極楽浄土少女譲渡

naka-motoo

極楽往生したき少女と少年とでガールミーツボーイ

 月極駐車場のブロック塀に貼られていたポスターの写真は被選挙人の不自然な笑顔で結局そのひとがわたしらの生活を左右する君臨者として選ばれてしまったんだけど、今になって後悔したところでどうにもならないんだよね。


 わたしは18歳で車の免許を取ったばかりでだから初心者マークをぺったりとフロントと後ろに貼ってるんだけど、それを見て寄ってきたのが彼だったんだよね。


「ワーゲンだね。ボコボコだね」

「か、買った時からだよ」

「中古なの?」

「ううん。新車」

「おかしいよね」


 彼も免許を取ったばかりの18歳だって分かったからドライブに出かけることにした。


「最初はわたしが運転するね。後で代わってね」

「分かった」


 走らせ始めるとすぐにトンネルに入った。


「このトンネルね。5年ほど前に火災があったんだよね。わたしの父親がその時にちょうど真ん中の辺りで運転してたんだけどね」

「どうなったの」

「死んじゃった」


 父親の3台前の車が前方不注意でブレーキをかけたその前の車に追突、炎上したんだよね。

 燃え方がものすごくて煙が一気に充満したんだ。観てたわけじゃないけど後でニュース映像をネットでまとめてあったからそれを観て、ああ、お父さんはこんな風にして苦しみながら死んだんだ、ってわかったんだ。


「辛かったでしょ」

「ううん。それが意外なことに辛くないの」

「ほんとに?」

「うん。どうしてか」


 わたしはそのトンネルを無事に抜けた。


 不意にこんなことを彼に訊いてみた。


「ねえ。18歳は選挙権を持てるようになったのに、それでも犯罪とか事件とかを起こしたらいまでもわたしたちは『少年・少女』って括りで実名報道されないのかな?」

「多分そうじゃないかな」

「なんか不公平だよね。わたしのお父さんは何も悪いことしてないのに事故の報道で『死亡:〇〇さん』なんて名前を晒されたのに」

「そうだったんだ。あ、前、危ないよ」


 見通しのいい直線道路で、やたらスピードの遅い軽四が前にいて、ブレーキランプが点いてるわけじゃないのに急減速した。


「気をつけて。前の車、おかしい。意図的に僕らの車が追突するように誘ってるみたいな感じ」


 彼の言葉を聞いて本当にそうなんじゃないかと思えてきた。


 わたしはスピードをかなり落として運転した。


 そうしたら前のスピードが制限速度の20kmぐらい遅い速度で走り始めた。


「いくらなんでも」

「うん。抜くよ」


 ウインカーを出して追越車線に入る。


 軽四が変な動きをしないかを十分に見極めた上で加速して抜いて、バックミラーに映ったのを確認してから車線を元に戻した。


「大丈夫?」

「うん。ほんとは車線変更とかまだ怖いし緊張する」


 わたしたちは高速に乗った。


 100km/hっていうスピードがこんなに速いのかって改めて思った。教習所の高速教習もあったからなんとかなるだろうって思ってたけど体がガチガチにこわばる。


「SAに入るよ」


 駐車場に停めてSAのフードコートでうどんを食べた。


「お疲れ様。今度は僕が代わるよ」

「ありがとう」


 彼も初心者なのにすごく運転がうまかった。車線変更もスムースで加速も流れるよう。何よりも地理を把握していて、今はナビがあれば道順を気にしながら走る必要はないとは言いながらも、彼のように大まかにどこをどう走れば目的に行き着くのかという方向感覚が運転の安全性も著しく増すことをわたしは学んだ。


「安心安心」

「いやあ・・・・僕も緊張してるけどね」

「ねえ」

「なに」

「わたしのお父さんって極楽に行けたかな」

「・・・・・・・どうだろうね」

「自分の責任でもなくって事故に巻き込まれて死んだんだから・・・・・情状酌量してもらえてないかな?」

「情状酌量?まるで犯罪者みたいな言い方だね」

「だって。全員極悪人でしょ。わたしらなんて」

「まあ・・・・・・・そうなのかもね」


 走行距離は今日走り始めてからもう300kmを超えた。


 このまま行くと北の果ての街まで行ってしまいそうだ。


「そういえば学校は?」

「ふふ。今更」


 わたしは彼と一緒に学校の授業を放棄してこうして車で走っている。


 走ってる間だけ、許してもらえてるような気がするんだ。


「どこを目的地にするの?」

「ほんとに本州の北端に行こうか?」


 来てしまった。

 八戸。


「ここにさ。僕のお世話になったひとがいたんだ」

「ふうん。誰?」

「僕の父親の上司」

「へえ・・・・・・お父さんの上司なのにあなたがお世話に?」

「うん。その上司は父親よりも若いんだけど、父親が働いてた工場の工場長として赴任してきたんだ。それでね。会社がものすごいリストラやった時にひとりあたりの仕事量がものすごく増えてしかも父親が部署の失敗を押し付けられそうになった時に・・・まあ『押し付けられた』っていうのも本人曰くだけど、うつ病になってね」

「うん」

「うつ病で長期休職せざるを得なくなった父親が入院して治療した後で復職する時にね、僕っていうまだ小さな子供がいて扶養義務を果たさないといけないからなんとかしてくれたんだよね」

「そうなんだ」

「だから、その上司の人がいなかったら僕はもしかしたら高校へ行かずに中卒で働いてたかもしれない」


 彼の恩人でもあるその上司のひとは転勤族で、八戸の工場に赴任して行ったという。もっとももう10年近く昔の話だからその人が今も八戸に居るかどうかなんて全くわからない。


「僕はその人に極楽に行って欲しい」


 普通の人が聞いたら、18歳同士のわたしたちがこんな話をしていることがおかしい、下手をしたら狂ってるんじゃないかって思うかもしれないけど、わたしも彼も至って真面目だ。


 死んで極楽に行けなかったら、それは人生の困苦だから。


 どんなに現世で栄華を極めたり、人類を救うような研究をしたと自己満足したところで極楽に行けなかったら。


 恐ろしい苦しみだから。


 八戸に着いたら、雪が降っていた。


 ううん、違うな。


 吹き上げてた。


「寒い」

「うん。寒いね」

「あたためて」

「いいよ」


 わたしと彼はワーゲンから降りて、八戸の広いアスファルトの道路の上に立って、彼は彼のダウンの中にわたしを抱え込んでくれた。


 彼のダウンは軽量なそれだったけれども、わたしの背中にファスナーのあたりの生地を巻き付けてくれると、寒風を一瞬で遮って、温熱をふたりの素肌に近いインナーの触れ合いでもって作り出してくれた。


「極楽、往きたい」

「僕もだよ」


 ふたりで、そう誓い合って。


 キスをして、ずっとそのまま雪に吹かれてた。

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