた。
「失礼なことお言いじゃないよ、磨かなくたって50両くらいわけないさ」
そんな口ぶりに、秋川を縛り上げ始めた五平の目に、廓の内につながれた後の千勢の繁盛ぶりが浮かぶ。
「こりゃ今のうちに仲良くなっておいた方がいいですかね」
すると藤五郎が嬉しそうに答えた。
「馬鹿野郎、今日から銭をためておかねぇと無理だよ」
「ちげぇねえ」
五平の言葉に、三人がそろって笑った。
鈍牛 綿涙粉緒 @MENCONER
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