第49話

 そんなことがあった午前九時頃。

 いろんなことがあって今やっとゆっくりと時計を見たが、なんて時間まで寝ていたんだ。

 速水が「十二時だったので」と言っていて、飯食う時間が多分八時半だったので、私は八時間半も寝ていたのか。

 酒の力は恐ろしい。


 そんなことをぼんやりと考えていると、速水が意気揚々とテレビを付けながらゲームコントローラーを持ちクッションに座る。


「先生ソファってないんですか」

 せめて「なんでコントローラー持ってるんだ」とツッコませてくれ。

「一人暮らしでソファなんて高い物買ってもな。クッションと机さえあれば飯は食える」

「そんなもんですかーっと、なんか二人でできるゲームありますか」

 ……。

 こいつ、会話の感覚が春飛と同じだ。


「なんなら、二人用のゲームしかない」

「二人用ゲームしか?」


 テレビに映った青背景と、一つの、一つしかないゲームアイコン。


「なんです?これ」

「ブルードライブ。格闘ゲームだ」

「格闘ゲーム?なんか、似合わないですね。そもそもゲームしてるイメージすらないですけど」

「まぁ本当にこれしかやってないしな。今ではやる相手もいないから、腕を落とさないように週一程度触るだけだ」


 主人公の声タイトルコールがスピーカーから鳴り、適当にボタンを押してメニュー画面の時点でどうしたらいいかと困り顔をする。

 仕方がないので、私もコントローラーを取り出した。


「なんですかその四角いの」

「アケコン、アーケードコントローラーだ。格闘ゲームやる時しか使わん」

「へー……」

「格闘ゲームは初めてか?」

「なんちゃって格闘ゲームのスマッシュダイナマイトなら、あの三人と一緒にずっとやってきてましたけど」


 あの三人というのは、火南と片美濃と金剛のことだろう。

 確か、幼稚園児から幼馴染だったとか。


「格闘ゲーム未経験なら、私と相手しないほうがいいか?」

「いやいや、私でも波動拳コマンドとか昇竜拳コマンドとか出せるんですからね!一回適当に対戦してみましょう!」

「……分かった」



 まぁ、結果は予想道理というか。

 いや、予想以上というか……。


「なんでワンボタンでガード出来ないんですか!?」

「……私が悪かった。チュートリアルから始めよう、またはこのゲームやめよう」

「勝つまでやります!!どこですか!!」

「勝つまでは無理だろ」


 つい手癖でコンボしてハメてパーフェクトゲームした後、攻撃ボタン教えてみたがやっぱりその程度ではゲームすらならなかった。


 キャラクターの声がスピーカから流れ、真剣な表情でチュートリアルをこなす。

 ……長くなりそうだな。


「私は仕事の残り片づけるから、適当にやってくれ」

「……」


 集中しちゃってるし。


 そういえば、私がこのゲーム始めたのもこんな感じだった気がする。

 春飛に突然ゲームセンターに連れてこられて、操作方法も分からないままボコボコにされて、あいつのドヤ顔がうざかったから内緒で練習して、次一緒にやったときは一ラウンドだけ取れたんだっけ。


 そのまま新作も一緒にやって、海外行ったせいで回線が重くコンボが出来ないとお互いでキレてたっけ。



「せんせーい」

 手の止まったパソコン前、思い出に更けていたら所に速水が話しかけてくる。

「……どうした」

「お昼ご飯どうします?」

 時計を見てみると、時間は十一時四十五分。

「微妙に早くないか?」

 朝ごはんも少しは遅かったのだ。

「作るなら、今から作ったほうがいいかなーって」

「また作るのか……流石に私が作る」

「いいんですか、わーい」


 そう言いながらこいつはテレビの前に戻ってチャレンジモードと呼ばれるコンボ練習に戻っていった。

 さては誘導されたか?


「昼ごはんか……カルボナーラでいいか?」

「王道、ですね」

「チーズは多めがいいか?」

「カロリーを気にする乙女に何言ってるんですか。沢山入れてください」

「意外とノリが良くて安心したよ」



 そういって、いつもより多くパスタを茹で始めた。




「なんであのゲームなんですか?」

「友人が……というか、あれだな。春飛に誘われてな」

「あぁあの人、仲いいんですか?」

「……面と向かって良いというのは癪に障るが、まぁいいんじゃないか?」

「友達付き合いを説明するときって困っちゃいますもんね」


 アホみたいにこってりしたカルボナーラを二人して食べる。

 朝からずっといるせいか遠慮なく話していた。


「あの三人とは幼馴染っていうは本当か?」

「本当ですよ、たまたま家が近くて。一応ですけど、小中校ずっと一緒って人は他にもいますよ?ただ、ずっと遊んできたってなるとあの三人です……でも」

「でも?」

「最近つまらないんですよねー。響達だけじゃなくて、学校とか友達付き合いとか、なーんかつまんなくて」


 ……。


「マンネリ?」

「多分それですねー。高校生になって渋谷とか行くようになって楽しいけど……まだ二か月ですよ、まだ二か月。この感覚であと三年過ごさないといけないと思うと……憂鬱です」

「そうか……そうかー」


 教師という職業に就き、生徒の相談というのは何度かしてきたが。


「正直、こんなこと言うやつは初めてだ」

「よく変わってるとは言われます」

「本当だよ。今日一日でよくわかった」


 しかし、飽き……か。


「多分だけど、それは人間関係が嫌になったってわけではなく……まぁ、飽きてきたってことだろ?なら、逆に一人の時間とかを増やせば」

「一人は……」


 眉が下りて落ち込んでいるようにも見える表情。

 一人は、嫌なのか?


「今のは一例だ、別に一人が嫌ならしなくていい」

「あはは……先生って、表情見るの得意?」

「知らん」

「そうなんだ、私は得意だよ」

「そうなのか?」

「そうだよ、例えば……今日一日、先生はとても楽しそうな表情だった!朝以外でうすけど!」

「私がか?」

「うん、私のことを愛娘のように見ていましたよ」

「もっとわからないこと言うな」


 しかし、楽しそうか……。

 顔が怖いだの、仏頂面と何度も言われた私が、楽しそうな顔か。



「そうだ!」

「ん?」

「……えとぉ、これは唐突に浮かんだから勢いよく「そうだ!」とか言ったんですけど思ったら意味不明だったんでやっぱやめます」


 やっぱこいつ変わってる。


「そこまで言われたら気になるだろ。とりあえず言ってみろ」


 お互い喋り過ぎていまだにパスタが残ってる。

 若干固くなったカルボナーラをまた口に入れた。


「えっと……また、放課後とかに先生の家、来てもいいですか?」

「……」


 口に含んだカルボナーラが一瞬味が分からなくなった。

 とりあえず、口の中にあるやつを飲み込んだ。


「なんでだ?」

「私自身、今日がめちゃくちゃ楽しいのと、同年代とは違うというか……先生って大人じゃないですか!だから!」


 ちゃんとした理由になってるから速攻で拒否できないのがうざい。


「あー……」


 確か、交流自体はいいんだったっけか。今回のケースって、理由になってるのか?


「それに、先生も楽しそうだったし」

「……またそれか」

「はい。だって、先生寂しいでしょ」



 さびしい?


「多分、春飛さんと仲良かったけど、お互い仕事が忙しいとかで会えない遊べない寂しいの三コンボじゃないですか?それを、仕事でごまかしてる。

 当たりですか?」



 そう言われると、心の中で何かが深く刺さった感触がした。

 寂しい、私が?

 寂しい、さびしいか……。


「―――ははは」

「?」

「ははははは!」

「えっ」

「寂しいか、寂しいかぁ。そっか……そっかぁ」


 最近忘れていた当たり前、昨日思い出せていた当たり前、今日忘れていた当たり前。

 そうか、そうか。


「うん、分かった」

「え、何がですか。急に笑って気持ち悪かったです」

「わ、悪かった。なんか……吹っ切れてな。

 いいぞ、今後も家に来ても」


 それは一種の諦めのような、投げ捨てるような感覚だった。

 今はこの得体のしれない気持ちよさに酔いしれたかった。



「やったー!じゃあ、適当な日に遊びに来ますね!」

「せめて連絡はくれ」

「じゃあライン交換しましょ!ほら早く!」

「パスタ食い終わってからな」



 こうして、速水銀子は私の家に来るようになった。

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私が好きなのは先生だけなのに!! ツッキー @Playertuxtuki

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