青春






「今ならわかるの?」



 里中は髪をくしゃっと触って、ちょっと言いづらそうにしてから、おもむろに口を開いた。


「引っ越す前なら、いつも受け身な岡田が自分から何か聞いてくれると思ったんだ。最後はもう意地はっててさ。

まあ確かにそのことは言わない俺も悪かったと思うけど、俺だけ謝るのは嫌だからな。岡田だって歩み寄るべきだったんだ」



「頑固。捻くれてる」



 女子高生と男子校生が私服の人達の中に交じって私たちの横を通り過ぎていく。




「現役の時は、ああいうのを青春だと思ってた。でも、違う」


 里中は高校生達へ目を向け、得意げに笑った。


違う?と首を傾げると里中は柔らかい目をして言葉を続ける。




「今の俺たちができないことだよ。恥ずかしい言葉とか思い切った行動とか。岡田、今、青春てなんだと思う?なんて俺に聞けるかよ」



「ああ……。」と、妙に納得してしまった。若さからできること。言えること。それを大人達は言っていたんだ、とわかると『青春を謳歌』の意味がちょっとわかった気がする。



「諦めとか妥協とか、程度を、大人は覚えるだろ。良くも悪くもさ。そういうのをまだあんまり知らない学生の青春ってやっぱ輝いてると思うわ」



「里中、なんかおじさんみたい」



「本当、なんで岡田は俺にだけ強いかなあ……。」



 呆れた顔をして笑う里中を見ていると、私の恋は青春って呼べるものだったんだと思ってしまう。


今の私はきっと、あの卒業式の私のように泣けない。





「私、懐かしさってちょっと怖い。私は何してんだろうって、さっきチケット買う時思っちゃった。映画はね、現実逃避なの。最近、いろいろ、上手く行かなくて」




 なんだかなあ、と心の中で思う。


高校生のあの夏の日にも、私は里中に少しだけ救われた。





「じゃあ青春すればいいと思うけど」


 あの抑揚のない里中の声。





「え?何言ってるの。私達もう高校生じゃ——」



 また適当なこと言っているな、って笑おうとして振り返ったけれど、里中の表情は凛としていて真剣なのだとわかる。





「青春て人生の春、らしいよ。なら、俺達でもまだできるんじゃない?今の俺らにしかできない行動も言葉もあるでしょ。生きてんだから。

もっと大人になった時に小っ恥ずかしくなるようなさ。

春は繰り返しやってくると思うよ——なんて言葉こそ青春っぽいだろ。今日の俺の言葉な」




「何それ」


 ふふっと笑ってしまうと、里中も一緒に笑った。





「実は、相田と連絡とって岡田のこと聞いて、バイト先この映画館に変えたんだよ。な、意味わかる?」



「えっ!?」



 青春は、きっとやろうと思ってやるもんじゃないんだとも、この時、理解した。


 私達はいつまでも青春を生きていけるのかもしれない。それは実は、無意識だったりもするはず。







 私は今日も映画館に行って。




「里中!あのっ、一緒に映画見よう、よ」


 今度はちゃんと勇気を出して高校生の時、踏み出せなかった一歩を——。


 恐る恐る顔を上げると、里中は目を細めて柔らかく笑っていた。





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青春は生きている 葉月 望未 @otohana

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