安眠をあなたに

鯨飲

安眠をあなたに

「不眠症の方は、ぜひ当院へお越しください」

 

 僕は、この看板がある病院の院長だ。不眠外来を行なっている。

 

 社会には、様々な不安やストレスが混在している。その瘴気のせいで、眠れない夜を過ごしている人が最近多くなっている。

 

 そのような状況に着目し、私は不眠症専門の病院を開業した。

 

 私には、不眠症を治せる自信があったからだ。

 

 私にかかれば、どんな不眠症の患者でも、診察後、家に帰れば、ベッドに向かいたくて仕方がなくなる。

 

 カラクリは単純だ。

 

 私は、自分の眠気を他人にうつすことができるのである。

 

 診療と言っても、それっぽい質疑応答をしているだけだ。体裁上、薬を処方するが、それはただの栄養剤だ。

 

 ポイントは、診療中に私は眠くなくてはならないことだ。そうでなければ、他人に眠気を移すこともできない。

 

 前日の夜は、眠ってはならない。昼夜逆転生活を送らなければならないのである。

 

 そのため、私は診療日の前日、睡魔と戦っているのである。診療時間中に眠気をうつしても、夜には、眠たくなってしまうのだ。

 

 だが、それも病院の維持のためだ。仕方がない。最近は、雑誌の取材なども増え、患者も増えてきている。軌道に乗ってきている今、休むわけにはいかないのだ。

 

 しかし、問題が起こった。

 

 病院の休診日は、日曜日だ。そのため、土曜日の診療の後に眠り、日曜日から月曜日の診療時間開始までは起きるという、サイクルを毎週行っていたのだが、

 

 日夜、眠ってはいけないと思い過ぎたせいで、土曜日の診療後も眠れなくなってしまったのだ。

 

 さすがに、今寝ておかなければ、日曜日から月曜日の診療開始までの間に、ぐっすりと眠ってしまう。

 

 今度の月曜日を臨時休診にすれば、解決するのだが、生憎、その日にはテレビの取材が入っている。しかも全国ネットだ。こんなビッグチャンスを逃す訳にもいかない。

 

 どうしようか、本当にどうすればいいんだ、と悩んでいるうちに、日曜日の午前11時になっていた。もうすぐ眠たくなる時間がやってくる。恐ろしい。どうすればいいんだ。

 

 そこで私は、知り合いがやっている、本物の不眠外来へ向かうことにした。眠りのスペシャリストならば、どうすれば、眠らずにいられるかを知っているだろう。

 

 すぐに、不眠外来へ向かい、診察を受けた。様々な脳波を診られたり、眼球の様子まで調べ上げられたりした。

 

 私が、不眠症のスペシャリストだから、あちらも気合いが入っているのだろう。

 

 そして、先生との問診になり、私はそこで質問した。

 

「どうやったら、眠らずに起きていられますか?」

 

「はは、電話もらったときも、おかしなことを聞くと思ったけど、本当に眠りたくないんだね」

 

「はい、ちょっと大事な用事があるので」

 

「まぁ、心配しなくていいよ、月曜日まで起きていられる方法があるよ。もしかしたら月曜日と言わず、もっと起きていられるかもね」

 

「本当ですか?その方法は?」

 

「何もしなくていいよ」


「は?一体どういうことですか?」

 

「あなた不眠症だよ。眠りたくても眠れないよ。」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安眠をあなたに 鯨飲 @yukidaruma8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ