第3話 ガラス館と黒猫
「うわあ、綺麗……!」
思わず小さく声を漏らし、きらきらとしたガラス細工の虹色の光の中に、私はしばし佇んだ。
「……あれ?」
店の奥で声がして、私は顔を上げる。
見たことのある男の子が、びっくりした顔でカウンターの中からまっすぐにこちらを見つめていた。
「あ、蒼井くん……? なんで?」
どうして彼がここに。私は混乱する頭で意味もなく店内を見回す。
この綺麗な店内と、学年の女子の中にも根強いファンがいる蒼井くんの取り合わせはあまりにもよすぎる。
「なんでって言われても、この店は僕の家の家業だし。僕のほうこそ、聞きたいかな」
蒼井くんがパタンと手元の本を閉じ、立ち上がる。彼も私同様、制服ではなく私服姿だった。
ネイビーのシンプルなYシャツを、第一ボタンを開けてさらりと着こなし、細身の黒いズボンが彼の足の長さを際立たせている。
私たちはお互いを戸惑って見遣りながら、その場にしばらく硬直した。
かくして、私と『彼』は出会ったのだった。
◇◇◇◇
「
蒼井くんが口を開き、私はゆっくりと瞬きをする。まさかこの男の子が、私の名前を認識してくれていたとは。
私と彼は面と向かって話したことが多分ない。今は五月初め、私たちが高校二年生になって同じクラスになって、一か月あまり。私はといえば、クラスの女子はあらかた把握したものの、男子とはまだあまり絡みがない。
「にゃあ」
蒼井くんの質問に答えようとしている私の横で、何かが鳴き声を上げ、とてとてと駆け寄ってくる。
「お、かわいい!」
曇りのない深いブルーの色の瞳でこちらをまっすぐ見つめながら、毛並みの良い黒猫がじっとこちらを見上げている。私は思わずしゃがみ込んで、その猫を見つめた。
「蒼井くんの猫?」
「そう。ティレニアって名前」
よっ、と言いながら蒼井君はティレニアを抱き上げた。黒猫は私の顔に焦点を当てたまま、じっとその腕にうずくまる。
「ところで、まださっきの質問に答えてもらってないんだけど。どうやってここに来たの?」
蒼井くんと猫、二対の目が静かにこちらを窺っている。そうだった、と私は慌てて道順を思い返しながら、口を開いた。
「えっと、小町通りぶらぶらして鶴岡八幡宮の前通り抜けてきた」
「……なるほど?」
蒼井くんの首が横に三十度ほど傾いた。そしてティレニアがもぞもぞと体勢を変え、彼が着ているネイビーのワイシャツの左胸のあたりについている『あるもの』が私の目に映る。
「なに? 僕に何かついてる?」
私の視線に気づいたのか、蒼井くんが不思議そうに聞いてくる。
「その左胸のブローチの石、綺麗だと思って」
私は素直に答えた。彼の左胸の辺りには、少し大きめの艶めいた石で出来たシンプルなブローチが留まっていたのだ。彼の着ている服がもともとネイビーだし、ちょっと距離があるから色は判別しづらいけれど、石は深い緑色のようにも見える。
「何が見える? どんな色?」
さっきまでの態度とは打って変わって真剣な表情で、蒼井くんから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。その勢いに私はたじろいで思わず後ずさり、口ごもった。
「何が見えるって……ブローチじゃ? 深い緑みたいな色、に見えるっちゃ見えるんだけど、でも」
「でも?」
「色がはっきりとはよく分からないかも。これ、何色?」
確信が持てなくて、私の答えは鈍る。彼のブローチの石は深い緑のような青のような色に見えるけれど、色が深すぎて何となく説明のしづらい色をしていた。
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