月影浴するさつきちゃん
naka-motoo
リメイクさつきちゃん
僕がさつきちゃんと初めて遭ったのは高校初日のクラス分けの時だったんだけど、ふたりだけで話したのはゴールデンウイーク直前の金曜の放課後。ショッピングモールの中の大きな本屋さんで小説家がサイン会を開いた時だったんだよ。
かわいかったな。
「あれ?かおるくんも来てたの?」
「う、うん。さつきちゃんも村松昨夕さんのファンなの?」
「ふふ。そうなんだよ」
『そうなんだよ』という言い回しがとても愛らしいし胸がくすぐったくなるぐらい
に僕はときめいたんだ。
「さつきちゃん。じゃあ一緒に並ぼうか」
「うん」
彼女はサイン用に一冊彼の本を持って来てた。
夕方から夜にかけてのショッピング・モールには別にこのサイン会が目的じゃなくって偶然本屋さんに行き当たったひとたちも何人かいて、きっと青春の頃に文学少女だったり文学青年だったりしたんだろな、って腰のあたりがソワソワするぐらいに、いいな、っていう気持ちになる。
「かおるくん」
「なに?さつきちゃん」
「やったね!」
やったね、だって。
かわいい。
握手とサインをもらった僕とさつきちゃんは、なんとなくそのまま家に帰ってしまうと余韻が消えてしまうような気がしたので、カフェにふたりで入ったんだ。
頼んだのはなんだか甘いミルクがメインのコーヒーだった。
彼女は小柄で浅黒で目はきりっとしたひとえに近いふたえで、まるでミルクにコーヒーが溶け込んだカップの中の色みたいな甘さとまろやかさを感じたんだよ。
「かおるくんはどの本が好き?」
「えーとね。『ねこちり』かな」
「あ。そうなんだね。わたしは『いぬちり』かな」
なんのことか分からないかもしれないけど、僕らふたりの間では暗号みたいにしてココロが通じ合った。それは同じ本を読んだ時間をそれぞれの人生の中で過ごしてきたもの同士の共通項だろうな。
同志、とすら呼べる間柄に。
なれたらいいなあ。
「あ。ごめんね。話し込んじゃったね」
「ううん。さつきちゃんは大丈夫?もう真っ暗になっちゃったけど」
「うん。家には今日はこのサイン会に行くから遅くなるって言ってあるから」
「公認なんだね」
「ふふ。黙認、かな」
カフェはショッピングモールの1Fにあるから、そのままドアを越えれば月が中空にあった。
ほぼ満月で、黄色というよりは澄んで澄んで、キン、とした冷えた夜の空気が月の光を全く遮らない状態で僕らにそのまま届いてくるような感じがした。
さつきちゃんが空を見上げている。
「月を観てるの?」
「ううん。浴びてるの」
銀盆に向かって彼女は口を何度か、ぱくっ、て開けてた。
「送って行くよ」
「だいじょうぶ」
さつきちゃんはそう言ったけど、僕は重ねて言った。
「心配なんだ」
「・・・じゃあ」
ありがとう、と言ってふたりで並んで歩いた。
「かおるくんはこの高校でやりたいこととかあるの?」
「一応陸上部での目標はあるけどね」
「走り幅跳びだよね?」
僕が幅跳びやってるって話したことあったかな。
「さつきちゃんは中学ではソフトボール部でピッチャーだったんだよね。高校ではやらないの?」
「家事があるから」
特別な家庭の事情があるって訳じゃないらしいけど高校進学する前からお母さんと約束していたらしい。義務教育が終わったら家のことに時間を割いて欲しいって。
「部活に未練はないの?」
「うーん。無いって言ったら嘘になるけど、ある程度中学の時に納得できるぐらいに一生懸命ソフトボールやったから・・・特に今は執着が無いから、平気だよ」
「そうなんだ・・・・」
「だから今日は夕食の用意をお母さんに甘えてしまって特別な日なんだ」
さつきちゃんの家まで後200m。一応僕は気を利かせた。
「家とか知られたくなかったらこの辺で帰るよ」
「ううん。最後まで送って?」
さつきちゃんの家は庭にまだ小さな柴犬がいる、やっぱりかわいらしい家だった。
「こ、こんばんは・・・・」
「こんばんは。さつきがいつもお世話になってます。ねえ、かおるさん。良かったらごはん食べて行かれませんか?」
さつきちゃんのお母さんからそう言われて一瞬どうしようか迷ったけど、僕にしたって家に帰れば母さんがごはんを作って待っていてくれる。
「ありがとうございます。でも、今日は帰ります」
「あら・・・・・残念ね」
「かおるくん、送ってくれてありがとう」
「ううん。僕の方こそたのしかった。じゃあ、さつきちゃん、また明日。失礼します」
そう言って僕はこの清らかでかわいらしい母娘に軽く会釈をして歩き始めた。
月が僕とさつきちゃんのシンボルみたいな雰囲気をさっき一緒に歩いてるときからずっと感じている。
僕の思い込みかもしれないけど、僕を彼女を、それからみんなを。
遍く照らし給え。
月よ。
月影浴するさつきちゃん naka-motoo @naka-motoo
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