「街、秘密、目的」
魔物の棲むロッシュの森の外縁を渡す街道を南下した場所、人の住む街であるイースイル。
イースイルは北国であるマグイルの国境にある街であり、地底世界から魔物が這い出でる森、侵略神聖国であるリンスハイドからマクイルを護る前線の街だ。
そんなイースイルの市庁舎として使われている大聖堂の一室。そこに魔の森から帰還した鉄兜の剣士、アーキスは居た。
「わざわざ呼ばれた理由は分かるか? アーキス」
そう言って苛立たしげに机に指を打つ男。歳は壮年、髪と瞳は若々しく黒く、意思を強く湛えている。
「いえ。分かりません」
「一昨日の報告書の件だ」
男の名はラーテン。『石段』に所属する三人の冒険者の上司にあたる人物だ。
「前半はいい。ロッシュの森の近辺の大穴から魔物が出現する可能性は低く、現状に大きな変化は無し。問題は後半だ」
アーキス達は先日、地下水脈からの地盤沈下による魔物の生息域拡大の影響を調査する為にロッシュの森へと向かわされた。
その結果、悪魔ヌゥバの眷属である八つ足の魔物ユニコーンと戦闘。遭難者の保護を報告した。
「魔物を不用意に手負いにするとはな。戦闘するのなら必ず狩れ。怒りを持った魔物が森を出て、近隣の村や街道を通る人間を襲えば、それはお前の責任なんだぞ」
魔物は執念深い。存在するだけで他を害するが、その矛先に意思を持った場合は特に悪質だ。
「・・・・・・それは今日これから討伐に向かいます。そのつもりでしたが朝から呼びつけたのはアナタでしょう」
それに対してアーキスは似合わない、親に歯向かうような言い草をしてしまう。
「はあ、分かっているのならいい。それに、報告にあった遭難者の少年は連れて行くのか?」
「そのつもりです」
「大丈夫なのか? 記憶がないのもそうだが、お前が面倒を見きれるのか。犬猫を拾うのとは違うんだぞ」
「・・・・・・分かっています。今はイーラを付けていますし、彼は自分で我々と来ることを選びました」
ラーテンが今度は小さく溜息を吐く。
「言いたくはないが、お前達は『石段』でも異端だ。顔を、姿を隠す鎧の剣士、それに夢魔のハーフと妖精の取り替え子。次は道の神の隠し子か。あまり目立つな」
その表情は憂うような、心配の顔だった。しかしそれにアーキスは苛立ちを覚える。
「分かっている。ワタシは『石段』の狩人としての役割も演じる。目的も果たす。全て分かっている」
「・・・・・・わかった。全てが全て、綺麗に進むとは思ってはいない。お前が魔物狩りとしてマグイルを守り、アーキスとして目的を忘れていないのなら、今まで通り私もお前達を守るとしよう」
事実として、アーキスの素性が『石段』に知られることはアーキス自身の死を意味するだけでなく、ラーテンの処刑、それ以上の者達への秘密が暴かれる事となる。その素性だけで、アーキスという人物が何者か、それだけで国を乱す事なのだ。
殺しておけばよかった。そう言わせるな、とラーテンの眼が語っていた。アーキスにはそれが伝わった。
アーキスは苛立ちを抑え、小さく礼を言い部屋を後にした。
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