第4話 欲しいけど、いらない
「……やっぱり、そうか」
私の言葉に蒼井くんががっくりとうなだれる。その拍子に少し緩んだその腕からするりとティレニアが地面に着地し、その場に行儀よく座り込んで彼を見上げた。まるで心配しているかのようなそぶりで。
「ごめん、はっきり答えられなくて」
こちらが申し訳なくなってくるほどの落ち込みぶりに、私は慌てて彼に声をかける。
「いや、うん、そうじゃないんだけど」
何が「そうじゃない」なんだろうか。疑問に思う私を前に歯切れ悪く答えながら、蒼井くんは何かを考え込んでいるようだった。
しばし流れる沈黙。
ふいに蒼井くんはぱっと顔を上げ、思いついたように尋ねてきた。
「桐生さんはさ、この店内の商品欲しい? どれも貴重で価値のあるものばっかりなんだけど」
「え?」
唐突な質問に、私は戸惑って店内を見回す。
昼間の明るい光に照らされた店内は、そこかしこに小さい虹をいくつも放つガラス細工に溢れていて。特に女子なら誰でも足を止めて思わず眺めてしまうような、綺麗なものばかりだ。
「これなんか、中に宝石入ってるんだけど。例えば誕生日プレゼントとか何かの記念品に、これあげるって言われたら、欲しい?」
蒼井くんが店内を颯爽と歩き、クリスタルガラスを内包した万華鏡を手に取る。彼が器用にその万華鏡のパーツを分解すると、模様を形作る水晶体の中から煌めきを放つ石がいくつも転がり出てきた。
「この中に入ってるやつ、実はクリスタルカットのガラスだけじゃなくてさ。他にもルビー、サファイア、エメラルドとか色々入ってるんだけど」
どう? と、天使のような笑顔で尋ねてくる蒼井くん。私は戸惑いつつも答えを返すべく、彼の手のひらの上で光る宝石たちを見つめた。
正直なところ、欲しくないと言えば嘘になる。眺めているだけで十分だなんて思っていた私でさえつい手にとってしまいたくなる、それくらい魅惑的な輝きをその宝石たちは持っていた。
「うーん……すっごく素敵だし確かに欲しいけど、いらない、かな……」
目の前で誘うようにきらきらと光を放つ宝石たちから目を引きはがし、私は答えた。
「欲しいけどいらない? 矛盾してるね。どうして?」
蒼井くんが肩をすくめながら私に質問返しをする。
「『人からプレゼントとかとして貰うなら』ってさっき言ってたけど、私はそれに見合うようなモノ、返せないし。貰ったら貰いっぱなしって気持ち悪いし、ちょっと重いかもしれない」
ガラス細工や宝石たちは本当に見事で、時間が許すならばずっとここにいて眺めていたい、それくらい魅力的だけれど。
プレゼントとして貰うにしても、それを受け取るに値する何かを私ができるわけではなく、しかもそれをくれた人に何かを返せるとも思えない。貰っても申し訳なくなりそうだ。
「なるほどね」
蒼井くんは考え込みながら、彼の足元にちょこんと座っているティレニアの方を見ている。黒猫もじっと蒼井くんを見つめ――ややあってティレニアがひと声、「にゃあ」と鳴くと、蒼井くんがまたこちらに視線を戻した。
「うん、よし」
「ん?」
謎にうんうん頷くクラスメイトに、私は聞き返す。何が『よし』?
「桐生さん、ここでバイトやらない? ちょうど探してただろ」
「……んん?」
唐突な展開に、私は思わず首をひねった。
「私、バイト探してるなんて話したっけ?」
そう、私は彼と面と向かって話したことがない。
「休み時間によくバイト情報誌見てるだろ。部活も入ってないみたいだし、すぐ帰るし」
私は目を見開いた。そんな私を見て、蒼井くんが朗らかに笑った。
「その反応、当たりみたいだね」
「お、おっしゃる通りで……」
ちょっとびっくりした。今のところスーパーのレジ打ちのアルバイトに入っているけれど、何かもっと条件がいいところがあるなら儲けものだと思って、確かにサイトやらフリーペーパーやらを片っ端から見ているところだったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます