第51話 「世界一を目指せ!」大切な分かれ道。
教室。
陸上部、3年生全員が座っている。
教壇に時田先生が立っている。
・・・・なんだろうな・・・・雰囲気が違う。
陸上部を引退して・・・・受験一直線の日々を送っていた・・・・わずか半年くらいのはずなのに・・・気がつけば、なんだか随分時間が経ったような気がする・・・
なんだか、ずいぶん大人になったような気がした。
まぁ、髪の毛が伸びてきたってのもある。・・・・もう、卒業だ。「中学生」って坊主頭も卒業だった。
時田先生を前にして、自然と背筋が伸びる。
違っていた。
この先生は違っていた。
バカ担任や、他の教師・・・・他の大人たちとは全く違っていた。男だった。・・・・そして文字通りの教師だった。
教室に心地良い緊張感が走っていた。
時田先生の鋭い眼光が3年生全員を見渡していた。・・・・それでも優しさに満ちた眼だ。
「 おまえ達は卒業していく。
それぞれが、それぞれの高校へ進学していく。同じ進学でも、高校が違っとるだけで、もう、同じ進路とは違うわけや。
分かれ道じゃ。
次に、高校を卒業すれば、大学受験がある。就職するヤツもおるだろう。
また、分かれ道じゃ。
おまえ達は、ここを卒業すれば、それぞれが違った道を歩んでいく。そして、それぞれに分かれ道が来て、また、歩んでいく。
人生は分かれ道の連続じゃ。
そして、進んでしもうた人生は絶対に元の道にはもどれん。もとの地点にはもどれん。
だから、分かれ道は大切なんじゃ。大事なんじゃ。
おまえ達は、どの道を進んで行ってもいい、自分の好きな道を歩んでいけ。
じゃが、生きていれば、分かれ道は必ずやってくる。そのどれもが、ひとつひとつが大切な、大事な分かれ道じゃ。
だから、その度ごとによく考えろ。真剣に考えろ。
そして、決断せい。
最善じゃと思うた道を進んで行け。
もし・・・もし・・・・もしも迷ったなら、悩んだなら、悩んで悩んで、それでも答えが出んかったら・・・
「ワシならどうするか」
そう考えて行動せい! 」
言い切った。
時田先生は言い切った。
全員の背筋がさらに伸びた。
椅子に座り、太ももの上、全員が拳を握っている。
「 ワシはおまえ達が、どんな職業につこうと、かまわん、何になってもかまわん。
じゃが・・・・職業に貴賎がないっちゅうのは嘘じゃ、世の中には学歴っちゅうもんもある。それは事実じゃ、それが世の中じゃ。
・・・・じゃが・・・だったればこそ・・・・どの道へ行っても、どの仕事についても、世界一になれ!
魚屋なら、世界一の魚屋になれ!ゴミ屋なら世界一のゴミ屋になれ!会社員でも世界一じゃ!
何をやってもかまわん。じゃが、やるんなら世界一を目指してみい! 」
・・・・・世界一!
衝撃が走った。背中に稲妻が走った。
「世界一!」
考えたこともなかった。
ボクだけじゃない。
全員の背筋がさらに伸びたのがわかった。
脳天からエネルギーが入ってくるのがわかった。
「 分かれ道は大切じゃ。大事じゃ。過ぎた分かれ道は、決して引き戻せん。過ぎた道には決して戻れん。時間は戻せんのじゃ。
じゃがな・・・・回り道はある。
間違ったと思ったら、決断が失敗じゃったと思ったら、回り道をして軌道修正をせい。
そうすれば時間がかかっても、必ずやり直しはできる。
人生は、いつからでも、どこからでも必ずやり直しはできる。
意思さえあれば必ず道はある。 」
口を真一文字に結んだ。
時田先生の眼を見据えた。
一言一句、聞き逃すまいと思った。
「 ワシはな・・・・・ワシはな・・・・ワシは、おまえらが生きとれば、それでいい。
どこにおってもいい。何をしとってもいい。
生きとれば、それでいい。
いつでも会いに来い。
これが、ワシのおまえ達への、最後の部活働じゃ。
卒業、おめでとう。 」
時田先生は笑った。
この笑顔が好きだった。
怖い先生だった。
睨まれれば身が竦むほど怖い先生だった。
全てを見透かす眼だった。
・・・・でも、その時田先生の優しい笑顔がたまらなく大好きだった。
「起立!」
富岡の掛け声。
全員起立。直立不動。
「礼!」
陸上部キャプテン、富岡、最後の号令。
全員が深々と頭を下げた。
・・・・下げた頭を上げられなかった。
「ワシならどうするかを考えて行動せい!」
ここまで言い切れるものかと思った。
時田先生も絶対じゃない。
間違うときもあるだろう。
でも、・・・・時田先生は、間違っていると気づいたら・・・つまらない見栄や、体面といったものを捨てて、間違いを認められた。
ボクが、タバコを吸っていないと・・・・自らの間違いを認めたときの・・・・あの「ワシを殴れ」といった行動が、先生の全てを物語っていた。
・・・・ボクだけが特別だったとは思えない。
おそらく、これまでにも同じようなことはあったはずだ。
・・・・時田先生も人間だ・・・・楽をしたい・・・手を抜きたい・・・・そう思ったことはあるはずだ・・・・でも、その度ごとに「教師」であるという自らを省みて・・・・これまでの教え子の顔をひとりひとり思い浮かべて・・・・自らを律してきたんじゃないかと思う。
・・・・そして、ここで、この卒業式の席上で、
「ワシならどうするかを考えて行動せい!」
時田先生は・・・この言葉を口にすることによって・・・・その言葉自体で、さらに自らを律しているんだろう。・・・自らを鞭打っているんだろうと思った。
これほどの言葉があるんだろうかと思った。これほどの教師が、男が、大人が、人間がいるんだろうかと思った。
「ワシならどうするかを考えて行動せい!」
時田先生には、それを言う資格があった。
身体の芯から、熱くなっているのを感じた。
「世界一!」
頭の中で響いていた。
・・・そうか・・・・そうか・・・・何も特別な道じゃない・・・・進んだその道で、世界一を目指せばいいんだ。
大学に行けないからって何だというんだ!!!
「世界一!」
世界という言葉を初めて感じた、初めて考えた。
ボクの中学陸上部は終わった。
時田先生に直接指導を受ける陸上部は終わった。・・・・でも、このあとも、陸上部は続くんだと思った。死ぬまで時田先生の陸上部は続くんだと思った・・・・自分がギブアップしない限りだ。
・・・・続けたいと思った。
いつまでも・・・一生、時田先生の生徒でいたいと思った。
ありがとうございました、ほんとうに、ありがとうございました。
頭が上げられなかった。
・・・・ボクだけじゃなかった。
みんなが深々と頭を下げたまま頭を上げられなかった。
ボクは、いつのまにか「生きる」とは、どういうことなんだろう・・・・そんなことを考える子供になっていた。
・・・・でも、それは、どっちかといえば
「なんで、ボクだけこんな目にあうんだ・・・・?」
そんな被害妄想的な思いが強くて・・・・何かを解決したり、前に進むための力になったことがなかった。
でも・・・・時田先生に出会って・・・・時田先生の言葉はいつもボクの何かを解決していった。前に進む力をくれた。ボクは、時田先生の言葉を消化して、血になり肉になるのを実感していた。
・・・・ボクだけじゃなかった。陸上部全員が、そうやって思っていたんだと思う。
陸上部のメンバーで階段を降りて行った。
今日は卒業式だ。父兄も来てる・・・・ウチの母さんは来てないけどな。
卒業式の喧騒が聞こえてくる。
正面玄関に降りていった。
こうやって陸上部のやつらと一緒にいるのは久しぶりだ。
同じ学校にいても、クラスが違えば顏をあわせることも少ない。
出水がいた。
富岡がいた。
村木がいた。
本木がいた。
野田がいた。
他にも何人もの陸上部員がいた。
やっぱり落ち着く。
なんともいえない心地良さがある。
最近は「窓際族」と一緒にいることが多い。・・・・ほぼ毎日一緒にいた。
毎日バカ話をして・・・・バカ騒ぎをして・・・・
違った。
やっぱり、陸上部こそが、本物の「友達」だ。
どう生きていくかを真剣に考えた。
真剣に話し合った。
こいつらとは、真面目な話を真面目にできた。
誰も茶化さない。
誰もが、真剣に「人生」を考えていた。
富岡と出水は、中場高校に入った。・・・・もちろん、そのまま陸上を続ける。
本木は、私立高校に行った・・・・まぁ、アホだったからな・笑。
それでも、陸上強豪校だ。そのまま陸上を続ける。
村木は「高等専門学校」に進んだ・・・・ボクが落ちたところじゃなくて私立の「高等専門学校」だった。親父さんがエンジニアってことで、理系の道へ進むんだと言った。
野田は、上沢高校 に進学した。
こっからは大学受験一直線だと笑った。・・・・陸上には才能がなかったけど、勉強の才能は陸上部でもピカイチだった。
・・・・その他、それぞれが、それぞれの道に進んだ。
分かれ道だ。
正面玄関は、卒業式の華やかな喧騒の中だった。
卒業証書を持った卒業生。そして父兄。
・・・記念撮影の輪。
後輩に囲まれてる卒業生・・・・・・
「出水先輩!!!」
出水が数人の女子生徒に呼び止められた。離れていった・・・・
タッタッタッタッタッタッタッタ!!!!
3人の女子生徒が駆けてきた。
目の前に並ばれた。
・・・・?????
「水上先輩!ボタンください!お願いします!!」
3人に頭を下げられた。
・・・・・・・ええええぇーーーー????
予想外のできごとにリアクションをとることもできず、アタフタと・・・・無言で第3ボタンを外した。
学生服のボタンはワンタッチで脱着ができるようになっている。
ボタンを差し出す。
「ありがとうございます!!!」
3人はボクの手のひらからボタンを奪い取ると・・・文字通り「奪い取る」だった・笑。んで、脱兎のごとく駆けて行った。
・・・・あの・・・名前・・・・君たちは誰・・・・???尋ねる時間もなかった
「カズ、もてるなぁ~~~~」
富岡が笑ってる。
野田が笑ってる。
本木も笑ってる・・・・・その、本木の第2ボタンがなかった。
本木の彼女は2年生にいた。・・・・いつのまにやら、しっかり渡しやがったな・笑。
・・・・いや・・・違うって・・・・そもそも、あれは誰なんだ・・・・・???
「今の、女子テニス部の2年生だろ・・・・・・?」
背中から出水の声。
振り向いた。
・・・・・げぇ!
出水の制服のボタンが全部なくなっていた・笑。
卒業式に、下級生が出待ちをして、目当ての卒業生からボタンを貰うのが、なんだか、恒例行事のようになっていた。
出水は、さすがは陸上部いちの「モテ男」だ。
競技成績こそ振るわなかったけど、男らしい彫の深い顔。そして太い声。
文化祭では、「演劇部」の本格舞台に客演として出ていた。
演劇部が女子ばっかりで、出水に客演要請があったらしい。
陸上部で唯一、バスケ部や、バレー部を向こうに回しての学校内の主流派だった。
竹を割ったような性格だ。
陸上部では、ほんとに世話になった。
ボクの「奇跡の優勝」は、出水がいなかったらなかったと思う。
分かれ道だ。
校門。
「じゃあな」
陸上部の連中と別れた。
歩き出す。
ボクは工業高校に行く。
すでに陸上部入りが決まっていた。
工業高校陸上部は、高校駅伝なんかで有名な、全国区の陸上強豪校だった。
陸上競技場なんかで顏を合わせる機会も多い。
それで、工業高校陸上部顧問、コーチから入部の要請を受けていた。
前の土田キャプテンもいた。
この、春休みから練習に参加する。
桜の花がつぼみだ。
立ち止まった。
学生服の第2ボタンを外した。
「第2ボタンは私がもらうよ」
奈緒子先輩に言われていた。
受験で、なかなか会えなかった。
奈緒子先輩にも世話になったな。
卒業式。
それぞれの分かれ道だった。
・・・・空にジャンボジェットが悠々と飛んでいた。
よーーーーし。「世界一」を目指してやろうじゃないか!!!
明日、世界を。 アルグ @aorag
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