【2022年1月20日ことのは文庫さまから書籍発売】鎌倉硝子館の宝石魔法師

瀬橋ゆか@『鎌倉硝子館』2巻発売中

オープニング。放課後は硝子館で

第1話 夢みたいに綺麗な場所

 昔から、透明感があってキラキラと輝くものが好きだった。

 例えばガラス細工、クリスタル、そして宝石みたいなもの。


 ただ、「手に入れたい」とかそういうことではなくて。そこに在るのをじっと眺めているだけでも十分心が満たされる、そんな感覚で大好きだった。


 まるで小さい子供が、色とりどりのケーキが並ぶショーケースを、目を輝かせながらじっと眺めているみたいに。


 だから私が今いるこの店内は、まさに私にとっては理想の空間そのものだった。


硝子がらす館 ヴェトロ・フェリーチェ』。それが、このお店の名前。

 ダークチョコレート色のドアを開ければ、そこに広がるのは夢みたいな世界。


 曇り一つなく磨かれた大きな窓ガラスの傍には、細かく表面がカットされたクリスタルガラスのサンキャッチャーがいくつも並び、店内に虹色の小さな水たまりをそこかしこに作っている。私が足を踏み入れると、何色もの配色が映えるステンドガラスのライトスタンドが、まずはドア近くの棚で出迎えてくれた。


「うわあ、綺麗……!」

 店の中は予想よりも広かった。床はまるで高級ホテルのロビーみたいな、シックなワインレッドのふかふか絨毯。高い天井からは、シャンデリアがぶら下がっていた。


 店内にはところ狭しと、ありとあらゆるガラスで出来た雑貨が溢れている。ひっくり返すと幻想的な雪が中でキラキラと瞬くスノードーム、ガラスでできたピーチツリー、煌めく銀のような模様を閉じ込めた水晶玉、はたまたはガラス細工の精巧な地球儀、ガラス細工のバラが蓋に繊細に埋め込まれたオルゴール、クリスタルガラスが内包されている万華鏡など、枚挙にいとまがない。


 まさに私の理想の空間。


 ……なのだけれど、今の私はそれどころではなかった。こんな大好きなものに囲まれているのに。


 でも、それは仕方ない。だって目の前に、予想外の人物がいるからだ。

「あ、蒼井あおいくん……? なんで?」

 私はあっけにとられて呟く。


 ガラス細工が整然と並べられている店内の一番奥のレジ。そこにしれっと、さっきまで私と高校の教室で一緒に授業を受けていた男子生徒が、静かに本を読みながら鎮座していたのだから。

「なんでって言われても、この店は僕の家の家業だし。僕のほうこそ、聞きたいかな」


 本を閉じながら少年が首を傾げ、目を丸くしている。

 少しだけ色素が薄く、日に透けると茶髪に変化して見える彼の髪が、静かに揺れた。


 無造作に左右に分けられた前髪からは形の良い眉がのぞき、髪の毛と同じく日の光の下ではミルクチョコレート色に見えるぱっちりとした瞳がその下に配置されている。筋の通った鼻梁の下には薄い唇。


 言葉をはばからずに言えば、巷でよくいわれる「イケメン」だ。


 私と彼は、目線を絡ませながら固まった。蒼井くんはひたすらいぶかしげなな眼でこちらをうかがっている。

 まさかこんなことになるなんて、三十分前までの私は予想もしていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る