第3話 新たな生活の幕開け
意識を覚醒させて目をゆっくり開くと、再び俺の視界にあの見覚えのない真っ白な天井が映り込んだ。
相変わらずズキズキと痛む頭をさすりながら、俺は体を起こし、目をこすりつつ辺りをじっくりと見渡す。
(あの時の子供部屋……。やはり夢じゃなかったのか)
普段の落ち着きを取り戻した俺は小さく唸ると、腕を大きく回した。
ここまで無駄に落ち着いていられるのは二度目のシチュエーションだからだろうか。いや、それだけじゃないな。恐らくだが、あの時と違って今の俺はある程度、頭の中が整理されているのだ。
まるで混在していた2つの記憶が綺麗に分類されていくような、スッと頭が軽くなる心地だ。
(意識を失う前の俺の記憶と、この少年ゼッタの記憶か)
まだ記憶に白いもやがかかってはっきりとは思い出せないが、頭の中には無邪気で子供らしいゼッタの記憶が確かに残っている。
自分は知らないはず記憶を俺は知っている……不思議な感覚だが、不気味さや気色悪さはなかった。
さてと、そんな俺は現在進行系でこの現実離れした状況に直面しているわけだが、どうしてこうなったんだ?
状況把握のため、俺は自分の部屋で最後にやったことを思い出そうと記憶を丁寧に辿っていく。
どんな事象にもきっかけは存在するはずだ。虚無から何かが生まれるなど、ビックバン以外にあり得ないのだから……。
(記憶が正しければ、俺は新たなブラウザゲームを始めようとしていたところだったはずだ。難易度はエクストリーム、職業は魔法銃師と錬金術師でな)
――ファンタジー世界の鬼畜ダンジョンをあなたの手で攻略しませんか?
そのキャッチコピーまで思い出したところで、俺は一つの疑問を抱いたのだ。
そもそもあれはゲームだったのか、と。
広告文句につられて適当に始めようとしていたが、思い返してみればあの初期設定画面で「これはRPGゲームです」とはどこにも書かれていなかった。
それどころかゲームという文字すら、ほとんど書かれていなかった気がする。
もしあれが原因で俺の意識が幼い少年に入り込んでしまったのだとしたら……俺にはひとつだけ思い当たる事象がある。
(異世界転生……なのか?)
オタクやゲーマーならば絶対に一度は耳にしたことがある現象だ。
トラックに引かれる、通り魔に刺される、雷に打たれるなど何らかの理由で死んだ人が神様の計らいで異世界で前世の記憶を保ったまま生まれ変わり、チート能力で無双する。
テンプレートはそんな感じだったはずだが、今起きている事象はこれに酷似している。
ただ――俺は死んだわけでもなければ、神様に会って天恵を授かったわけでもないがな。
それに俺は少年に転生したというより、むしろ毎日を楽しく過ごしているであろうなんの罪もない少年の意識を乗っ取ったというか、意識を融合させてしまったというか。
いや、この際どうしてまたはどのように転生したかはどうでもいい。
大事なのはこれからどうするべきかを考えることだろう。
起きてしまったことを後悔するより先を見据えよう、ましてや後悔や反省のしようがない事象についてなど考えるだけで時間の無駄。
(まずは周りの環境について情報収集……といきたいところだが、その前に)
俺はシングルベッドから飛び降りるとこぢんまりとした子供部屋のドアへと向かった。
しかし俺がドアノブに手を伸ばそうとするよりも早く、ドアはゆっくりと開き奥から茶髪の女性――ゼッタのお母さんであるミラが現れたのだった。
「起きたのね、ゼッタ! 大丈夫? 痛いところはない?」
ハッと驚いたミラは俺のもとに駆け寄ってくると、目の前にしゃがみ、俺の両肩をがっしりと掴んだのだった。
(この展開……さっきと全く同じなんだけど?)
初めてこの部屋で目覚めた時と全く同じ流れに首を傾げかけた俺だったが、首をブンブンと横に振る。
一瞬デジャヴかと思って驚いたが、まあいい。そんなことよりも、今は――
「うん。もう大丈夫だよ、ママ!」
自分の無事を一刻も早く知らせてあげようじゃないか。
できる限り表情筋を動かし、俺は満面の笑みをお母さんのミラに見せた。
すると彼女は安堵したのか翡翠色の瞳をうるませ、有無を言わさず俺を強く抱きしめてきたのだった。
「ああ、良かった、本当に良かった。すごく心配したんだからね……!」
はぁ、なにが誘拐犯だ。こんなにも我が子を心配している母親を頭のおかしい人だと疑った俺が恥ずかしくなる。
素直に「大丈夫だ」と言えばいいものを、その場から逃げ出した挙げ句、倒れてまで無理やり眠りについて……過去の自分を殴れるなら殴りたい。
それにしてもお母さんか。
お母さんにこうして抱きしめられるのはざっと20年ぶりくらいだろうか。
俺こと白峰凪の両親は――俺が2歳の頃に他界した。まだ大した愛情も受けられていなかったのに。
その後、俺は母方の祖父母宅にて引き取られ、育てられた。しかしとある理由で祖父母に嫌われていたため、残念ながら子供として真っ当な日々を送れなかった。
だからだろうか、急に抱きしめられて感じたのは煩わしさではなく幸せだった。
「ママ、ごめんね」
そう謝ったその時だった、突如俺の視界の端に電光掲示板のように輝く文字列が浮かび上がったのだ。
何の前触れもなく出現したソイツに俺は目を見開き、それをジッと見つめてしまった。
――――――――――――――――
【名 前】 ゼッタ
【年 齢】 5
【種 族】 ヒューマン
【職 業】 魔法銃師/錬金術師
【レベル】 1.00/1.00
【ライフ】 ♥♥♥♥♥
――――――――――――――――
あれはまさか……親の顔よりも見た文字列にして、ゲーム世界を体現させるに相応しき代物、ステータスなのか!?
あれがないとRPGゲームとは言えないランキング(架空調べ)で堂々の一位を獲得したあの……。
いや、そんなことよりも――
(出てくるの、今じゃねぇだろうがよ!)
人がしみじみと親の愛情を享受している最中に、しかも絶対に目に映るような位置に出現しやがって。
急にステータスが出てきたら、いつ何時も凝視してしまう。それがゲーマーの性というものなのだからな。
「……どうしたの、ゼッタ?」
「ううん、なんでもない」
知らない記憶と世界、見覚えのない自分の姿、そして怪しげなステータス。
ここまで揃えば、もう文句のつけようはない。俺はどこぞのラノベのようにファンタジー世界へと転生してしまったようだ。
そして生き抜かなければならない、この熾烈で過酷な世界を。
俺の冒険譚は今ここに、始まりを告げたのだった。
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