第35話

 神山の姿は、一見いつも通りに見えた。不愛想な顔つき、鋭い目線、鍛え上げられた巨躯。

 しかし、そんな竜弥の印象はすぐに霧散した。神山の制服の右袖が、風に吹かれて靡いていたからだ。


 そう、あの最終決戦の場にいた四人の中で、致命傷を負ったのは神山だけなのだ。


「あっ、お父さん!」


 実来は足早に駆け寄ろうとして、足を止めた。今、神山の意識は竜弥に集中している。

 黙り込む実来を一瞥してから、神山は竜弥に問うた。


「何故私を助けた? お前の母さんと弟の葬儀にも出なかった、冷徹な人間だぞ。お前の父親には相応しくないんじゃないか」

「その通りだよ」


 竜弥は吐き捨てるように言った。


「でも、俺だって戦いの中で、たくさんの人が怪我をしたり、命を落としたりするのを見たんだ。正直、何もできなかった。人を救うなんて大義名分を掲げていられるあんたの方が、俺よりは立派だ。だから輸血に協力したんだよ」


『勘違いするなよな』と付け足すことは忘れない。


「俺はあんたを許さないし、未だに父親だとも認めない。認めたくない。でも、あんたがいれば、少なくとも命を救われる人たちがいる」

「そうか」


 呟く神山に、竜弥は真正面から向き合っている。まるでテレビゲームの中で、世界の命運を懸けて最終決戦に臨む主人公とライバルのように。


 しかし、次に神山が取った行動は、全く以て意外なものだった。

 片腕でバランスを取りながら、竜弥に頭を下げたのだ。


「竜弥に頼みがある。もしお前に、人を救いたいという気持ちがあるのなら、家族を守ってやってほしい。私のことは含めなくて構わない。それでも実来と國守の二人の安全は、お前に託したい。それはあの事故の時、私にはどうしてもできなかったことだ」


 もう一度『頼む』と言ってから、神山は顔を上げた。再び目を合わせる、神山と竜弥。

 すると竜弥は素っ気なく、『分かったよ』とだけ告げた。だが、神山はその一言だけで満足した様子。

 実来の方に目を遣り、僅かに口角を上げてみせてから、自分のパイプ椅子へと向かった。


 その背中を見送りながら、竜弥は一種の違和感を覚えた。

 確か神山は、家族を守れと言う際に、楓のことにも言及しはしなかったか。


「な、なあ楓、お前、退院したらどこに住むんだ?」

「ん? お前の家に決まっているだろうが」

「は、はあっ⁉」


 竜弥は自分の心臓が、口から飛び出るかと思った。


「なっ、ななな何でお前が俺の家に?」

「言っていなかったか? 私は改めて戸籍やら国籍やらを得たんだが、自分一人で生活するのはまだ難しいんだ。神山殿が、だったら竜弥や実来と一緒に暮らせ、と言っていたんだが」

「初耳だぞ、そんなの!」

「では私がまだ言っていなかっただけか」

「言えよ!」


 竜弥が楓に手刀を喰らわせようとすると、楓はすぐにその腕を捻り上げた。


「あいてててててて! ちょっ、俺は怪我人だぞ!」

「だから無傷な右腕を捻っているのだろうが」

「冷静に言うなー!」

「ふふっ、毎日楽しくなりそうだね!」


 と、実来が満面の笑みで二人に告げた。二人が動きを止めること、約五秒。

 

「ふ、ふんっ! 誰が楽しくて貴様の世話になるか!」

「お前だって、俺が守らなくても十分戦えるじゃねえか!」


 顔を逸らしながらも、二人が淡く赤面してしまったのは言うまでもない。

 

 THE END

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紅斬 -Bloody Blade- 岩井喬 @i1g37310

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