けひとせ

@kakushika33

読むふたり


 ──わたし本がよめないの

 ──読んでるじゃない

 ──よみきれない

 ──最後まで読めないのね

 ──そう

 ──どうして

 ──その本がどうしてもよみたくて読みはじめたのに、すぐ別の本がよみたくなってしまうの

 ──あらそうなの

 ──それで別の本を読みはじめても一緒、ま──また別の本が読みたくなるのね

 ──そう

 ──それのなにがわるいの

 ──悪くないわ

 ──あら

 ──悪くないことでも人は落ち込むのよ

 ──落ち込んでいるの

 ──そう

 ──落ち込む必要はないわ

 ──なぜ

 ──だってわたしも一緒だもの

 ──本が

 ──本が読めないの

 ──よみきれない

 ──いえ違うわ

 ──なら

 ──わたし、いつも本の最後だけ読むの。それでおわり

 ──どうして

 ──どうしても

 ──あら

 ──いままでたくさんのひとを見送ってきたわ。でもわたしは彼らのことがぜんぜん誰だかわからないのよ。さみしくなっちゃう

 ──わたし、だれも見送ったことない

 ──それはあなたがわたしに与えてくれるからよ

 ──そうだったのね

 ──とびっきりたくましい双子を知らない?

 ──……!しってるわ!いつも大きな帳面にかいていた、日記を

 ──やっぱり。彼らはあなたのところから来たのね

 ──ああ……

 ──それでまた、彼らはあなたのもとへ還っていったのよ

 ──証拠は

 ──ここに

 ──ああ……

 ──映画を観にでかけた……食事のあと……

 ──映画……?

 ──お医者様と……

 ──医者!もしかして、海辺で

 ──なにもしない

 ──ふりをしていた!やっぱり!

 ──あぶないわ、落ち着いて

 ──ごめんなさい

 ──いえ

 ──ほかにはない?

 ──妹がいなくなった

 ──どんな子?

 ──よく知らないわ。とつぜん泣き止んだの

 ──金髪で、いつも歯が浮くような喋り方をしていなかった?

 ──わからないって。その子がいなくなってからのほうが長かった

 ──そのあともお話はつづいたの?

 ──1ページだけ

 ──ほんとに最後しか読まないのね

 ──そういったでしょう

 ──それで

 ──残されたひとたちがあ然としていたわ

 ──そのひとの指には

 ──甘そうな血がついていた

 ──耳は

 ──すれ違いざまにスケッチしたくなるかたち

 ──足は

 ──履きつぶしたハイヒール

 ──靴紐の色は

 ──あお

 ──やっぱり!その子、こたつごと学校に行くような子だったのよ

 ──そうは見えなかったな

 ──でしょうね。彼と出会ってすっかり変わったから

 ──見違えたわ

 ──この本、誰もともだちがいなかった頃に読んでいたの、図書館の書庫で

 ──読んだの、あなたと話すようになってからだわ

 ──どうりで。なんだか安心した

 ──そう

 ──わたしたち、ずっといっしょに読んでいたのね

 ──おんなじ本を

 ──ふたりで

 ──ありがとね

 ──こちらこそ

 ──いまなにを読んでいるの?

 ──熊と寝るはなし

 ──素敵ね

 ──そろそろ

 ──よみたい本があるの、ちがう本。そろそろ

 ──よみたい本があるの、鈍色の装幀にかわいらしい小口の本。だから

 ──これ

 ──いつまでに

 ──いつまでも

 ──明日には

 ──うらやましいな。わたしなんか一冊も読みきれないのに

 ──わたしなんか一冊も読みはじめられないわ

 ──だからなんなの

 ──……

 ──それもそうね

 ──うわ、もう赤い

 ──帰りましょうか

 ──どこか寄るの

 ──瀬並堂

 ──ついてく

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