13.差出人

 ――どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 イルミナ・ロッキンジーは、西の山奥にあるトーカ村の自室で、ロッキンチェアーに揺られながら同じことばかりを考え続けていた。

 マリッサ・ロッキンジーがいない室内は、沈黙が刺さるほどに満たされている。彼女は、イルミナが遊んでくれないと言いながら外へと飛び出していった。

 窓の外では大きな太陽が緑の生い茂った大地を照らし続けている。

 

 王都からトーカ村へと帰ってきてもうすぐ一月が経つ。

 サーカスの一件は、イルミナが想像したよりも大きな事件になっていた。

 実はミニット以外ににも隠れて護衛をしていた兵士たちがいたらしく、その目の前で彼女が忽然と姿を消したのだ。

 イルミナの記憶は最後の演目が終わった瞬間ぷっつりと途切れ、外では数日が経過していた。

 いったい何が起きたのかイルミナが説明を欲しいくらいだった。


 サーカスを銀髪の男と一緒に観ていた

 テントを出てすぐに姿を消した

 広場から離れたミラク家の庭で二人が倒れているのを発見した


 殿下のみならず、医師や衛兵、ヤードの警官たちにそれらを聞かされても、他人事にしか思えない。

 終始ミニットと二人で観劇していたはずだし、外に出た記憶すら抜け落ちている。夢遊病患者よろしく、二人して殿下の庭まで歩いたにしても日数の辻褄が合わない。

 たった一つの事実として、目を覚ましたイルミナの胸元に存在していたはずの、陛下から下賜された約束手形が消え去り、その代わりに二通の手紙があるだけだった。

 疑わし気な警官たちが代わる代わるイルミナの元へとやってきていた。同じような証言を数十度は繰り返し、彼らの疑いの眼差しがいよいよ深まり、狂言だと確信に変わりかねないところで来訪がぴたりと止んだ。ヤードをも黙らせたのはもちろん殿下だった。イルミナはそれを件のメイドから聞かされた。


 体調も最悪だった。戻ってから丸々三日ほどイルミナを原因不明の高熱が襲った。幸い大事には至らなかったのだが、日に何度も殿下が見舞いに来たので、そっちの方が申し訳なかった。

 殿下には、イルミナが知りうる全ての事情を伝えている。

 そうしないと、ミニットが仕事をなくしてしまうと思ったのだ。

 それは杞憂だったし、重要かと思われる箱の件も何も言われなかったので、拍子抜けだった。

 

 ただそんなことがあったので、予定されていた休暇が更に一月ほど伸びることになったのは嬉しいような、そうでないような複雑な心境だ。

 

 何せイルミナは当事者だというのに、何一つ説明が与えられていないのだ。


 体調を持ち直すと、まるで急かされるように馬車に乗せられトーカ村へと送られた。結局熱が下がってしまうと、殿下は姿を現さなかった。もちろん、公務やらで忙しいのだろうが、それも釈然としないことだった。

 それからイルミナはずっと考えている。

 いくら考えても答えは出ないだろう。そうやって無為に日々を費やしていると、母親が手紙を持ってきた。ごたごたの間に荷物に紛れてしまっていたようだ。

 イルミナもそれをすっかり忘れていたので、慌ててとうに警官らに切られた封から手紙を取り出した。


 一通目はマリッサの誕生日に発送された手紙だった。たどたどしい文字でどれだけ嬉しかったのかが綴られていた。何故これをイルミナが持っているのか思い出そうとしてみるが、やはり記憶にない。まるで暗闇で塗りつぶされたような恐怖と不条理さばかりが去来する。

 問題は、同封されていた手紙。

 そこには、古代文字で『親愛なるイルミナ・ロッキンジーへ』と書いてあった。隅の方に小さく『ついでにザック・ノーガー』ともある。

 イルミナの手が震えだした。問題は、その手紙が古代文字で綴られたことでも、イルミナの名前があったからでもなく、差出人のラストネーム。クレッシェンド・ノーガー。


 ――また、ノーガーか。


 何故かそんな思考が頭をもたげた。また? これはいったい何?

 ザックと同じラストネーム。

 ノーガーは名を襲う。殿下はそう言っていたっけ。

 どういったことなのか。ゆるゆると頭を振ってみたが、天啓など降りてくるはずもなかった。


 だったら。


 イルミナは、手紙を読まずに元の荷物に突っ込んだ。

「どうしたの?」

 暫くばたばたと動き回っていたからだろう、母親が不審そうに部屋を覗きこんだ。

「ああ、お母さん。悪いけど、あたし職場に戻る」

「戻るってまた急な話だね」

「うん、でも早く戻らないといけない気がするの」

 そう言ってみて、イルミナは気づいた。


 そう、あたしは知りたいんだ。いつも無口で、でも優しいあの瞳をした彼のことを。

 何故それを知りたいのか。イルミナは自分の気持ちに気付いていたものの、それすらも記憶の奥底へと追いやり、勢いよく立ち上がった。

 冬の森へ。帰ってまずやることは決めていた。


 ザックの頬を思い切り張り倒してやるのだ。彼の顔を思い、イルミナは心が温かくなるのを感じた。

 そう、イルミナは浮かれていたのだ。


 だからこそ。

 便箋の間に挟まっていた一葉の写真。それが彼女の手をすり抜けて、ベッドの奥に滑り込んだことなど知りうるべくもなかった。



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冬の森の死体安置所 土師・ゲオルグ @ex1ti980

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