自動運転な人々

楠樹 暖

自動運転な人々

 久しぶりに自動運転モードをオフにして電車で通勤をした。

 人でごった返す駅。よくみんなぶつからずに歩けるのか不思議だ。


「おはようございます」


 知らない顔の男が挨拶をしてきた。


「先日はありがとうございました」


 明らかにオレのことを知っているようだ。

 補助記憶を検索してみた。

 男の姿にオーバーラップして男の情報が表示される。


【岩谷 和夫】

【○×会社 営業部 主任】

【最終対面日:七月十四日(仕事の打ち合わせ)】


 やはり仕事関係の人間だったか。

 面倒なので自動運転モードをオンにした。


「おはようございます。岩谷さん。先日は……」


 社交辞令には興味がないので、自動運転AIに身体の制御を任せて、オレはバーチャル空間へと引きこもった。


 今や国民のほとんどは自動運転AIチップを脳内に埋め込み、仕事はAI任せだ。

 自動運転AIが仕事を引き受けているあいだはバーチャル空間で自分の好きな時間が過ごせる。

 本を読んだり、テレビを見たり、ゲームをしたり。

 有意義な時間を過ごしていても仕事は自動運転AIが引き受けてくれる。

 自動運転AIが働いた分は給料も貰える。

 いい世の中になったものだ。


 オレは今会社に着いて仕事をしているらしい。

 どんな仕事内容なのかはよく知らない。自動運転AIにすべて任せているからだ。

 他の社員たちもそうだ。自動運転AIに任せてバーチャル空間で日中を過ごす。

 今、オレ達のあいだで流行っているのは『リアルワールド』というゲームだ。

 五感すべてをリアルに再現した世界で、特に何をするわけでもなく、のんべんだらりと過ごすものだ。

 若い頃は剣と魔法の世界で冒険をするゲームをやりこんだが、今では何もしないこのゲームによく来ている。

 冒険ゲームで疲れた人たちは『リアルワールド』に流れ着いてきて、今ではユーザー数ナンバー1ゲームとなっている。

 『リアルワールド』にログインすると、現実世界では遠く離れた他のユーザーとお喋りをしたり、遊びに行ったりすることも可能だ。

 今日は『リアルワールド』内で知り合った女性とデートをする予定だ。

 ユーザーネーム:ファラウェイという彼女の身体も当然今は仕事中だ。でも、そんな彼女の本当の身体には興味がない。

 というのも、『リアルワールド』内では目の前の彼女がリアルであり、それ以上特に望む必要がないからだ。


 その日、彼女は友達と海外観光ゲームに行くというので、オレはヒマを持て余していた。

 自動運転モードをオンのまま閲覧モードで現実世界を眺めていた。

 一人の女性が近づいてきた。


【新川 遥】

【企画部 社員】


 最近オレの部署へ異動してきた社員だ。

 だが、訛りがキツくて何を喋っているのか聞き取りづらい。

 通訳機能をオンにして視界に表示させる。

 新川さんの胸元にウィンドウが開き、喋っている言葉が標準語に翻訳されて表示される。

 これはゲームの『リアルワールド』には無い機能だ。

 『リアルワールド』は相手の喋っている言葉は即時通訳されて本人の音声データを元にした発話機能により他方の人へと送られる。

 そのため、あたかも相手の人が普通に喋っているように見えるのだ。

 そのまま観察を続けているとオレの自動運転AIは新川さんと雑談を始めてしまった。

 詰まるところ、これも自動運転AI同士の会話だ。


「今晩一緒に食事に行きませんか?」

「はい」


 そして、オレの自動運転AIは勝手に終業後の約束を取り付けてしまった。

 オレの好みのタイプではないが、 まぁいいか。

 自動運転AIは最適な解を最適な方法で行うようにできている。自動運転AIのする通りにしておけば間違いはない。

 その後、オレはバーチャル空間に引きこもりゲームを始めた。


 バーチャル空間から戻ると、オレの身体は自分の家に戻っていた。

 新川さんとのデートはどうなったのだろう?

 まぁいいや、自動運転AIのすることに間違いはない。

 自分の身体のことよりも、『リアルワールド』の彼女の方が気にかかる。

 明日は逢えるのだろうか。


 『リアルワールド』でファラウェイさんと逢ううちに、彼女と少しでも長く一緒にいたい思いから自動運転モードの時間が長くなっていた。

 家のことは自動運転AIに任せているので間違いはない。

 今日は、ファラウェイさんは両親に呼ばれているので『リアルワールド』の方には来られないとのこと。

 久しぶりに閲覧モードで日中の仕事を眺めていた。

 オレと新川さんが話をしている。

 そういえばオレと新川さんの進展はどうなったのだ?

 まるで他人事だったのでほったらかしだった。

 閲覧可能なプライベート情報をウィンドウに表示させてみる。


【新川 遥】

【妊娠四ヶ月】

【来月結婚予定】


 け、結婚!?

 相手は……オレ??

 自動運転AIが間違いをおかしてしまったらしい。

 まぁ、いいや。現実世界のことは自動運転AIに任せておこう。

 そんなことよりも、『リアルワールド』の彼女のファラウェイさんだ。

 現実のオレが結婚となると、オレもそろそろ身を固めないとな。

 ファラウェイさんにプロポーズ――OKは貰えるだろうか?

 自動運転AIではなく、自分の意志ですることだ。

 自分で決めたことだからどんな結果になろうと後悔はない。

 次に彼女が『リアルワールド』に来た時が、新しい二人の関係の始まりだ。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自動運転な人々 楠樹 暖 @kusunokidan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ