第4話 親のいる生活

「いやぁ、よかったよかった。ゼッタが無事で父さんはなによりだよ」


 俺が横になっているベッドの隣に座っている男、ゼッタの父ことクリフトは豪快に笑いながらそう言った。

 ミラの鮮やかな茶髪とは対照的に彼は一切のにごりもない白髪。藍色の三白眼に筋肉質な身体と見た目はかなりイカツイ。

 しかし、見た目とは対称的にとても優しそうで頼りがいのありそうな人だった。


「夜になってもゼッタが帰ってこないもんだから、お隣のバイルさんと一緒に夜通し探したんだぞ? 今度、バイルさんに会ったらちゃんとお礼を言っておけよ」

「うん、分かった。ありがとう、お父さん」


 クラフトは元気そうな我が子を見て、目を細めると静かにうなずいたのだった。


 なるほど……ゼッタの記憶を加味して情報を整理すると、ゼッタが意識を失って倒れてからクリフトと隣人のバイルさんが“聖域の森”とやらを探し回り俺を見つけ出してくれたらしいな。

 この年齢の子供が森の中で一人で倒れていたら、そのまま死んでしまう可能性だってあるだろう。となると、二人は命の恩人ってことか。


 ゼッタの記憶によるとクリフトは元冒険者らしく、今はイノシシや熊を仕留める狩人の仕事で生活を賄っているそうだ。

 引退したとはいえ、家族に探索慣れした者がいたのは幸運だったな。。


「それでゼッタ……聖域の森でなにがあったんだ? 魔物に襲われでもしたのか?」


 クリフトは真剣な顔つきになると、優しい口調で問いかけてきた。

 本来なら魔物がでてこない安全な森で子供がなにかしらの原因で気を失った、冒険者や狩人からしてみれば捨て置けない問題だろう。

 だけど生憎、俺はゼッタが気絶した理由をはっきりと覚えていない。どのタイミングで気を失い、俺の意識を宿してしまったかも、よく分かっていない。


 けれど……ひとつだけおぼろげに覚えていることがある。

 記憶が正確に思い出せないこと自体、は初めてのことだが、なんとか語れそうだ。


「えっとね、森の中に遺跡があって、そこで倒れたの」

「遺跡!? そんなのあの森あったか? というかゼッタが倒れていたのは、森のど真ん中だったはずだが……」


 首を傾げてうんうんと唸るクリフト。その様子だと、思い当たることがなにひとつとしてないのだろう。

 そもそも話からして、クリフトが見つけたのはゼッタが倒れたであろう遺跡ではなく、別の場所だったようだからな。


「なぁ、ゼッタ。本当にで倒れたのか?」

「うん……よく思い出せないけど、そうだと思う」

「そっか、不思議なこともあるもんだな。ともかく、ゼッタが生きてて本当によかった」


 全くその通りだ、あそこで死んでいたら俺の意識も目覚めなかっただろうからな。

 さて、これで俺が転生するまでの流れは大体分かった。原因は今、探る必要性はあまりないだろうし、そもそも探れそうにもない。

 次にやらねばならぬこと、それはこの世界の環境についての情報収集だな。


 今までの物理法則や常識が通じる世界でないことはすでにゼッタの記憶からも分かっている。

 俺が住んでいた地球にはなかった物質や魔法の数々、そして魔物という凶暴で人間に害をなす存在。頼れる父と優しい母がいるとはいえ、この非科学的すぎる世界で生きていくことになった以上、俺自身もそれに適応しなければならない。


 手始めに……を理解するところから始めようか。


 俺はクリフトの隣にしれっと映り込んでいる電光掲示板のようなもの、ステータスを見据えた。


――――――――――――――――

【名 前】 ゼッタ

【年 齢】 5

【種 族】 ヒューマン

【職 業】 魔法銃師/錬金術師

【レベル】 1.00/1.00

【ライフ】 ♥♥♥♥♥

――――――――――――――――


 俺がミラに抱きしめられた瞬間に現れ、それ以降ずっと視界の端に映るようにつきまとってくる文字通り目障りな存在だ。

 突然現れてからというもの……消える気配がしない。両親がいない好きに「ステータスクローズ」なんていうベタなセリフを二ヶ国語で言ってみたが駄目だった。


 ちなみにこの世界の言語は当然日本語ではない。ミスト語と呼ばれるものらしく、文法も単語も俺の知識だけでは見当もつかなかった。

 だがゼッタの記憶のおかげか、今の俺はミスト語はある程度、自然に理解できている。

 まあ、転生時に特典として半強制的にバイリンガルになるラノベなんて、珍しくもないからな。そこは割り切ることにしたのだった。


 話を戻そう。

 この目障りなステータスだが、俺の予想だと恐らく今後消えることはないと思われる。

 というかこの世界に生きる全ての人々は常にこれが見えているのではないかとすら思っている。

 異世界ならば不思議な話ではない、まあ常に表示するにしてはいらない情報ばかりな気もするがな。


 ミラやクリフトにも見えているか今すぐに確認……してもいいが、別に後回しでも構わないだろう。

 ゲーム画面で常に主人公のレベルやらHPやらが確認できるRPGも珍しくないし、機能としてはありがたい。うっとうしいけど。

 だから、わざわざ消さなくてもいいかなと感じたのだった。


 ただ、内容についてはおおまかに読み取っておくべきだろう。

 名前、年齢、種族に関してはそうだなとしか言いようがない。けれど残り3項目はこの世界を生き延びる上では重要だ。


 まずは職業、俺がブラウザで指定した2つの職業がしっかりと反映されている。裏を返せば、あのブラウザゲームもどきとこの転生は密接に関わっているのは間違いないだろう。

 

 次にレベル……か。これはよくわからない、小数点以下が存在するレベルなんて見たこともねぇからな。

 けれど2つあるところからして『レベル = 職業レベル』であることは推測できる。でなければ2つある意味がないからな。

 

 最後にライフだが、これは難易度エクストリームを選択したことによって課せられたハンデだな。

 確か強力な攻撃を受けるごとに1つ減少するなんて書いてあったが、どれくらい強い攻撃を受けたら減るかは実際に確かめてみないと分からなそうだ。

 ……本当に痛いのはいやだけど、仕方あるまい。この世界じゃ刃物で斬り裂かれるなんて日常茶飯事だろうし。

 もしかしたらこの世界の人間には痛覚があまりなくて、斬られてもあまり痛くないかもしれない! ……そんなことはないだろうけど、浅く期待しておくよ。


「ゼッター、お腹すいたでしょ。夜ご飯よー」


 ステータスのことを考えながら天井を眺めていた俺はそんなミラの声で体を起こした。

 ベッドの隣の丸いテーブルにはほくほくと湯気を立てた肉と、鮮やかな緑色をしたサラダが置かれていた。


「うわぁ、ありがとうママ!」


 多分、ゼッタならこう言って食事にありつくんだろうな。

 俺は自分なりに少年ゼッタを演じつつも、病人のごとくベッドの上でご飯を食べる。


 このサラダは……多分、薬草と山菜を混ぜ合わせたものだな。

 恐らく、病み上がりの俺のことを考えて体に健康そうなものを取り揃えているのだろう。それにこのドレッシングは見たことのない鮮やかな緑色をしているが、不思議と抵抗はなくすんなりと喉を通った。


 そしてお肉の方は……ブラウンディアという動物の肉かな?

 なるほど、つまり鹿の肉ということか。初めて食べたが、こんなにも噛み切りやすい肉質なのか。

 まるで高級牛肉を食べている気分になるな。牛肉と違いがあるとすれば、ちょっと鉄の味がするくらいだろうか。

 鉄の味といっても実際そんな味がするわけではなく、なんとなく鉄分が多い味がするような気がするだけだ。

 

 控えめに言って美味いな、こんなに美味しい食事をしたのは本当に久しぶりかもしれない。

 俺自身、ゲーム操作のコンディションを整えるために食事や睡眠には割と気を使っている方なのだが……こればかりは脱帽だ。


「あっ、そうだー。ゼッタ、果物ポーション飲む?」

「うん!」


 肉をほおばりながらわけも分からず適当にうなずくとミラは嬉しそうな表情で、フラスコに似た瓶に入ったジュースを持ってきてくれた。なんとなくだが、あの瓶がポーション瓶であることはゼッタの記憶いらずでも分かるぞ。


 俺はそれを受け取るやいなやそれ一口飲んでみた。

 するとその瞬間、俺の舌に衝撃が走るのが分かる。


(美味しい……こんなに甘くて美味しいジュースは初めてだ)


 まさにといったところか。ポーションと言うんだから製法も魔法じみてそうだ。


「ハハハ、相変わらずよく食べるなぁ、ゼッタは」


 俺の食べっぷりを見ながらクリフトは笑ってそう言ったのだった。

 けれど俺はその言葉に返事することなく無我夢中でご飯を食べ続けた、だって美味しいんだから仕方ないだろ。


 こんなにも御飯の時間が幸せに感じるなんてな。

 前世でも食事には気を使っていたとはいえ、ここまで美味しいと感じたことはなかった。

 もしかしたらミラの愛情がご飯に詰まっている、と言うべきなのかもしれない。


 ふと窓の向こうに浮かぶ大きな星をながめた。この世界にも月のような惑星があるんだな。

 こうやって星や月を見るのはとても久しぶりな気がする、当時の俺はそんなものに目もくれぬほどゲーム漬けだったから。


 毎日のように格ゲーやFPS、VRMMOの非公式大会に誘われ、大会に向けて練習する日々。

 そして疲れたらその合間にVRゲームやRPGゲームで何も考えずにレベル上げや素材回収を行ったり、鬼畜ゲームの攻略を進めたりする。


 名のしれたプロの人たちと共にしのぎを削りあうのはたしかに楽しかった。

 プロ相手だと負けることだって全然あるし、それをやり込めるために全力で頭を悩ませたりした。


 けれど……いつからだろうか。

 その行為すら俺にとってはまるでルーティンワークのように空虚なものへと変わり果てていった。

 楽しいけど、俺の心にぽっかりと開いた大きな穴が埋まることはない。


「満たされねぇ」


 外の景色をながめながら俺はポツリとその言葉をもらした。

 俺が探し求めているものは本当にここにあるのだろうか。

 それとも、そもそも俺は自分が探し求めているものを理解できていないのだろうか。


「どうしたの、ゼッタ? 今、なにか言った?」

「んー? 何も言ってないよ、ママー」

「あら本当? それじゃあ、ママの聞きまちがいね」


 つい出てしまった本音を軽く流して俺は再び、美味しいご飯を口にするのだった。

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流星の魔銃師 ~HPが5しかない転生者は魔法銃と錬金で超鬼畜な異世界生活を送る~ 井浦 光斗 @iura_kouto

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