エピローグ
☆
ひとには夫々、その決められた器の大きさと具合に従って、人間関係中では決められた・定まった
「ああ高幡さんいらっしゃい。久しぶりだけど、腰はどう」
と声をかけ、又べつの者には、
「源さん最近どうよ、まだ毎日飲んでるの?」
と挨拶し、更に違う客には、
「いらっしゃい。復た新しい地図が入ってるけど、みるかい?」
などと話しかけているのを眼にしたからで、更にこの店主は自分には、
「お、おねえちゃんらっしゃい。こないだ吉田秋生が入ったよ」
くらいの口上を述べるところから考えるに、蓋し自分はこの書店では〝大事な顧客〟のうちには入らないらしい、だけど……、と考えたところから得られたものだった。
けれども、その器の大きさと具合、というのも至極漠然とした考えであって、鏡子の立てたこの仮説もまるで沙上の楼閣、実際根底たる基礎・根拠があやふやなものだから、触れれば直ぐと崩壊することは必定であり、又鏡子としても単に気紛れな手慰みの一環でこんなことを考えたに過ぎず、頓にこの仮説が心裡泛ぶことがあっても、あたしはまだまだ十五歳なのだから、中学生だからと自分にいい聞かせてうっちゃってしまうのが常であった。だが、鏡子は三八名いた学級のうちでも〝小さな哲学者〟を自任する身であって、少しばかり大人びた・ませた考え方、ものの見方ができると自負するだけあって、なかなかこの考えが捨て切れず、ともすると夜中の三時に眼醒めたときなど、我知らずついついこんなことを自分のなかでもてあそんでいることがままあった。
鏡子は中学の卒業式が済んで間もない身の上、四月からは高等学校に進学することになっていた。鏡子が進学することになっているのは県立外語短期大学附属高等学校、英語が得意な鏡子は、まだ漠然とであるが将来は何か外国語を生かした仕事に就きたくてこの学校を撰んだのだった。学校は決して易しいものではなく、偏差値も高いし内申点もかなり必要なのだったが、鏡子は勉強も得意だったし各教科の担当教員からの覚えもめでたく、成績の点では申し分なかったし、生徒会にこそ所属していない身の上だったが、外語短期大学附属に行きたいといってもたれも反対する教師のないことを幸便、首尾してこの学校に滑り込んだ、という恰好だった――、聊か斜に構えた鏡子は生徒会というものをはなから軽侮していたので、役員に立候補することなど夢にも考えないことだった。
鏡子は夜半に眼を醒ました。どこかで蚯蚓が鳴いている――、と思った。
むくりと半身を臥床から出した鏡子が確かめると、時刻は朝の四時半だった。
蚯蚓が――。
だが、いまはそんなことに頓着してはいられない。今日も仕事がある。耳朶にその地虫の鳴き声を引っかけたまま、鏡子は手を伸ばして枕許の眼醒ましを止めた。
鏡子は中学三年生のみぎりに英検二級に合格したのだけれど、その上首尾に鏡子の父親も母親も手放しでよろこび、県下でも遠い地区にある附属高への電車通学を允可してくれた、加之、こうして春休みのちょっとしたアルバイトをしたいという鏡子の我が侭も聞き届けてくれた。鏡子はまだ膚寒い爽昧の空気のなか、それこそ地虫のようにベッドのなかでもぞもぞと身動ぎし、自分の身体の上から布団を除けて、むくりと起き出す姿勢をとった。まだ夜明け前――、であるらしい。ベッドの宮に上半身を凭せかけ、下着姿の鏡子はひとつ大きく欠伸と伸びをしてぼんやりと虚ろな眼を室のなかに投げかけた。どうやら夢をみていたらしい――、なにか陰惨で尚且つ執拗きわまりない厭夢――、ただしその夢の実体はすでに雲散霧消してしまっていて、いまはなにやら摑みどころのない茫漠としたイメージが残っているだけだ。鏡子はもう一度、天に拳を突き上げて、ううん、と伸びをすると、ベッドから這い出した。
今日も仕事だ。
今日はパスしたいよな、マジで――。
だが、そうもいっていられない。今日も〝文献〟、すなわち新規インフルエンザ・ワクチンに関する一聯の医学論文のチェックと校正の作業が待っている。
鏡子は素足で床に立つと、いすの背にかけておいたブラウスとパーカを手早く身につけ、窓際に寄り、カーテンを引いた。と、うわあっ、と鏡子は思わず叫び出しそうになった。眼の前の窓中で、山が――、巍峨たる山嶺が、白皚皚たる山塊があかがねの色に染まっていて、まだ墨染めの中にしずむ山の中腹とは対蹠的に、山の端は溶けた鉄のような色合いになっており、鏡子は瞬息、なけなしの絵心を刺戟されそうになったのだけれど、直ぐさま自分の中学校時代でいちばんよかった美術科の評点は僅僅「8」だったことを思い出し、又日ごろ、絵を描くという行為は、自身の眼の前に新たな地平・新たな次元を創出するともいうべきものであって、文弱な自分にそんなことは逆立ちしてもどだい無理なことなのだ、と考えて取りやめにした。それに時間もない。鏡子はジーンズを穿くと、戸を排してスリッパを履き、常夜灯の点る廊下に踏み出してそろそろと壁伝いに階段を下り、ダイニングに這入ったが、そこでひっと息をのんだ――、というのも無人のはずのダイニング・キッチンに煌煌と燈火があったためなのだが、それも早出する父親が起き出しているためだと知れて、鏡子はカーテンをくぐると挨拶した。父親の亮介は、焜炉にかけた鍋で味噌汁の味見をしながら振り向いて、
「なんだ、早いじゃないか」と云うた。「今日も仕事だろう?」
「うん、ちょっと……」鏡子はいいよどんだ。「今朝は……」
亮介はそんな鏡子の様子には無頓着に、
「どうだ、仕事は? 桂介伯父さんはよくしてくれるか」
「う、うん。そうだね――、みんな親切だよ」
「仕事は慣れたか?」
その問いには鏡子は比較的元気よく、
「うん」と答えた。「あ、お父さん、鍋が――」
「ああ、そうだったな」
父親である亮介の兄である桂介伯父は小さな翻訳会社を経営している。鏡子はこの春、そこでパートタイムで働かせてもらっていた。一二〇〇円という時給の多寡はわからなかったが、中学を卒業したての鏡子にとってはむろん生まれて初めての仕事らしい仕事であり、高校入学前夜の毎日を刺戟的に過ごすことができた。桂介伯父から話が来たとき、亮介は当然ながら渋ったのだが、
「大丈夫、中学三年でホームズものを原書で読めるくらいなら、きっと勤まるから。うちはいま人手が足りないし、お願いしてでも来てほしいところだよ」
と云われて、卒業式の翌日から鏡子は社にでることになった。
仕事は愉しかった。社には数名の社員と、大学生や大学院生を中心に十名ほどのアルバイト勤務のものがおり、外註・下請けたる翻訳者に発註して上がってきた翻訳原稿を、原文と付き合わせてチェックしたり、その校正原稿のデータをPC上で修正したりするのが職掌であった。鏡子にはまだ確たる将来の夢というものはなかったが、翻訳業に就くのも悪くはないかな、と考えて、ランチの席で、コーディネイターの目黒さんにそう打ち明けたが、目黒さんは笑って、
「翻訳の仕事をするくらいなら、スーパーでレジ打ちでもやった方がまだお金になる、っていうけどね」
「ええ、そうなんですかぁ」鏡子はBLTサンドウィッチをつまみながら声を上げた。「――じゃあ、うちの会社で出してる翻訳者のひとたち、っていうのは……」
「ああ、ああいうひとはね」目黒さんはオニオン・スープを掻き混ぜて、一と匙掬いながら何でもなさそうにいった。「主婦業だったりとか、サラリーマンだったりとか、そういうのが兼業していることが多いからね」
「そうなんだぁ」
目黒さんはスープを食べ終えると、さ、そろそろ時間だよ、といって席を立った。
社に戻ると、鏡子は復た翻訳チェッカーがつかうコンピュータのまえに戻った。中三でPCが使えるというと目黒さんたちは驚いたが、中学では実習の授業もあることを話すともっとびっくりされた。そのくらい当たり前でしょ、このご時世に――、なぞとお腹のなかでつぶやきながら,クリップに挟んだ朱の入れてある打出し原稿と睨めっこしていると、
「なあに、植木さんは、翻訳の仕事に関心があるの?」
背後から、もうひとりいるコーディネイターの中山さんが声を掛けてきた。ええ、まあ、と半ば適当に相づちを打つと、
「翻訳のひとって、大変よね」という。「植木さんはどんな訳者になりたいの?」
――ええ、できれば本とかを出すような仕事がしたいです。
「そりゃあ大変よ。――いまは本は売れない時代だし、売れても訳者のもらえる印税は本の価格の七、八%だ、っていう話だしね」
――そうなんですかぁ……。
と、眠気の垂れ込める午后の会話は、午睡をする牛馬の背に群がるはえの羽音の呻りにも似ていっそうの睡魔を誘い出し、鏡子もあわや舟をこぎ出すところだったが、そのときオフィスのドアにノックがあり、
「どうも、毎度です」と男がひとり這入ってきた。「ケーデンスです。お世話さまです」
いちばん戸口に近い席にいた響子は振り向いた。とたんに眠りのいざないは手を引いて、首筋に冷たい手を入れられたような気がし、鏡子は復た覚醒した――、眠気の去ったのは一瞬もの寂しい感じを与えないでもなかったのだけれど、お蔭ではっきりした頭で仕事には戻ることが能う。
「お世話になります」
鏡子が先輩社員の口ぶりをまねて挨拶すると、ケーデンス(マエカブだ、ということだったが、これの意味は未だ今ひとつぴんと来ない)の田口さんといういつも頭をぼさぼさにしているこの社員は、風にブルーのネクタイをなぶらせつつオフィスに足を踏み入れたが、濃緑の絨毯のうえを歩くと、その元気のよい歩調に従ってのしのしと跫音がした。
「よう、新入りさん、元気?」
マエカブのケーデンスに勤めている田口さんは、鏡子の背中越しに手許をのぞきこむ、――と、目黒さんや中山さんがえびらを叩くような声音でけたけた笑いだし、いやあだ田口さん、その子まだ中学生なのよう、とディスプレイに向かった儘の姿勢で田口さんを調戯ったが、当の田口さんは意に介さず、鏡子の扱う書類を手に取ろうとさえする。鏡子は詮方なしにそのインフルエンザ・ワクチンに関する文書をボードから外して田口さんに手渡そうとしたが、そこで中山さんから横やりが入った。
「だめよ、鏡子ちゃん」案外鋭い声だった。「それは――」
ああ、そうだった。守秘義務について思い出した鏡子は内心で舌を出し、書類に伸ばした手を止めた。田口さんは、と眼をやると、もう鏡子のことなど忘れたかのように室の奥の方へ向き直って、目黒さんに、あのうこないだの案件についてですが……、などと語気をあらため話柄も転じていたので、鏡子は拍子抜けしたが、戸惑ったぶん眠気は確実に去ったこともあり、再びワープロ・ソフトに心を向け、心裡、新規インフルエンザ・ワクチンたる本剤は、市中肺炎に対する効力の観点からは……、などと校正原稿を読み上げながら、時折ブラウザで必要事項の調べ物をしつつ手を動かし、その作業にすっかり集中したため、いつ田口さんが去ったのかもわからぬ次第だったけれども、鏡子がふと気づいて頭を上げると、すでに社内には田口さんの気配はなく、静けさがしらじらと漂っていた。
軈て午后三時をまわり、簡単なお茶の時間があって、その際中山さんは、
「田口さんは、口も八丁・手も八丁だからねぇ」
と半ば揶揄するように茶を啜りながら云うた。鏡子は、もの問いたげなふうになるのを自分でも抑えきれず・又敢えて必要以上には抑え込まぬようにした眼つきで、はじめ中山さんを、つづけて救いを求めるような感じになるのを自分でもよくわかっていながら目黒さんをみたが、さすがに口に出すのは何とはなしにはばかられ、その話頭もそのままになって流れ去り、消えてしまった。その午后、鏡子は平生のごとく勤勉に仕事に勉め、何本かの文献をチェックし終え、午后五時半に定時で仕事を上がったが、勤務日報の表に記入を済ませたあとも、なぜだかそのまま帰りづらく、鏡子は心裡、ああこれが、〝後ろ髪を引かれる〟というものだな、と意識はしたものの、では一体何に引かれているのか、となると判然した答えは出ず、結局なんだか中途半端な思いのままで帰途に就くことになった。鏡子は元々、普段あまり口数の多い方ではないのだけれど、その晩はほとんど押し黙っているような按配だったので、母親の奈緖子が心配したように声を掛け、鏡子はそれで自身の変調に心づき、蒼惶と声を発する始末だった。
翌日も鏡子の気分はさえなかった――、こういうことは平生の鏡子には珍しく、大抵はひとをして、十五歳にしては発明ね、とか、才気煥発なお子さんですね、などといわしめるほど怜悧に振る舞えるのだったが、自分でもあまり心持ちがよくないので、この頃聯日医薬文献に首っ丈となっている頭で、これは一過性の鬱病にでも罹ったか、と自分自身で心配になるほどの落ち込みようだった。仕事は何とか、支障なく処理できたし、又ある程度惰性でやりこなせる性質のものだったから、職務に障碍を来すことはなかったのだが、その代わり簡単な受け答えや軽い会話に異常があって、頃日鷹揚な目黒さんも軽く笑って、今日は植木さん、上の空ですね、とコメントしたくらいだった。
鏡子は会社内でアルバイト仕事に掛かっている間は、〝会社員〟というロール、役割を身につけて過ごしているつもりだったのだが、それは、そうすることがいちばん悪目立ちせずに問題なく過ごせる手立てだとよく承知しているためで、そう考えると畢竟、鏡子は聊かひとが苦手な・対人恐怖症的な傾向があったのだろうか、それに関し鏡子には聢ということは目下十五歳のみぎりではまだ能うことではなかったから、ここではもう触れない。が、ともかく鏡子はこれまでのところでは、このロールというものにうまく自分から填まってゆくことで、比較的対人関係をスムースにすることができていたから、尠なくとも処世術のひとつだ、ということは云えたろう。鏡子は聡明だという評価がほしいのではなかった、秀才だとの誉れがほしいのではない。ただ、いい子で普通だね、といわれたい、それだけだった。
――夜がきた。金曜の晩のことで、高等学校の新学期はまだ二週間もさき、事務所の仕事は月曜までない。つまり、鏡子はあのあまく心地よい宙ぶらりんの中にいた。そして鏡子には、この聖なる夜に遊びの誘いをかけてくるような無粋な友人がいないのが救いで、その夜を鏡子は書見して過ごすことにしていた。
「コンフェッションズ・オヴ・ア・マスク」――云わずと知れた三島の出世作、その英訳本である。原典のほうは、鏡子は二年近く前、中学二年の頃に読んでいた。このペーパーバックは、駅前の有隣堂に並んでいるのを半年ほどまえにみつけて手に入れたものだ。
その小説のなかで、いま一人称の主人公は美術書をまえに自瀆するくだりを迎えていた。鏡子は案外わりと〝耳年増〟の方だったから、丁年に達するころの男がひとりで何をするのか、だいたい心得ていたのだけれど、原書の「仮面の告白」ではその件を無感動を以て読み過ごしたのだが、鏡子はいま、その翻訳書をあるうっすらとした感慨とともに閲読していた。
――男のひとはみんなこうなのだろうか?
ひょっとして、あのひとも?
鏡子はその考えにぶち当たり、晦渋な文体で書かれた書帙を旁らに擱いて面杖をつき、ふと(ある意味で年齢相応の)もの思いにふけった。
鏡子の脳裡にはいま、この間来社した・軽薄そうな・マエカブの会社のひとのことしかなかった。そういえば、ここ数年、鏡子の恋愛の対象となるのは年に不相応な年嵩の異性ばかりだ――、初めは中学一年のとき、この時の相手は大學を出たてで新任だった数学教師だった。その次には社会科担当の教員、更にその後には国語科の男――、という按排で、よくあることで同級生を好きになった、だとか、やっぱり××先輩がいい、とかいう話は、こと鏡子に関する限りは皆無であったが、大人の男を相手にする分大人びている、とかいうこともやはりなかったのは、鏡子も破瓜の痛みをある種先験的に知っていたから、というよりは、単に鏡子は比較的内気で、自分の恋を打ち明けるような大それた豪胆さはなかったこと、あと鏡子は表向きまじめな学生として通っていて、鏡子の謂いに拠れば、〝優等生という役割〟をせっせとこなしていたからだ、と云えたろう。鏡子は性的なことに対し決して無関心だという訳ではなく、実際は逆だった――、ただ、これまでのところ、幸か不幸か機会に恵まれなかった、ただそれだけだった。
――あのひとも、こんなことをするのだろうか。
鏡子はこれまでに数度、あの田口さんという男性社員と交わした話を思い返した。ある時は、無線での充電は可能か、ということだった。田口さんは真顔で、いま国内の主要な大學では、プラズマをつかって電源ケーブルに繋いでいない情態・モードでの各装置器機の充電をおこなう実験が進められている、早ければあと二、三年もすれば電源に接続せず動きだす電気器機が発売されるだろう、というのだ。それには鏡子ばかりでなく、目黒さんも中山さんも笑いを怺えきれずに笑いだしたものだったが、田口さんはそれでもその表情を崩さずに、いやほんとですってば、もう電池も充電器もわずらわしいテーブル・タップもない、そんなものから解放される時代が来るんですってば、と持説を主張するので、鏡子を筆頭にオフィスの面々は大爆笑に至ったのだった。又別の時には、田口さんは、その話との関聯で、いったいに乾電池というものは、一旦使えなくなったものであっても、じつは放電がすっかり済んだという訳ではなく、きっちりとビニル袋にいれてやって、口を輪ゴムで堅くしめ、冷凍庫に入れて十日も冷やしてやれば復た使えるようになるものだ、とこれまた至極まじめな顔をしていうのだ。目黒さんはその話には涙を流して、もうやめて、これじゃまるでお仕事ができなくなる、と哀訴したが、田口さんはやはりポーカー・フェイスとでも云おうか、その顔をその儘にして、ほんとですってば、を繰り返すばかりだった。だから鏡子の中では、この田口さんという仁はオム・ファタルとでもいうのか(鏡子は仏語形容詞の性数の格変化則を知らない)、そういった位置づけ、あるいは〝ロール〟だ、ということになっており、そして鏡子は、この田口さんのような男性は、決して厭だという訳ではなかった――、ただし得意・不得手の別がある、ということがあるにはあったけれども。
扠、ふとした一事があって、鏡子は事務所の仕事を聯続して少し休むことになった。というのも、その日は偶々鏡子の〝血の道〟に当たっていて、このところかなり重くなって来ており、頭痛や腹痛をともなうことが多かったのだけれど、糅てて加えて奈緖子も時季おくれの流感で伏せってしまい、家事の分担が鏡子のうえに愈々仮借も容赦もなくのし掛かる恰好となったのであり、亮介は家政婦を頼もうと提案したが、奈緖子はそれを允許せず、とどのつまり学校のない鏡子がほぼ一手に引き受ける仕儀になった。会社へは欠勤の届けを出したのでそちらは問題なかった――、バイト代の目減りすることは少し気になり、そこで鏡子は改めて自分はこの春休みに一体いくらくらい稼いでいるのか、ということに思い至って、これまでその点にはまったく顧慮を与えず働いていたことに気づき、自分でも自分が莫迦なような気がし、改めて計算してみると、なんと十万円ぶんの仕事をしていることがわかって改めて驚きを覚え、ああそうか、あたしももうコドモじゃないんだな、と鏡子は妙な納得の仕方をしたのだった。それはよかったが、家事は問題で、炊事、洗濯、掃除と熟さねばならず、わずかに家庭科の授業で覚えたメニューで初めに鯖の味噌煮などをこさえたが、毎日そればかり喰って茶色くなっている訳にもゆかぬし、次には野外炊飯などで定番のカレーライスを作ってこれは数日持ち堪え、父の亮介も如才なくできばえは褒めてくれたが、奈緖子はもっと野菜が摂りたい、野菜ジュースじゃなく根菜も含めてできれば生の野菜がたっぷり食べたい、というのでチキン・スープにグリーン・サラダをつくったが、これが図らずも鏡子の〝兼業主婦業デビュー作〟となったのは、それまでレシピ表をみて首っ引きで調理したことはなかったからだけれど、これは慮外にも好評であって、気をよくした鏡子は次には豚肉の生姜焼きか、ベシャメル・ソースも手作りでクリーム・ソースのスパゲティでも……、と考えていたが、炊事ばかりに時間を費消する訳にもゆかず、汚れ物の洗濯もしなくてはならないし、買出しにも出なくてはならぬので、主婦業というのは年収に換算すると一二〇〇萬円、というのも強ち誇張ではないな、と内心で奈緖子の存在に舌を巻いた次第であった。
そんな鏡子はある日、ふと外出する要があって家を空けた――、もう奈緖子の微恙はだいたい恢復していたが、まだ大手を振って外に出られるほどではなく、いつもとっている雑誌の定期購読の手続きをするのに郵便局へ行ってくれ、とのことだったので、日影も麗らかなある午后、鏡子は徒で家を出、だいたい三、四キロのところにある郵便局本局へと出向いた。帰途、鏡子は途中に在するデパートにふらりと立ち寄った――、これは別段深い考えがあってのことではなく、ちょっと足が疲れたので、骨休めをしたかっただけの話で、一階に入っているパーラーでチョコレート・サンデーでも舐めてから帰ろう、と思ったのだったが、まさかアーケード・ゲームに惹かれてしまう、ということまでは思いが至らなかった。いつもの鏡子は学校では、一応〝優等生〟の端くれとしてそれに応じたロールを演じているつもりだったから、ゲーム・センターになぞ、足を踏み入れたことはなかったし、この時に限ってまるで魔が差したかのように惹かれたのはどういう風の吹き回しだったのだろう、と後年になるまで内心怪訝の念を以て後顧したのだけれど、蓋し奈緖子の看病疲れということもあったろうし、又なれぬ家事に身を挺して当たらねばならず、密かに計画していた高等学校新学期の下読みも能わず、ストレスが溜まっていたこともあったのだろう、ともかく鏡子はゲームの招牌に引き寄せられるようについふらふらとなってしまったのである。
鏡子はサンデーかなにかカフェで舐めて帰宅しようと思い、種々の店舗が雑多にはいる、その典型的な田舎のデパートに立ち寄って、企図したとおりストロベリー・サンデーをあつらえ、金を払い、
そこで鏡子が目にしたものは、別段特筆するには値せず、せいぜい備考として記述するに相応しいのだが、一応書き出すと、まず〝モデナの剣〟のレーシング・ゲーム、そして〝スーパーぷよぷよ〟、クレーン・ゲーム、〝機動戦士ガンダム〟、〝ストリート・ファイター〟、更に〝もじぴったん〟……、とざっとこんな順番になる。そして、鏡子はその中からなぜだか一と目で〝機動戦士ガンダム〟を
鏡子の眼前には、見覚えのあるちょっと
「きみさ、暫く事務所でみないけど、どうしたの、仕事はもう辞めたのかい」
「いいえ。――どっちみち春休みだけの仕事ですけれど、いまはちょっと家族に病人がいるので、それでちょっと……」
ああそうかい、と田口さんは点頭した。
「そのゲーム、初めてなのかい?」
今度は鏡子が首肯した。色とりどりの照り返しを受けて、うすく
「あたし」と鏡子は断然として云った、「やりません、――できません」
すると田口さんは、鏡子の眼をみてゆっくりと口を開き、今度は考えながら、
「じゃあ」と云うた。「これからどこか行かないかい?」
鏡子は自分の顔がとたんに表情と血の気を失うのがわかった。
「どこか、って、どこです?」
田口さんは少し笑った。後日になってから鏡子は、あれは悪魔の笑みだったのだ、と臍をかむことになるのだが、ともかくその場で田口さんは、
「いく場所はどこか、っていえば、一つかふたつしきゃないだろう」という。「そうだね、取り敢えずどこかでいっぱい引っかけてサ」そして莞爾として鏡子の眼をみつめ、「どうだい?」
「勤務時間中じゃないですか」
手は台上をまさぐる。
「構わんさ」
「まったく、田口さんと来たら」
口も八丁、手も八丁。いいさま鏡子は、摑んだ一と山の五〇円玉を手の中で握り直し、
田口さんの顔めがけて力いっぱい叩きつけていた。
――
――そうだわ、あたしはディジタル人間なんだ。
鏡子は
響子叔母が〝事件〟を起こしたのは、その二日後のことだった。
事件の第一報が入ったのは日曜日の深夜のことで、病院から架電があったのだ。亮介は響子叔母の保証人として判を押してあった。
鏡子はかねがね、この響子叔母は自分と似ている、と思っていた。なぜに、という確たる理由はないが、この叔母も子供の頃は英語と国語がよくできたらしい。それに、いっときらしいが将来は小説家になりたい、という
――そうだ、自分はきっと、響子叔母さんに似たんだわ。
響子おばは、鏡子より九つほど年嵩だったが、〝気の病〟とかでずっと病院に入っている。鏡子は詳らかに聞いたことはないが、両親の会話から組み立てた話では、何でも、「自分はロボットであり、スイッチがはいるとたれかに無線で操縦される」のだそうだ。
鏡子には、善も悪も是も非も述べるだけの資格もなにも、ない。又、この響子叔母のことは、あまり顔を合わせたこともないこともあり、よく知らなかったので、
(ああ、そうなんだ。大変なことになったな)
と思っただけだ。その日も普通に朝食をとって、アルバイトの残り日程を
けれど、鏡子は会社では妙なものごとに対することになった。
鏡子は、自分でも自覚しているのだけれど、割と鼻が利くほうだ。なんとなくその場の雰囲気・そう空気を比較的敏感に読みとって対処することができ、又自分はその場では一体どのように思われているのか・または扱われているのか、ということを観取することができるものだったので、それはある場合には慥かに悲劇的な結末を生むよすがとなったけれど、逆に鏡子を救ってくれたことも又幾度と知れずあったものだから、鏡子自身としてはその能力というか性質を、是としていた。その性質のお蔭で鏡子は、自分が男好きのする容姿・性質であって、又魅力的な感じに豊満な肢体を有していることも内々自覚していたが、だがその反面、鏡子には、とんでもないところでひどく
その日、鏡子はいつもと変わらず、午前九時に始業するその十五分ほど前にオフィスに這入り、支度をして珈琲を淹れ、PCの電源も入れて、あとは目黒さんや中山さんらと無駄なお喋りをしていたのだけれど、そこへ急に一本電話が鳴ったのだ――、始業時間のまえに電話の鳴ることは滅多にないことだ。電話は目黒さんが取った。
「はい――」
始業前の架電に対しては、名乗ったりはしないのだけれど、電話線の向こうの主は、そんなことには頓着せずさかんにしゃべり立てているらしく、目黒さんは時折、「はい」「はい」と相づちを打ちながら聞いていたが、軈て、
「あのう」と云った。「こちらは翻訳事務所なんですけど。そういうお話でしたら、番号で下一桁が違う母屋の方へお願いしたいのですが……」
そうして電話を
目黒さんは、
「今の、間違い電話だけど、新聞社からだった」という。「ええと、先日の中須病院での事件について話を聞きたい、とかって云ってたけど……」
その言葉に、事務所にいたもの凡ては、宛も凍り付いたかのごとく動きを止めたようにも鏡子には思われ、正直、もういた堪らない思いだったのだが、胃の中で朝食に摂ったパストラミのと砕いた茹で卵のサンドウィッチがオレンジ・ジュースも加えて三つ巴の摑み合いでも演じているような気がして、一瞬反吐をついてしまうような予感を得て、落ち着かない思いも最高潮に達したのだけれど、必死のうちに内心で自身を
だが、事務所内は甚だ意気が沈静化してしまった。市内の中須病院といえば市内でただ一件、精神科単科の病院を指し、そこでの事件といえば響子叔母のそれに他ならず、となるとその
そこで鏡子はその日、針の莚に坐るような心地がしたが、なんとかその場に踏み止まって仕事をした。
響子叔母に就いては、断片的にではあるが、ぽろりぽろりと耳に入ってきた。やはり警察でも自分はロボットなのだ、殺そうとしたかどうかはわからないけれど相手が死んだのならそうだろう、という趣旨の供述をしていること、この分だと刑事責任能力は認められず放免されるだろうが、そうなると
けれども、夜になると鏡子は夢をみた――、ある夢のなかでは、鏡子はなぜだか中須病院の医師として勤務しており、響子叔母の主治医としての立場にあって、毎日幽霊のように痩せ細った響子叔母の病室へ回診で訪問し、その訴え・病勢・かすかな希望と強まる絶望感に耳を傾ける役割を担っていて、鏡子はだらだらと冷や汗に
その最後の勤務の日、鏡子は午后五時まえに帰り支度をしていた。あまり帰りが遅くならないように、という桂介伯父の配慮もあり、鏡子は残業も認められず、早々に帰宅するようにと皆が配慮してくれていたのだが、この日もそうだった。鏡子はその言葉に甘えて、午后四時をまわると帰宅の支度を始めることにしていた。翻訳論文を読む仕事は、取りかかる案件を間違えると非道い場合には何時間もの長丁場になるから、きりのよい時間で仕事を上がるには手頃な長さのものをみて撰ぶ必要があったが、目黒さんや中山さんは親切にも短めの症例報告や医療器機マニュアルなどを取り分けておいてくれた。
「鏡子ちゃん、これから学校なのよね?」とPCのディスプレイに向かった儘の姿勢で中山さんが声を掛けてきた。「
「はい、そうですが」鏡子は不意に響子叔母のことを思い出して、居心地の悪さを覚えたが、「これから高一です」なんとか明るい声が出せた。
「来たかったら、いつでも遊びに来て構わないのよ」中山さんは優しくいってくれた。
「そうそ、ここはいつでも人手が足りないから」目黒さんも剽軽な声で、「鏡子ちゃん、文法のおさらいをやるなら、あれよ」
「あ」鏡子も復た明るい声で、「あれですよね、江川泰一郎の〝英文法解説〟」
「そうだよ。あれを忘れちゃいけねえよ」
「はいっ」
そして鏡子は、一応最後の担当案件になると思しい、ヴァイアルの混合装置のユーザーズ・マニュアルを目黒さんから受け取り、原文と付き合わせてチェックに取りかかって――、鏡子も練度が上がってきているので、仕上がりで二〇ページあまり、図版の多いその程度の原稿なら三〇分か四〇分もあれば終わる。鏡子が校正作業を終えようとしている頃に見覚えのある姿がオフィスに這入って来た。それをみたとき、鏡子は打出し原稿に気をとられながらだったが、あ、マエカブのケーデンスの……、と意識の片隅でぼんやり思っただけだったのだが、田口さんの方は全く悪びれず、事務所に来ると鏡子の旁へきて、
「やあ、きみ」と挨拶した。「こないだはどうも」
鏡子は、こういう時自分は一体どういう役割を演ずればよいのかまだわからず、まごまごしていると、中山さんが頓狂な声で、
「やあだ、田口さん、ダメだよその子に手ェ出しちゃ」と窘めた。「まだその子はこれから先があるんだから」
けれども田口さんは屈託なく、
「またね」
と耳打ちして遠ざかった。そして奥の方でいつものようにコーディネイターや院生のアルバイトたちと笑い興じているようだったので、鏡子は最後の案件に気持ちを向けた。
軈てそれも済み、朱を入れた原稿を戻しにいくと、目黒さんは、低声で、
「まだ少し早いけど、もう上がっていいよ。出勤簿にはいつも通り、午后五時半で上がったと書いておいていいからさ」
「あ、ありがとうございます」鏡子はぺこりと頭を下げた。「お疲れさまです」
と、中山さんも目黒さんもにっこりして、
「お疲れさま」
と鏡子のことを送り出してくれた。
普段より少し早めの退勤時間を迎えた鏡子は、ではいつもより少し遠廻りして帰ろうか、という料簡を起こしたのだが、そんな気になったことは果たして是とすべきだったか、或いは非とすべきなのか、後顧の憂いもなしに・二の足もなしに
「ご、ごめんなさい」
謝ろうとすると、相手はぐっと手を伸ばして鏡子の豊かな四肢を抱き留め、
「おっと、危ない」
といった。それはまるで撰挙の時になると奔りまわる街宣車から聞こえてくるような・牡蠣の堅く鎖した殻の中からでも響いてくるような、曖昧で模糊として輪郭線の不分明な声として鏡子には聞こえたのだが、そこで鏡子がみあげると、田口さんがそこにいた。
――そうか、あたしみたいのを、〝おぼこ〟というんだ。
と後日、鏡子は自分のことを総括・検証して思うのだったが、孰れにせよもう〝あとの祭り〟である。
鏡子の記憶のなかには、破瓜の痛みもなければ、その代わりに特筆すべき快楽の思い出もなく、大も小も、美も醜もいちように認められなかった――ただ、田口さんが、その室のなかで、
「ここはこうしてこうしてこうやってさ」
と、ゲームにでもうち興ずるかのようにぶつぶつとつぶやいていたこと、それから鏡子のうえにのし掛って、鏡子のまだ知らぬ動作をしてみせ、そのうちに呻き声をあげて動作を終えた、とそれらのことはよく覚えている。鏡子はそうしたことをいちいち
「どうしたの、いったい」と問い詰めた。「あなた、このところどうかしていない? ぼうっとしていると、学校が始まったら大変よ」
「うん……」俯き加減の鏡子は小声で答え、ついあと少しでじっさい起こったこと・あったことを打ち明けてしまいそうになった。鏡子は慌てて口を噤み、口唇をかんで
そして、その話はそれで一応沙汰止みとなった。というのは、先達て来一家の注目を集めていた響子叔母が、唐突に生害して果てるという大事を復た惹起してしまい、家中はてんでんがっての中に引き入れられたからであって、叔母は入院先の第二病棟で、無調法なはずのたばこを吸いに出るふりをして無理やりに屋上から虚空に身を躍らせたのだったが、その一事で葬儀を出すなどという手間・面倒のほかに、又屍体に鬱陶しく群がるはえよろしくつきまとって離れない警察関係者や一部のマスコミへの応対もしなくてはならず、鏡子の家の者は心労で数日間寝込むものが出たほどだった。鏡子はそうした家人の蒼惶としたふるまいを一種非常に透徹した・醒めた眼で眺めており、響子叔母が気の毒だとか、みな大変だとかいったような感傷的な思いよりも寧ろ、ああこういう場に立ち至ると人間というものは慌てふためいてこういう態を曝すのだな・お父さんも母さんももう一週間も満足に寝ていないような顔をしている・今夜の晩食もカレーライスなのか、手が廻らないのだろうな・犬なんか飼っていなくてよかった、若しいたら無駄吠えしたりうるさくてかなわないだろうな、といった冷徹なものの見方をしていたのだが、鏡子自身では、そういう自分自身のことは、不思議とあまり好きにはなれないのだった。
鏡子は学校に出るまえ、制服を着て姿見の前に立った。肩の下までとどく髪は後ろで緩くまとめ、制服はご定法どおりグレーのブレザーにワイン・レッドのネクタイを締め、校章を模ったバッジをつけた胸元は豊饒なる隆起を呈しており(これだもん、男が抛っておく筈がないよね、と鏡子の内心にいる皮肉屋の自分が冷たく突っ放した)、身の丈は一六二センチ、長身だが目障りとなるほどの・ヴァレーボール部から勧誘にくるほどの高さではない、脚は長く坐高は低め(中三生時の身体測定結果表には、〝やや足長〟と記されている)、烱烱たる光を有する両眼は榛の実の形をして切れ長、鼻梁はすらりと盛り上がり、かつスマート、眉は眼よりも高く離れその稜線は見事な弧を描いてい、口唇は薄く口許は引き締まって理知的な感じを与え……、容姿端麗、学業優秀の美少婦、一丁上がりだわ、と青酸の毒を含んだ微笑を鏡子は笑んだ。欠点はといえば、非道く内向的で、親しい、莫逆なる、信頼できる友人のいないことくらいだけれど、鏡子の進学した高等学校は女子学生の方が多いから、友人の一人やふたり、そのうちできるだろう。
鏡子は顔から頬笑みを消すと、お辨当と教科書の入った通学用バッグをとり、鏡台にはそっと復た塵除けをかけ、玄関へ向かった。足の下でしずかに床板がきしんで跫音を告げ、それは鏡子の吐息を乗せてゆっくりと家の戸口へと近づき、鏡子は上り框に腰掛けると時間をかけてゆっくりと靴を撰び、履いたのだが、その動作は宛も自分自身の周囲にごく微細かつ細密な電気的牆壁を作り出そうとしているかのごとく・或いは大気中から
そんな訳で、鏡子はこの日も学校へは到頭足が向かず、N駅前にある喫茶をかねたベーカリーに這入って、明るい店内の席について、山川の世界史ノートを出し、受験世界史のポーランド史を勉強して半日を過ごした。そろそろ
「だから、そのタイムラグをうまく使えばいいんだよ。それは一種の
といかにもひとの好さそうな顔でいうのに、表面ではいちいちうん、うんと相づちを打ってあたかも耳を傾けているような顔はしていたものの、内側ではこの仁が一体何を云おうとしているのか、さっぱり理解できずあとで辻褄を合わせなくてはならぬ場合があったらどうしよう、と危惧する自分もいたが、まあそれはその時だから、というので取り敢えずその場は熱心に拝聴しているようなふりをしていたが、暫くこの男と一緒に時間を過ごしているうちに、鏡子はこの相手は非道く無遠慮で無思慮な、かつ無智な人間であるらしいことに心づいた。というのも、この〝三島さん〟は、店のひとが鏡子に酒を供するのをあからさまに躊躇っているというのに臆面もなく・又は懸念があるにせよ尠なくともおくびにも出さず制服姿に酒を飲ませ、又鏡子でさえ児童福祉法に就いて概略程度ながら知識があるというのに、〝三島さん〟はへらへら笑いながら鏡子に、きみはどんなホテルが好みなのかね、などと不躾に問うて来るのだ。鏡子は、どこかの文庫本で読んだ通り、「下半身に人格はない」というのは蓋し正鵠を得ていたのだ、と内心で深々と首肯点頭したものだったが、べつだん生理的にはこのひとが虫唾が走るほど厭だ、という訳でもなく、鏡子の〝許容範囲〟内であったので、ものは試し、と無責任で剣吞な好奇の心が先に立って、先へついて行ってみることにしたが、そこには鏡子なりの自律した悟性・判断力で以て動機を得て取捨撰択の断を下し、その結果としてある行動に至ったという合目的性としての精神が発揮しうる働きはなし得ず、結果的には鏡子はこの男:〝三島さん〟に誘われるが儘、唯唯諾諾としてついて行ってしまうことと相成ったのだった。そしてそれは、例のひと・マエカブのケーデンスの田口さんがこの〝三島さん〟に鏡子の姿態や様子、かんばせや気立て気質について詳らかに・幾分好色な推測と誇張も交えて種々の材料を合わせて話し聞かせたことに拠るものらしく、その証拠に鏡子が、田口さんのことに就いて問うと、照れたように笑いながら、いやあ前の会社で同期だったんだ、とだけ答えて、それから何でもないように、
けれど、ことはなかなかそううまくは運ばず、高校生たる要義を忘れかけた身の上――、何しろ週三五齣のうち半分も出席していないというのでは問題がありすぎる訳で、親許にも学校からは堅苦しいグレーの状袋に入った書類が届いている筈なのだが、亮介も奈緖子もこのところ、〝ほしょうきん〟の話ばかりして鏡子のことなどまるで上の空であり、鏡子はそれが〝補償金〟のことなのか〝保証金〟のことなのか分明ではなかったのだが、その孰方かだろうと見当をつけていたのだけれど、
鏡子は六月末に実施された一学期期末試験までに五人の男とちぎって、つごう六〇〇〇〇円の小遣いを稼ぎ、七月には高三生向けの記述式模試を受けて(担任教諭は「勝手にしろ」とでも言いたげな様子だった)、早大の第一文学部の合格可能性で「B」判定、すなわち六〇%の確率で受かる、という結果をたたき出し、自分の勉強法(鏡子は自嘲的に、〝ドトール・スターバックス式学習法〟と銘打っていた)の慥かさを声たかだかと知らしめたのであった。鏡子はしかし、夜半に
ここへ至って
その日鏡子はひねもす気味合いが芳しくなく、それこそ生理痛のように下腹部に妙な疼痛があって――、それはあたかも、鏡子と背中合わせになった異空間にひそむ何者か、累代悪事に身を賭してきた何らかの存在、悪事に沈湎して劫を経た何かが糸を引っ張っていて、その糸の末端が結わえ付けられた鏡子の子宮が引かれて痛むもののようにも思われ、又明け方の夢のイメージもけざやかに残っており、結果、鏡子は心身の具合がよろしくなかった。そんな訳で、鏡子は然るべくは電話口に出たくはなかった――、なんとなく厭だ、というのではなく、積極的に(或いは消極性が強まった形で)厭だったのだけれども、ついいつもの癖で考える前に手の方が勝手に反応してしまったのである。ディスプレイに出ていたのは、例によって見知らぬ・メモリに入っていない番号だった。固より鏡子は韻致ある・安詳なる・苦修せる雅友の背影を艶称しつつ見送る心ある身、そろそろ改悟する機縁があってもよさそうなものだが、和易の精神を以てしてもそれは結句晏然たる・無量の感慨においては時人の森然さに遇うと忽ち消融してしまうのだった。鏡子は紛紜のなか、日ごろ称揚するところの才識深甚なる詞客に斧正を依頼するつもりで電話に出た。すると回線の向こうにいたのは〝宮本〟だかなんだかと名乗る、おそらくまだ開悟していないと思しき若い男で、いかにもこの世にあるものは自分と関涉するもの以外の一切は草芥に過ぎない、とでも傲然と云い放つほどの安穏とした・才学にも俗智にも又通情にも通暁した方便を有しており、それは慥かに佳趣には欠いていたけれども、造次の寂乎たる清閑には蓋し物憂さを忘れさせる方途ともなろうか、と思わせる男で、面輪も憎からずみえるように思われて、鏡子は顔を合わせた瞬間に、この男についてゆくことを決めてしまった。鏡子はだんだん、男たちに接する自分の態度が汪汪として来るのを感じていた――、そこには刻苦した者だけが得られる種類の悲憐があり、凋落せる能文の詩宗らしい・鞅鞅とした鏡子をしてさえも旦暮塵界を忘れさせるところのゆったりとした無思想があって、それが鏡子に好感を抱かしめた。鏡子は知友が暮歯に犯す先蹤に倣った非違を糺す意図を以て、雑業の化現した巫覡のように、率爾なる無根の思惟とともに励精し、眼を細めて遠く烟波を望む羇旅のごとく拱手して汀に立つ思いでこの男に接し、仮初めにも法を犯せようか、という隻句を念頭におきながら自分に覆いかぶさる男の頭をかき抱いた。そして鏡子はその時に識った、この世にはこの客観的なる三次元世界というものを超越した次元が、まるで詩宗を累して崇慕に至る迂路を通過した者だけが知っている、陶酔と惑乱に充たされたもののありようというものが存在するのだ、ということを。鏡子はその瞬間、思わず二六時中の窘蹙せる自我を忘れて穢語を狂叫し、まるで身体の栓が抜けて瀉下したようにひんやりとする気忙しさを覚え、それが瓦解した後には身体の芯が発赤して嫋やかな筆致で熱を帯び、つづけて自分が雲客にでもなったかのごとき恭敬を感じ、思わずこの詩藻の豊かな仁の背中といい胸といい、英発なる少女・鏡子は筆鋒鋭く打擲を加えていた。そしてその寂然たる瓦礫の中で、文辞を点竄する佯狂となって駛走の車をかり、魔法の称呼をとなえ、比隣する筆硯の余業に崇敬の情理を演繹し、世路を拓かんとしたが、それは挺然なる聡明さを有する鏡子にとっては決して艱難の道ではなかった。まるで美饌を前にせる飛輪のように、或いは酒肆にむかう鬚髭のように、鏡子は宛ら雁行を目の当たりの瞋恚の焰(ほむら)そっくりそのまま男にぶつけ、その魁梧なる男根を身体いっぱいに呑破し、玩弄し、比倫なき快楽に歔欷の声を振り絞り、一と足先に高みへ上らんとしたが、すると鳶肩になったおのこは走野老の毒を盛りそれを赫奕たる光輝とともに鏡子の胎内に注がんとし、鏡子のほうは渾身の詞藻を以て舌上に含むが宮本はそれを赦さず、鏡子はシーツを咬んで只管に転転悶悶するばかり、それをみた男は乾反りをして蠕動をやめ、鏡子は不意にきょとんとした正眼をして見守った。どうしたのか、と問われて鏡子は、ううん、いまちょっと水星まで行ってきたとこ、とだけ恬として答えた。
ふたりは身体を離した。すると男は、身繕いをする鏡子に対し、自分も身支度を調えながら、いつからこんなことをしているのか、と保護者然とした顔で問うたが、それへの直截の答えをあいにく鏡子は持ち合わせず、ううん、いつから、って、そりゃあ生理が始まってからだけど、とアンニュイな切り返しかたをするので、男はいらだったように足を踏みならし、もうこんなことはやめなさい、一体どうしてきみのような才媛がこんなことに足を踏み入れてしまったのか、となじるように問い詰めるので、鏡子は答えて、そうね、縛めのようなものを感じるからかしらね、と何気なく口にし、次の時にはそれが当に正鵠を射ていたことを知って我知らず蒼くなった。男は鏡子に一万円札を三枚手渡し、いいかい、こういうことはもういい加減にしなさいよ、これは〝最後の〟徴として渡すが、こういうことはこれっきりにしなさい、いいね、と念を押すので、虚誕を吹くのが下手で・又好みもしない鏡子はうっそりと首肯してしまい、それをみた男は満足したように点頭して、それじゃあ行こうか、なに、きぬぎぬの別れだ、さっぱりしていた方がよろしかろう、といって、今一度、きみの方にも家声というものがあるだろう、悪いことはいわない、もうこれっきりにしなさい、と繰り返し、鏡子の眼底には壁に映発する窓からの光線が焼きついて、連れ込みの派手な招牌と隣接のコンビニのそれが映り込んだその色彩・翩翻とひるがえる宣伝旗の朦朧体のイメージを忘れることはないだろう。鏡子は下唇を咬んで、そうだ明日からは聯日復たきちんと学校に通おう、と心に決めたが、それは強ちこの男に諭旨されたから、というだけの理由でなく、もう一度あの学び舎に立ち戻り、あのいい子ちゃんの集まった・妙にいじましくも子どもっぽい級友たちの中に混じってつばらつばらにあの文雅なる思惟とも思われる正課のなかに埋もれ・没頭し窒息するまで頭の中に詰め込んでみたい、と律儀にも・神妙にも晦日心を起こしたためである。そしてその日はそれ切りおとなしく帰宅したのだけれど、そうは問屋が容易に卸さなかった。それというのも、その夜から復た厭夢が鏡子のもとを頻繁に訪なうようになったからである。鏡子は中学校一年生のとき、陸上競技部に在籍して、そう羈絆を好まぬ鏡子には珍しい心意気だが、一年生は必ず何らかの部活動に参加すべし、との一項が生徒心得に盛り込まれていたからであって、詮方なしに加入した部活であったので、鏡子はべつに蹶然たる心得で入った訳でなく、事実中二に進級する時に退部してしまったのだが、その部にひとり、F某という投擲の先輩がいた。その仁は聊か破滅型・自暴自棄の気のつよいひとで、勉学なぞ擲却してしまったような感じだったのだが、傍聞した噂によると、非常に魁偉なのだそうだった。そして鏡子はその夜、高校へ進学したか否かの消息も識らぬ先輩が背後から追いかけて来る夢をみた――、そこで忍従する鏡子は人身御供の役回りであったが、むろん該部員は一と際男性的に・凜凜しくなった姿であって、それをみた鏡子は免を喰い貶謫の地で偸食の民として鞅鞅と過ごす身でありながら、それに驚駭して裏口からぱっと逃げ散った。けれど先輩は諦めず執拗に追って来る……、といった愚かしいものであったけれど、鏡子は夜半に偸汗を搔いて起き出したほどだった。その扞格する烏鷺の争いのようにゆき泥む一義は、鏡子の中で排悶し難い憂悶と相俟って特異な基調をなし、その精神の一部を虚有縹渺、黒々と染め抜いた。鏡子は奄然たる処辯に須臾の間揣摩し才弾けるも向こう境界に移る習い、玲瓏たる濫觴を、臥榻の中に集く蟲のごとく薬餌に親しみ、軈て瀲瀲たる空気のなか時好に投じて気褄を合わせるも藹藹たる茂みのうち。鏡子は暗中眼を醒ましては、どうして眠れぬのか訝り、汗が滲み濡れた額にたれた髪をかき上げ、いまみた夢の暗示するところ・意味するものがないかと自身の心中を模索してみたけれども、取り立てていうべきものや気にかかることは(あの一聯の問題を除けば)一切なく、つかの間鏡子は自分は何も悪いことや間違ったことはしていない、曲がっているのは男たちの方だ、あの聯中こそ自分をいまの姿へと堕落させた張本人なのだ、と額に青筋が立つほど癇癖を起こして、枕や枕辺にあったカエルのぬいぐるみ〝けろり〟や、クマのぬいぐるみ〝くまちゃん〟、それに同じく〝かめちゃん〟や〝パンダちゃん〟などを初めとするぬいぐるみたちを力いっぱい壁に向かって抛り投げたが、徒疎かにすればそれなりの返報が来るのが世の習いにて、鏡子は腕の筋を違えて沈遠なる鈍痛を得ただけのことであった。
鏡子は引き続き学校を休みがちになり、街談巷説では自分はどう持て囃されているだろうか、と洶洶たるものがあったのだが、学校に行かなくなると一体どういう加減なのか、夢は遠ざかっていった……、鏡子は学校へは行かず、〝喫茶店登校〟してそこで半日を過ごし、お昼のお辨当も、持参していればそこで包みを開き、なければ店で適当なランチ・メニューから撰びだし、日に二、三杯珈琲を飲んで、残りの時間は学参と教科書、問題集を拡げて僶俛ひとかたならず勉学に精を出した。男からは爾後、暫しの期間一本も電話は入らず、清清して過ごしていたのだけれど、ある午下、およそ一週間ぶりに鏡子のスマートフォンに着信があって、それはあまりに出し抜けだったので鏡子は眼を屡叩いて旁らにおかれてある電話機をみやり、未知の番号の表示されているディスプレイを見つめたのだったが、それまで身についた〝唾棄すべき本能〟の所為で、つい手を伸ばしてしまい、結句、鳴り止みかけているその画面を鳴り止まぬうちにスワイプしてしまうと、もう引き続いての身に沁み着いた動作として出ない訳にはゆかぬ。
こうして鏡子は一切の法界悋気の心得違いとして上がる日があれば下がる日もあり、又耶蘇も回教も道教もなく、倐忽に擲却した腐熟の強顔ゆくりなし、孰方が天か又は地か、何をか況んや酒が啼き、豈図らんやの鞍馬天狗、違法な夢も使いよう、チョンガレ節が鳴っている、それは果たしてエレキング、果然、敢然、断然、毅然、当たり前だのクラッカー、過剰の佳醸に閨門や、虚誕な虚病のピグマリオン、商賈と晶子の宏くん、さては軟禁玉すだれ、混堂のしたには驢馬がいる、ジェスロ・タル・タルタルソース、奈良の公園鹿が啼く、……、といった按排で、もう勉学と売淫に身を賭して惑溺し、寧日のないありさま。そうなって来ると、現金なものなのか、厭夢は三舎を避けるかのように鏡子の許へは来なくなったが、と同時に愉しい夢もみなくなったから、蓋し夢そのものが鏡子を訪れなくなったのだ、と云えるのかも知れなかったが、鏡子にいわせると〝自分は夢と闘っているのだ、悪夢との血みどろの争闘を経験しているのだ〟ということになるのだった。実際、鏡子は毎夜就寝するおり、白装束に身を固めて蠟燭をともし……、というまでではなかったけれども、気合いを入れるために寝る前には自室に塩を撒き、枕許には水を張った銅の盥をおいてから休む始末、自分の昼間の行為には顧慮を与えなかった、というのだから恐れ入る。さて、六月の末つ方までに鏡子はつごう、十五名ほどの男たちを相手にし、合計して四〇万円もの金を受け取って、殊勝なことにそのほとんどは自分の銀行口座に振り込んで後生大事にとりわけておいたのだが、興味深いことに鏡子自身はこの金を〝穢い〟と考えていて、こうして預金するのも一種のマネー・ロンダリングのつもりだと考えていたようで、この金の入ってくるようになってからというもの、鏡子は銀行の預金通帳には一切記帳しなくなった。
そして、鏡子の〝現代版小ジャンヌ・ダルクごっこ〟は高等学校第一年次第一学期の学期末定期考査の直前まで続いた。端無くも粗らかにかつ大方なく出来した醜交への誅責として、鏡子が徒口を以て実否を確認する間諜となりて不埒なる前非を反故にするとの安請合いを得、虚説に対し仮借なき報怨せんとして入来しその劈頭、干城となって差配もし鉄石心の目の子勘定を毀言して譴責もするのに、なぜ旧冬来究竟一の咎人ばかり慄然たる狂言を黙然とかつ諄諄と演じることが斯かる満目の苦楚のなか允許されるのか、と打付けに瞋恚の問いを発したのであった。耿耿とする男はお為ごかしではあったが俗境にありて紅塵にまみれる都人、折節しだらなくも疎音にしており淫楽を得る身、鏡子を素戻りさせまじと遠図をたばかり、遊山で眼にした乱髪もがな、他出の折に得た悍ましい虚病に滅相もなく思い入れ、乱痴気虚談に重畳の思いを得、歯痒くも佞辯なる報知で讒言して節季までに当座の初念を仮初めにも忘れられようか、才才しき花客の野面、吉左右をしていきり立たしめんと当て込み怱忙にかまけて龍鐘となるを佇見する身、成れの果てとして不興を蒙り安閑かつ無念なる愁嘆の遺骸の鬱乎たる至理とみゆる団居に向かい額ずく境涯の口開けであった。化学的浸透圧において、正の劣性遺伝なる鏡子の感覚神経は、伝達物質の閾値に関しクラウジウスによる由来不可知の記号Sを与えられたエントロピーを扱う熱力学第二法則との相俟って、遠雷に対してゾウの呈する奇態なふるまいとして形質に現れ、鏡子自身はこれを、〝自らの器を識るための行為〟と称していたのだが、コリン作動性ニューロンへ至る組み合わせバイパス回路とのJISによる抵抗値表示を行い、そこで電圧制御フィルタを通してVCAでサイン波の増幅をみ、歯擦音は軟口蓋音に、両唇音は気音化されて音価を付与され、そこで鏡子は磁気双極子モーメントのつくる静磁場において、酸化還元電位を得てガルバニ電池内で弱体化され、結果的に芳香族化合物となるのだった。
そして鏡子が自身の身体における変調に心づいたのは六月も終わりの声が聞こえるころのことであり、鏡子はその晩自室で何の気なしにお笑い番組をみていたのだが、その折ゆくりなくも自分の身体のことに思い至り、その場で自分の内臓がカウチの上にずぼんと脱落し抜けて落ちて堆積するのをみて感じるような思いを味わった……、鏡子は瞬息、自分は気が遠くなるのではないか、と思い、手に持っていた半分がとこ飲み残しのカルピスが入っているカクテル・グラスをがっちり握り、そうほとんどグラスにしがみついている、と称したほうがより精確な情態であって、今し方までそろそろ始まる予定だ、と担任教諭が、どうにかこうにかまだ鏡子が一年C組の学級に残っていて退学願も出ていないことを把握してくれているらしい教諭がくれた聯絡のことをぼんやり考えていたところの意識のなかは、瞬きするあいだにさっと払拭されていまは朱一色、鮮やかな動脈血のいろ一色に染まっていた。鏡子は勉学のことが不安なのではなかった、というのも鏡子はこの先大學へ、できれば国立大へ行きたかったので、又文科でも理科でも行きたい気持ちだったので、数学や理科に至るまで重箱の隅をつつくように細かく時間を割いて習熟に努めたためどのような問題を出題されても、相当の奇問・難問でもない限りは対応できる筈で、じっさい既に高校生として求められている英語課程に就いては骨までしゃぶるように修めていた鏡子は、毎日喫茶店に〝登校〟してもやることといえば勉強程度しかなかったのである。さて、問題はその本科にあったのではなく、〝余暇〟の使い方にあったので、鏡子はこうなってみると、自分の考えの浅薄、無思慮、愚昧さ、ということを苦渋とともに顧慮せずにはいられなかったのだけれど、もうこうなってはお終いだ、という思いに加え、いや、これはまだ慥かな話ではない、まだわからないことだ、という考えもあり――、この後者の思慮は慮外に頑強で、わたしはまだ十六にもなるかならぬかの身だ、その自分にこんなことが起こるなど到底あり得ない、考えられない、信じない、まだ高一の身空でそんな屈辱を得るような・市民権も事実上剥奪されるやも知れぬような厄介ごとに巻き込まれるなど信じられない、と鏡子は頑固に自らにいい聞かせた。
けれども、現前の三次元世界におけるほぼ客観的なものと思しき〝情実〟は、鏡子の求めるところのいかなる情実も拒んで聞かず、従って鏡子は丸裸の恰好で野面をさげて野面に抛り出されるような案外頼りなく・心細い思いを味わい、とどのつまりは「これはもう、のっぴきならぬデッド・エンドだ」と結論するほかなくなり、それと同時に鏡子はもうくたくたと足元に頽れてしまいそうな絶望感をいやというほど味わわされたのであった。
妊娠・しかも父親がたれなのかも分明でないのに。
鏡子はこの、漢字でたった二文字で済む・たかだか四シラブルの・口頭で伝えるには一秒フラットで済むところの簡単な熟語を何度も奈緖子に伝えようと思い、何度か傍に寄ったのだが、奈緖子は孰れの時も忙しそうだったり心ここにあらず、といった感じだったので、落ち着いて話をする余裕はなかった。鏡子の中には取り立てて自分は非違を犯したのだという自覚はなく、その代わり善美に満ちた行為をなしたのだ、という覚えもなく、ただ自分は男たちの誘うが儘についてゆき、それこそ快も不快も、善も悪も、美も醜も、賢も愚も、老も若も、大も小もなく相手をした、それがこの結果なのだ、と思うと只管に口惜しく、「元ノ身体ニシテ返セ」という、中学二年のときに読んだ宮武外骨の漫画を思い出してせせら笑われるかの如き思いを味わい、褥中で文字通り切歯扼腕したのだったが、それも文字通り「あとの祭り」というものだった。
軈て七月の聲が聞こえるころになり、鏡子の方にもスマートフォンへの聯絡で、一学期末の定期考査について改めて知らせがあったので、詮方なしにその朝は学校へ向かう列車に乗った――、奈緖子は何も知らず、普段どおりお辨当をこさえてくれたので、どこかで食べるつもりでそれを持参した。試験は滞りなく済み、鏡子は一種手応えを得た、つまり答案用紙のうえいっぱいに、遺憾なく自身の学習成果をぶちまけることができたのだった。鏡子はその得られた感慨をどこへもってゆこうかと考えた――、しかしどこにもない、ということは態々蓋を開けて確かめてみるまでのこともなく、火を見るより明らかだった。鏡子には親炙し款語する仲の友人のようなものはなかったし、ここでは担任教諭でさえも〝敵〟だった――、或いは鏡子はそのように思い込んでいた。というのは、教諭の三嶽先生という仁は、英語と数学の試験を終えたその日のホームルームが済むと、鏡子の名を呼び、ちょっと生徒指導室に来てくれ、というた。鏡子のあと智慧では、どうやら担任は鏡子の姿態から何ごとか臆断する節が・肚に一物があったらしく、鏡子を室に呼び込むと、淡然とかつ温乎とした態度ではあったが、劈頭、調子はどうか、と問うた。鏡子はその、宿痾にやつれ果せたような・汲汲として慊焉せぬ嫁が君のごとく、日昃の陽射しのなか、突兀として聳立する姿をみていると、最前の快進撃に酔うて幾分浮き足立っていた足許に意表の足絡をかけられたような思いがして、思わず三嶽先生を没義道の者と呼ばわってしまうところだったのだけれど、そこは地体発明な鏡子のこと、ぐっとその場に踏み止まり、ええいっときより塩梅はいいんです、どうもご心配おかけしまして、と通り一遍の言葉を返したが、そこへ担任が、叔母上のことは残念だったね、と返す刀で切り込んできたのには流石に閉口して何も口にできず、空間に一瞬の沈黙が流れたところで、丁度昼どきのことで鏡子の腹がぐうっと鳴って、先生は笑い、そうだなもう昼飯の時分だな、きみはなに、学食で昼をとるのかね、と問うので、鏡子は素直に、いいえお辨当があります、と答え、先生はすると、そうかじゃあぼくも昼にするか、と云って立ち上がり、自分のランチをとりに行った。その隙に逃げ出す、という手もあったのだが、身についたひねこびた律儀さの賜物とでもいうべきか、なぜだか鏡子はそうする気にはなれず、ユニマットの自販機でなっちゃんを一杯買って戻ると、教師は既に戻っていて、面白くない灰色のコクヨ事務机の上で花柄のハンカチを拡げ、中を一瞥して、ああなんだ、復たミートローフ・サンドウィッチか、と面白くなさそうにつぶやき食べ始めた。鏡子は初め緊張を覚えたが、軈て打ち解けてきて、先生の持ちかける世間話に応じて気も軽く談笑しつつ食べていたのだけれど、その日辨当のお菜にあった鶏の唐揚げ、それに添えられていたレモンの八つ切を思わず嬉嬉として含んでしまい、先生の視線のゆくえを感じてはっとしたが、これこそあとの祭りであった。先生は、それ、やはり旨いのか、と真剣な眼差しで問いを発し、そう真正面から対峙する姿勢で来られるともう誣罔することの能わない鏡子は項垂れて、はい、と低声で答えることが精いっぱいで、まるで開基・開山何百年の古刹に巣くう怪僧でも前にしているかの如く萎靡して返辞したのだが、教諭は今度は直截に、いま何月だ、と問うた。鏡子は橙色の液体を湛えた紙カップに捨て鉢な視線を注ぎ、それから慮外にも律儀な聲で、弱くまだよくわかりません、と答え、教師の畳みかける訊問の前に先廻りをして、相手もだれかわからないのです、と一本釘でもさすかのごとく付け加え、今度は堂々として挑みかかるように三嶽教諭の眼差しを見返したが、先生は機を逸すまじとの気を入れてその昂然たる視線を正面から受け止め、やや聲を落として、一体どうしてこんなことになったんだね、と問うて、べつに、次第なりゆきの結果だったんです、との鏡子の答えを、癖だとのことで、ぴくりぴくりと瞼際に顕現する痙攣と共に聞いた。三嶽先生は、一と言そうかね、とだけ短く答えた。そうして二人の人間のあいだにはまた沈黙が垂れ込め、鏡子は一寸逃れでもするかの如き気分でお辨当の蔬菜をつついていたのだが、つぎに三嶽教諭は致命的な質問を発し、それはなぜだか半ば裏返った聲でなされたものなので、シチュエーションさえ異なれば哄笑・大爆笑のもととなり得たものだったのだけれど、質問が質問だけにそうはならなかった――、すなわち先生は、ご両親には知らせてあるのか、と問うたのだった。鏡子は一瞬ぎくりと箸をとめ、簡単にいいえ、と答え、そのときふっと自分自身の愚昧さというものに改めて感づき、ああ、あたしはあすこであの公式に数値を代入してはならなかったのだ、あれは未知数xとyのままでよかったのだ、と今更ながら切歯する思いだった。そして鏡子は思った――、自分は鏡子なのではない、狂子だ、と。その考えは石を穿つ雨垂れよろしく鏡子の意識表層からだんだんに内側へと浸透してゆき、鏡子は冬季に寒気で悴む両手をそうする時のように・自足した場合のようにそっとこすり合わせ、内心で再び、そうだわたしは狂子なのだ、と考えた。
三嶽教諭は静かな聲で、何かぼくにできることはないかね、と問うて、鏡子はその問いかけに肩から頚筋にかけてのかすかな痙攣を以て答え、その後たっぷり三〇秒もおきゆっくり思案を巡らせてから、いいえ、とのみ答えたが、直ぐと考え直して、ではお父さんに――、と言い直した。先生はそう答える鏡子に向かって、ぼくからお父さまにその話をしていいのか、と聞きなおし、鏡子が微かに点頭してみせると、よしわかった、と返辞をした。
鏡子の両親がかかる単純明快な〝事実〟を収めるのにたっぷり一週間かかった。
まず、何となれば鏡子の両親は倥偬のなかにあって、又鏡子の多少ませた諦観によると、ひとはその生涯において、自分自身で乗り切ることの能わぬほどの困難には遭遇せず、かつまた人間というものはあたかも寄居虫の自分に適した貝殻を探すがごとく、自分にあった宿命なりその生活に求められる坑を掘りそこに己が身を合わせてゆくものだ、ということになるのだけれど、それに従えば鏡子の両親はその自己の許容範囲内では限度いっぱいに近い難事に遭遇している、ということになって、日々、自死を遂げたきょうだいの後始末に追われ、仕事に出られるか出られぬのかも不分明な境涯におかれ、一と口にいうなら苦境に立たされている、ということになるのだが、その上に鏡子の問題が重なってくるわけで、傍目からみても毎日青息吐息の中に暮らし、夜は酒の入らぬ日はないありさま、鏡子はそうした両親のいまにも倒れそうな為体を目の当たりにして、流石に意地悪く口角を上げる、という仕打ちにはならなかったが、同情にみちた言葉をかける、というほどの心がけにもならなかったに就いて鏡子を責めるのは果たして酷であろうか。ともあれ鏡子は、三嶽教諭のバックアップもあって、一応必要事を両親に理解させることはできた――、亮介も奈緖子も憔悴しきっており、学校に一度顔を出して三嶽先生から事情の概略の説明をうけ、その後数度担任教諭と架電にて聯絡を取り合ったあと、然る後になってある夜鏡子を呼んで直々にその口から簡単に事情の説明をさせ、いったいお前はなんでこの際こんな仕儀に立ち至ったのか、この先どうしてやっていくつもりなのか、とややきつい聲で問うたのだったが、伶俐なる鏡子はそれに対し答えて曰く、自分はこの先なにで活計を立てていくかはわからないが、尠なくとも決して今のような惨めな情態などではなく、自分を大事にして、愉しんでやっていけるような・自足できるような存在として生きて行きたいと思っている、と抑えた口調で以ていうた。奈緖子はなかば涙聲で、なにが悪かったのか、なにが不満なのか、いってくれれば変える、変わるのに、一人娘のお前がそんなありさまでは困る、あまり大袈裟なことをいうつもりはないが、これから先お前にはこの家を背負っていってもらわなくてはならないのだし、と言ったが、鏡子はそれに対しては、
「お母さんはあたしを食べる」
と一と言言い放った――、言ってしまった後で鏡子は我ながらおかしなことをいったものだ、と思ったのだが、同時にすとんと納得がいく思いをも味わったのだったけれど、母親は得心ができかねる、といった表情を泛べて、一体お前は何をいうのか、と真顔で聞き返した。鏡子にはそれに対し答えようはあろう筈もなく、もじもじと座布団のフリルを触っていたが、そこへ亮介が、なんだお前は、響子叔母さんみたいなことを言って、と言葉尻をとった。母親は亮介のほうをみて、(いまその話を持ち出さなくてもいいじゃない)とでも言いたげな顔つきをしたが、鏡子はその隙をみすみす見逃そう筈がなく、一体なによ、叔母さんのことって、と問うて敢然と二人に対し退治する旗幟を明らかにしたのだけれど、亮介は奈緖子を牽制してから、響子叔母さんは、若い時分、自分のことはおばあちゃんが食べにくるのだ、と訴えたことがあって、それが契機になって宿痾の存在が明らかになったのだ、と答え、それで鏡子も納得できた。なにしろ時分は〝鏡子〟ではない、〝狂子〟なのだから、それに同じデジタル人間として同病相憐れむ身の上、鏡子は座敷で鞠躬如と正座した膝の上で丸めた拳をぽんと弾ませ、これで漸っと落ちるべきものが落ちるべきところに落ちた、パズルのピースがこれで最後のひとつまで填まったのだ、と得心したうれしさに心躍る思い。ここで初夏の爽昧の空気の中から早起きの蝉の聲がシャワーとなって注ぎだし、鏡子の背中を捺してくれるような按排だったが、そこで奈緖子が一と言容喙した。それでこれからはどうするつもりなのよ、というその問いかけにさすがの二人とも口を閉じて、鏡子は心裡、ああそうだ、シュタイナー教育の醍醐味は人智学に根ざしている点にあったのだ、とか、あの新興宗教に洗脳されてしまった星さんはあの後一体どうなったろう、だとかいう考えがぐるぐる巡るのを感じていたが、亮介は鏡子のさきに口を開いて、そりゃどうするってお前、手術するしかないじゃないか、と答え、鏡子はその場で相変わらずもじもじとしていたが、内心ではやっぱりそうか、それしかないのだろうな、と考えていて、それ以外のこと、大学受験のことやその前に控える第二学年への進級とか、そういったことは一切考えられなかったのだけれど、それはそれでよいようだった。というのは奈緖子が、それなら早めに須藤先生に相談するほうがいいわね、と間髪を入れず言ったからで、それに亮介も一切反駁の言葉を口にせず、鏡子はファラデーの法則やフレミングの右手・左手の法則、それに量子論でのローレンツ力に就いて考えていて何も発言はしなかったので、その話はそういうことでその場で一決してしまったかのようであって、後刻亮介は鏡子を旁ヘ呼び、小声で、お前は本当に手術をすることでいいのか、と問うたのだが、鏡子の透徹した意識には一切の反論や駁論は泛ばず、不平不満や反抗心も全くなかったので、ええあたしはそれで構わないです、だって仮令産んだにしたって育てていけるわけはないし、どだい父親の名前すらわからないのだから、堕胎するしかないでしょう、と答えたが、亮介はそれを聞いて、半ば惘れたように、お前はまるで男みたいに客観的なものの言い方をするんだね、とコメントした。鏡子はそれを耳にすると皮肉そうに口角をゆがめ、ええそれはきっと、諦めてるからだよね、とだけ答えるにとどめた。父親は、少し哀しげにみとれる顔つきで首をゆっくり横に振り、いいや、それだけじゃないね、と言った。鏡子が問い返すと、お前、もっと確りした自尊心をもたないとこの先やっていけないぞ、と落とした聲で静かにいうたが、鏡子がその言葉には耳半分で接し、内心では別のことを考えているのが明らかだったので、警句にでもするつもりなのか、母さんはああみえてだいぶ参っている、響子叔母さんのこともあるし、このところ寝酒が必要なくらいだ、だからお前ももういい加減、訳のわからぬことは止めて、おとなしく学校生活を続ける道へ、学生としての本道へ戻ってはくれないかね、と懇願するかのように言った。鏡子は復た口をゆがめ、今度は打付けに皮肉の心を言に込め、お父さんわかってないね、といい、亮介が何だかわからぬという、浮かぬ顔をしているのを見計らって、大抵反抗には理由なんてないんだよ、と釘をさすような言葉を口にして、それ切りつむじ風のように身を翻して自室へ去った。
鏡子を交えた臨時の父兄面談が実施されたのは、第一学期期末考査の終了の日だ、気持ちのよい七月の土曜日のことで、週日のようにスーツに身を固めた亮介は、やや堅苦しい表情で車に乗って学校に姿を現した――、朝に登校していた鏡子は、ホームルームのあと、三嶽教諭の指示に従って生徒指導室へ這入り亮介たちを待っていたが、その頭のなかでは、あの全圧はドルトンの法則で、分圧の和になるわけだから、あの気体Gのモル分率は……、とせわしなく計算を進めていたのだけれど、これはむろんその日に行われた化学の試験内容を反芻しているのであって、それにより今から自分を待ち構えている艱難に就いて思い巡らせて解きがたい問題をいっそう解けにくくすることのないよう無意識裡に思慮のはたらいたものか、鏡子は昼食に食べたサンドウィッチでついた手指の脂を聊か神経質にスカートのプリーツでぬぐいながら、車から降りてくる亮介の姿を表向きは無関心を装って見下ろしていた。こういうときにこういうことを考えるのは非常に妙だけれど、と前置きして鏡子は、たぶん自分は今日のことは、微かに聞こえてくる蝉の鳴き聲に始まり、三嶽先生がうっすらとつけているらしいポーチュガルのものらしきオーデコロンの香りに至るまで、一生忘れることはないだろうな、仮令自分が齢八〇歳の老婆になって、取り払いの日も間ぢかな貧民窟の端に暮らすよぼよぼ耄碌して日々を送るような存在であっても、ぜったいに忘れないだろうな、とふと思った。そういう考えはこうして蒸散しそうな暑気のなかで思っているだけでもいかにもばからしく、莫迦勝ちのバカラ賭博のように雅致も風趣もなく、このまま鏡子の意識や骸となった肉体ごと空気中に雲散霧消してしまうかのごとくのようにも思われるのであったが、それでも鏡子は一切の雑念も妄念もなく、腹に宿した呪わしくも新しい、小さないのちと共に確りとその思いを・いまここにいる、あることの意味と思しきものを・自分はこれから暗黒の時代を歩んでいかねばならないとしても、今ここでこうしていたということだけは同化させてはならないという意思を、できるだけ、能うかぎり懸命に、心に刻んだのだった。三嶽教諭は、妙にうち沈んだ鏡子の様子を眼にして、どうかしたか、と問うたが、鏡子が、いいえ特別、と割に平然と答えると、べつだん学生としての鏡子にも、母体たる鏡子にも異変のないことを確認すると、そうか、と安心したようにつぶやいて自分の椅子に戻り、ご両親は遅いな、とまた一と言つぶやいて腹の上で手を組んだ。
鏡子の両親は、学校の事務室に詰めている小遣いの柳沢さんに導かれてやって来た。二人とも項垂れて意気消沈しているところは鏡子と同等だったが、しかし鏡子には、はっきりと彼我の違いについて何点か挙げることができた――、まず鏡子は押しだまってはいるが、べつだん悄然としている訳ではなく、肚のなかでは胎児とある種の〝意見交換〟をしているだけで、この親にも教師にも、忌々しい試験にも邪魔されることのないこの有意義な時間をまさに閲しているのだ、ということができ、実のところ今も別に自分の両親、尠なくとも去年までは〝ホゴシャ〟としてPTAなどに登録して顔を出していたところのオスとメスの番の人間一と組のことを待っていたなどということはなく、蓋し〝ヒューマニスト〟を標榜するとでも思しい三嶽先生にいわせれば、関心の正反対で最悪だ、ということにでもなりそうだが、この二人のことは完全なる〝無関心〟を以てみていたのであって、別にこのふたりが早く来ようが晏起して遅刻しようが、鏡子としては孰方でも一切構わなかったのである。平成と令和の間にいたこの年の三月ごろ、鏡子には考えていたことがある。それは、プラトンの〝饗宴〟においてシジジィの記述があるが、あれは男性だけのことを指すのか、ということだった。わたしは女性だが、時たま並の男たちよりよほど男性的だと思うことがある、というのである。又、今回妊娠の一儀にあたっても、しごく冷静に受け止め、あまり無表情なので却って母親の勘ぐりを招き、睨まれたりしているのは愚昧なことだが、ある意味奈緖子の指し示す進路のほうが無難かつ真っ当で、健康的で常識的で……、そう、社会的なのだ。とすると、わたしは反社会的な――、否、非社会的な存在だ、ということにでもなるのだろうか? わたしの妊娠は強制せられたものではなく、放縦による任意のものであるし、生物学的に正しい父親の名前にしてもひと手間かけてDNA判定をきちんとやればたちどころに判明するだろうけれど、あの二人はきっとそれは容認しないだろうと思う――、それは就中、何となれば聯中二人は〝俗〟の烙印のなかに呼吸し、日々せせこましく、区区として暮らしているからに相違ない。去年、英語弁論フォーラムで優勝したとき、鏡子のことを天才だといった仁がいたけれど、そのひとの犯した誤謬は、固よりわたしはまだよく自分のことなど知らずに日々過ごしている十五歳なのだ、という見地に基づいて演繹すれば、未然に容易に当為として防げたはずのものだ。そういえば猫の記憶とはどんなものだったか。猫の記憶は、そう、揮発性がある一過性のもの、それに対して犬の記憶は持続的、永続性のもの、では猿のはどうかといえばこれはとびとびになった・無作為化されたものであり、ではコウモリの、オットセイの、鯨の……、とどんどん出てくるが、ではヒトの夢は、といえばこれは見るだに悍ましい、利己心の権化のような、それでいて醜くもどこか哀しげで憎めないものだが、ここで有質量物はそれ固有の合目的性に従ってコンプトン効果を受け、回生失効の情態に陥るので、マブニ島の生態系は根本的に攪乱され、有象無象と縺れ合い、ついにみつけたエル・ドラド、分福茶釜とフォルマリン、フォイル・ケーキにパンケーキ、炙りか静注覚醒剤、四つ葉躑躅にトリカブト、じんじろげ、じんじろげと鳴くじんじろげ、しゃばだばだ、しゃばだばだばだ、しゃばだばだ、グロテスクな鴨・下劣無類の鴉。ドラコヴィッツにホロヴィッツ、スタターの効いたヴォルカ・ビーツ、新田A型真治はC級、耐性菌つき金的狙い、一撃打砕や女性化ホルモン、イット・ビットのミートなり、不俱戴天の栄養失調、C調B調上等手段、証拠求めて海底二〇〇〇〇里、章魚の庭なりみなの衆、仕掛かりプロジェクトこのフォルダ、どんどんらっぱのどばらった、原子炉停止ぞナトリウム、サナトリウムで堀辰雄、きっと皆サマ星になる、チリチリジャキジャキスラッシュメタル、おっぺけぺっぽおぺっぽおぽお、ここより先は立入り禁止、明るい未来と暗い過去、お引換えにはなれません、お控えなすって兄貴分、割礼授けるヨハン像、偶像崇拝ご法度よ、エレピが啼くときサルが死ぬ、らったったぁのてんてけてん、熊の胆あさるキツネかな、とんとことことんてんてけてん、ちょべりばちょべりぐばっちぐう、おくしもろんだ鮨屋さん、美容師さんに栄養士、教師に刑事に会計士、カウンセラーはビール腹……。
鏡子がそんなことを考えていると、生徒指導室の戸が開いた。萎縮して鏡子の両親は姿を現し、三嶽先生はそれに対し一揖を与え鄭重に迎えて、ふたりが室に這入ったことを確かめてから室の戸を閉て、外界のあくたもくたの立てる、昼下がりの学校特有の種々雑多な騒音を遮断し、念のために、とでもいうように更にそこへ鍵もかけて用意を周到にし、灰色の事務机の上座に鏡子の両親を座らせ、自分と鏡子はその向かいに坐る恰好をとって、いや今日はご足労いただきまして誠に恐縮です、お煙草はどうぞご自由にやってください、構内は禁煙が建前ですが、わたしさえ黙っていれば問題ありませんのでどうぞ、というた。亮介はそれに応じて、いやぼくは不調法でしてどうも、となぜだかへどもどした調子でいい、奈緖子は神妙な様子で、どうもこのたびはとんだご迷惑になりまして、うちの子の乖戻はにわかには信じられなかったのですけど、と俯き加減で乾いた言葉を発して、三嶽教諭はそれに対して安らかな態度で、いやこうしたことは時々あることです、ぼくも初めての経験ではありませんから、といい、口内が渇くのだろう、眼の前の茶を一と口含んだ。亮介は、ではこれから学校の方は――、ともぐもぐいったが、三嶽教諭はいや、お嬢さんは前途有為な方ですから、退学処分ですとか自宅謹慎といった処分は下りますまいね、夏休みのうちに受診なさって、面倒をみることです、と婉曲に指図したので、亮介も奈緖子も目に見えてほっとした様子だった。面談は一時間半に及んだが、鏡子もごく安詳な態度で臨んだので、この種の会合には不釣り合いなほどの穏やかで・生温く心地よい空気が感ぜられ、三嶽先生も安堵した様子で、しまいには学校の進学実績表なぞ持ち出して、処辯を下すなぞとんでもない、お嬢さんの成績ならきっと受験時には国立旧一期校でも受けられますよ、と妙な太鼓判を押した。
そして、鏡子は夏休み中に須藤産科婦人科で診察を受け、堕胎手術を受けることになった。人間には〝夏型〟と〝冬型〟がある、と鏡子は思うのだが、さらぬだに暑熱の不得手な鏡子は、これは若しや自分もあの叔母のごとく本気で発狂してしまうのではないか、と思うほど、その夏期休暇はひときわつらい痛苦を与える一季であって、〝冬型〟の鏡子を一発で黙らせるだけの力を有するほどの膂力を誇り、一体に夏季には銷沈しがちなその意志はいっそう深く深みへ落ち込む。診察は二、三回受け、結果妊娠十週から十三週、と診断され、早速手術を受けることになったのだが、その折鏡子の心中がいかばかり情けないものだったかは推して知るべし、というものである。手術台上に載せられた鏡子は、麻酔がかかり朦朧としてくる意識下で、須藤医師が眼の前で鉗子をかちかちいわせ、やああなたは叔母上に瓜二つですね、と目許に笑みを湛えて話しかけて来るのをみて、その時初めて響子叔母もここに来たことのあること――、蓋し断種手術のために来たのであろうことを知って、すんでのことで叫び出すところだった……、けれどもそれは踏みとどまって、あとは麻酔薬が空恐ろしくも心地よく誘うとおり、あの甘美なもやの中に引き込まれていった……。
鏡子はほかの誰の手も累することなく立ち直るだろう、と周囲のものはみな思ったが、術後の経過をみるにどうにも不眠と低血圧傾向が散見され、しかのみならず軽微な抑鬱も見受けられるため、転地療養でもさせた方がいいのではないか、という聲も上がったが、それは鏡子本人が固辞したため取りやめの沙汰となった。しかし、亮介と奈緖子は語らって、この儘では鏡子はひょっとすると復た同じことを繰り返すやも知れぬ、縦しんばそういうことはなかったにせよ、ことによると響子と同じ轍を踏む仕儀に立ち至るかもしれない、何よりこの叔母も性的にかなり放肆な暮らしを送っていた時期もあるからだ、できればそういう道には迷い込ませたくないのだが、一体どうしたものだろう、と散々智慧を絞ったらしく、ある朝鏡子は起き抜けに奈緖子に呼ばれ、いい先生がいるから、あなたちょっと通ってみなさい、と申し渡されたのだった。鏡子は豆鉄砲でも喰らった鳩のごとく眼を丸くして、医者ならもう充分です、と答えたが、奈緖子は口辺にうっすらと笑みを泛べて、お医者じゃないのよ、医者ではなくて、そうね、まあ言ってみれば心のお医者だとはいえるかも知れないけど、と抑えた聲で言い、鏡子にじっと眼をやり、ふたりは須臾そうやって視線を合わせていたが、軈て鏡子は、ちょっと顫えを帯びた口調で、わたしはまだ精神科にかかるような必要はないわよ、と応じた。奈緖子は復たちょっと笑みを湛えて、お医者じゃないのよ、というた。でも、どうせ心療内科とかそんなところでしょう、と斬込む鏡子を鷹揚にかわし、奈緖子は、いいえ、臨床心理士の先生だから、医者ではないわね、と言ったが、鏡子はなおも、でもそういうところって、医師の紹介状が要るんじゃなかった、と食下がる。奈緖子は、要るにしても要らないにしても、もう予約を入れちゃったし、よかったら今度の日曜日一緒にいらっしゃいな、と勧めた。鏡子は黙して暫時考えていたが、稍あってぽつりと、じゃあいいよ、一回行ってみても、どこにいるの、と答えた。奈緖子はほっとしたように顔の筋肉を弛緩させ、M市よ、金曜の午前十時から。ああ、あたしも本当なら今ごろ、復た桂介伯父さんの会社でバイトさせてもらっているんだったんだけどな、と鏡子が珍しく憾みっぽくなって鼻聲を出すと、奈緖子は仕方ないでしょ、こればっかりは、因果応報、っていうしね、と切り捨てた。鏡子はかなり渋ったものの、一応一度生まれて初めての〝カウンセリング〟を受けることで不承し、亮介はその日有給休暇をとって車を出すことになった。
その日、鏡子は珍しく朝遅めに起き出した――、とは雖も平生の鏡子に較べれば、という程度の話であって、午前七時半にはもう起きていて、両親と共に寡黙に朝食をしたため、そそくさと身支度を済ませ、なにを着ていこうか暫く逡巡したが、直ぐと〝ディスカス・スローイング〟のTシャツとヘインズのチノに決め、腕時計をして階下に下りた。
奈緖子も亮介も疾うに支度をしてティーダに乗り込んでいた。鏡子はお待たせ、と小声で言って座を占めた。運転席の亮介は、気を利かせて、何か音楽でもかけるか、といったが、鏡子は黙って首を振るだけだった。M市までは車で四、五〇分かかる。道中は鏡子にとっては長いものだったが、鏡子は聊か投げ遣りにもみえる視線を車外に向けているだけで、万事我関せず、の態度をとっていて、車は二、三回迷った挙げ句、午前九時半過ぎに心裡相談室の駐車場に収まったのだが、鏡子は自発的に動こうとせず、奈緖子が車のドアを外から開けてやらねばならなかった。受付で来意を告げて案内を受け待合室の椅子に腰掛けて、三人は三人とも落ち着かぬ気分で待ち、鏡子は受付嬢のくれたパンフレットを開いて読むともなくうち拡げていたが、そこには「当相談室では、精神科と聯携した心理療法にも、又個人・法人問わず一般のクライアントの方々にもご対応します」とあり、その字面をぼんやりとうち眺めていると、軈て鏡子の前の患者、或いは〝クライアント〟が済んだらしく、どうも有難うございました、と頻りに平身低頭の挨拶をしながら五〇年配の中年女が出てきた。亮介は旁らに坐っている鏡子のわき腹をつついて、そろそろだぞ、と耳語したので、鏡子は幾分血の気が引いたような思いを感じながらもそのフライヤーはくしゃくしゃに丸めてパンツのポケットに押し込んでしまい、リレー競技でバトンパスを待って待機する走者の心持ちを味わいつつ、心持ち尻を浮かせて待ち構えていると、間もなく受付から、植木さんどうぞ、と聲がかかり、鏡子は〝面談室1〟とある室の戸を敲いた。すると中からは打てば響く按排で、どうぞ、と男の声で返辞があり(これは、臨床心理士というとあまり年のゆかぬ女性だろう、と堅く信じ込んでいた鏡子にとっては尠なからず驚きであった)、鏡子が室に這入ると、〝先生〟とは最前の〝女クライアント〟と同じくらい、五〇歳くらいの年恰好で、眼鏡の奥の眼差しは柔和で親しみやすそうだったけれど、鏡子はなぜかしらそこに〝ヨブを嘖むサタン〟の姿を見いだし、警戒心を抱いた。M先生は、どうもいらっしゃい、初めまして、と挨拶し、よく来ましたね、と穏やかな口調で言い、鏡子が、あなたは自分のことを・詳らかな事情・事訳に就いてご存知なのか、と問うと、うむ、あなたの担任の先生からある程度はね、と真面目な顔で答え、更に、若しあなたが……、植木さんがそういう細かい情実に就いてお話ししたくなかったら、別にそれで構いませんよ、と答えて鏡子を当惑させ、鏡子が二の句を継ぐさきに、ここではね、箱庭療法、というものをやっているんですがね、あなた一つやってみますか、と口の端でちょっと笑いつつ背後に手をやって、鏡子がその先をみやると、M先生の手の先には、五〇センチ×一メートルほどの四角い台があり、その箱の中には砂が、深さ三センチくらいだろうか、入っていて、まるで小学校の修学旅行で訪れた竜安寺の庭のようにほうきで掃いた痕があって、そして更にその向こうの棚にはいろいろと雑多なおもちゃ(或いはそのようなもの)が並べ立ててあった――、高さ十センチほどの、ミニチュアの電話ボックスがあれば、家の模型があり、ミニカーがあり、玉座に着いた女王の像があり、観音菩薩の銅像があり、プラスティックの木々があり、歩行者がありガードレールがあり……、という具合に大小問わず種々の〝我楽多〟がおき並べてあって、鏡子が、あれをどうするんですか、と問うと、まあ一つやってご覧なさいよ、と言って、自分は箱庭に背を向けた恰好で椅子に腰掛けると、眼を閉じてしまったので、あとに残された鏡子は戸惑いに一瞬呆然となったが、比較的直ぐ気をとり直して、棚に並んだものを一つずつ取り上げて、或いは適当におき、或いはいろいろ考え直して何度も置きなおし、或いは直感的に理想的な配置を感得しておき……、と十五分ほどもかけて合計十三アイテムほどを置き並べた。鏡子ができました、と告げると、M先生はどれどれ、と言って椅子から立ち上がり、鏡子の旁らへやって来ては、できましたね、では……、と言い検分する様子、要所要所で、これは何ですか、ではこれは、と鏡子に問いかけ、鏡子がああこれは○○です、これは■■です、と答えつつM先生の表情を偸みみていると、飛行機のおもちゃをみて顔を強ばらせるのがわかり、これはもう置かないほうがいいんだ、と鏡子はなんとなく腹の底で冷たいものが湧き出すのを感じながらぼんやり認識した。
すっかり終わったのはきっかり一時間後のことだった。M先生は来週復たいらっしゃい、と言い、同じ時間で構いませんか、ときき、はいと答えるとそういうことになって、八月第二週の金曜に予約が入った。金は亮介が支払い、一家は近所のステーキハウスで昼食を共にした。亮介が、どうかね、あの先生は、と問うと鏡子は、ううん、まだわからない、だけどあたしのことはあれこれよく知っているみたいで……、外短附属に通っている、と言ったら優秀な学生ですね、と言っていたけど、などと答え、テンダーロインの一五〇グラムにナイフを入れた。
「どうなのよ、復たいけそうなの?」と奈緖子がやや性急な口調で問い、鏡子はそれに答えて、うん、今度は一人で行きたい、と何気なしに言ってしまったのだが、口から出したあとで鏡子はその言辞が実にいまの鏡子の内面を活写していることに心づいて我ながら驚き惘れたのだった。亮介は、ええM市までなら電車で一時間はかかるがな、と眉を上げてみせ、奈緖子は眼を丸くして、この次も復た車で行きなさいよ、送ってあげるから、と先日以来〝制御不能〟情態に陥っている鏡子に言葉を重ねた。
結局、鏡子はM市までは車で送ってもらい、その代わり両親は車のなかで待っている、ということで落ち着いた。料金も鏡子が金を貰い、なかで支払って来ることになった。
その日、鏡子は自分でも考えていたものよりかなり違う置き方をした。
M先生は、この〝箱庭〟はね、自分でも思いも寄らぬものがおけるのが醍醐味なんだよ、と言っていたが、当にその通りであった。
M先生は、鏡子のおいたものをみて、ああこれはいいね、中心が出ている、とコメントした。
待合室に出ると、受付にはひとの姿がなく、鏡子はそこで本棚から本を撰んでとり、ぼんやり眺めていたが、ふと気づくとその本――ミヒャエル・エンデの「モモ」を何とはなしにバッグの中に入れてしまった。
特にその本が欲しかったわけではない。読んだことはあるし、ストーリーも大体覚えている。面白かった記憶はあるが、ただそれだけだ。
だが、その本を偸みたくなる衝動は已まず、次の時には「ロバのロバちゃん」という絵本を、又次の時にはクリアリー「がんばれヘンリーくん」をバッグに入れていた。
一方で〝箱庭〟は進み、三度目か四回目で、先生は、
「ううん、これは曼荼羅だね」と言った。「どう、写真に撮っておきなさいよ」
そこで鏡子はそ自分のスマートフォンでそれを撮影した。
それで鏡子には、この〝箱庭療法〟でおさえるべき勘所というか、要諦が飲み込めてしまった。
鏡子はそれから暑い、とても暑い夏休みの期間中に、M先生の相談室に週ごとに定期的に通った――、それで何か変わったのか、とか、何か改善したのか、とか、具体的に実生活上で●●が△△△になった、というようなことはないのだけれど、鏡子は以前読んで懐かしいと思った本と再会することができ、又それを新たに自分のものとしてしまった――、それに就いてはM先生からは注意を受けた、とか、諷するように、あるいは婉曲にであれそれに触れられた、とか云うことも一切ないのだけれど、鏡子は自分はもう一生偸盗は働かないだろう、と思っている。又、自分はこの先、もう二度と男と付き合うことがあるかどうかは分からない、尠なくとも向後数年間から十年ほどにかけては到底あり得ぬ話だろう、と思っている。これは、単に手慰みにちょっと考えてみた、という程度のことではない。自分という一個の人間の奥底までつらぬくほどの烈しさをもち、触れるたびごとに突き刺すような痛みと共に想起される、一と言で云うなら〝現存在的直感〟とでも呼ぶべきものだった。
そして、それが正鵠を得ていたことは後年、見事に間違いなく実証されたのであったが、そのことに就いては又別の機会に改めて語ることにしたい。
☆
包へ 深町桂介 @Allen_Lanier
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