第2話 first day

 夏休み初日。今日は猫も水に飛び込みたくなるような、蜃気楼がそこら中に見える炎天下の夏を迎え、昼飯は熱いものか冷たいものかどちらにしようなどと現在直面している問題から目を背けていた。

 しかし、嫌でも目に飛び込んでくるささやかながらも力強いこのの自己主張の強さが雑念を振り払おうとしてくるのである。


 時は十七時間ほど遡る。

 楽器店にて、ギターを吟味していると咲苗という少女と二人きりで残されていた。というのも我が親友のせいでこの状況なのだが。

 それで、なんだっけ? 世界を救うとか言ってなかった?

 咲苗の言葉が耳で反芻している。彼女の眼には一点の曇りもない。


 本気なのか・・・・・・?


 疑いながらも彼女を見つめる・・・やはり動じない、何か強い信念を感じる。



・・・ん? ――――あれ、この感じ前にもあったような・・・。



「――――の・・・。あの・・・」

 小さな呼び声で私は我に返った。


「あ、いや・・・ごめん。何のネタかわかんなくて」

「いいえ、マジです。大マジです」

顔に立て線が入ったような面持ちで睨んでくる咲苗ちゃん。そんなところも小学生は可愛い。萌える。


「ここでは何ですから場所を変えましょう」

そういうと店員を呼び出し、五段ある棚の二番目からギターを一つ指定し、取ってもらっていた。女性の店員さんは微笑みながらギターを渡すと、小さく「・・・ありがとうございます」と言った。若干コミュ障か?あがり症かもしれない。


 女子小学生には重いエレキギターを抱え、近くに置いてあったパイプ椅子に腰かける。


 刹那、その小さい手から想像もできない程の凄まじい速さでギターを弾き始めた。

 あまりのギターテクにさっきまでの店員さんの表情は変わり、ついでに周りのお客さんの注目を一瞬にして集めた。

「・・・うん、これいい感じですよ」

何だか複雑な気持ちで両手で渡されたギターを手に取る。

「え、あ・・・ありがとうございます・・・・・・?」

圧巻のパフォーマンスに敬語になってしまった。

「それでは行きましょう。時間が刻一刻と迫っています」

そう言うと私の袖を引っ張ってきた。抵抗するように重心を固定しながら立ち、値札を見た。

 三万五千円・・・絶対買えないじゃん。家の貯金を持ってきても足らない。

 さらに強く袖を引っ張り外に連れ出そうとする咲苗ちゃんが私の内情を察したのかにやりとした表情を浮かべた。

「どうされました? あ、もしかしてお金が足りないんですか・・・?」

「え? あ、ああ。そうなんだよね。今回は持ち合わせがないから、また今度買うことにするよ」

「んー、でもこのギター高校生が買うにはちょっと高いですよね?」

「へ? そ、そうだね・・・」

確かに高い。お小遣いもそんなに多くはないし・・・。貯まるころには夏休みはとうに過ぎてしまう。そんなことを考えていると咲苗ちゃんが耳をこっちに傾けろとばかりに手招きしている。・・・やっぱ可愛いな!

 


「あたしが買ってあげましょうか?」

「・・・はい!? いやいや小学生にはそれこそ無理だよ」

「小学生の中にはいるでしょう? あの青ダヌキの国民的アニメにもいるじゃないですか」

そう言って両手で二回拍手した。すると、私の背後から「はっ!」という返事がし、コツコツという足音がしてきた。思わず振り向くと白いエプロンを纏った三つ編みメイドが立っていた。・・・二十代後半くらいかな?

「お呼びでしょうか、お嬢様」

「睦子、このギターお父様のクレカで買っちゃって」

「御意」

そういうと私からギターを流れるように取り上げ、レジへ向かった。

そうして数秒、脳内情報処理を行って整理し終える。

「あ、あのさすがに悪いっていうか、小学生に奢られるというかそういうのはさすがにヤバいというかプライド的な何かが――――」

「取引しましょう?」

「え?」

というかなんで私にだけこんなに強気なんだ?態度がなんか違うような・・・。生意気という感じはしないんだけど、親戚の子と喋っているみたいな気がする。

「唯奈さんに私はギターを買ってあげます。その代わりに私のお願いを聞いていただけませんか?」

「お願いって――――」

次の言葉を発言しようとした瞬間、私の右腕をがっしり掴まれた。

「ええっ、メイドさん!? 放してください! ってもうギター買ってるし!!」

「申し訳ありませんが、お付き合い願います」

強引に連れ出そうとするメイドさんにまたも抵抗していると今度は私をお姫様だっこして外へ連れ出した。

「ちょっと! は、恥ずかしいです・・・。ってちょぉま、あぁー!!」

走り出したメイドさんと共にそれについてくる咲苗ちゃん。外に出ると道行く人々の注目の的となるや否や目の前の十五メートル級リムジンに驚く暇もなく車の中に放り込まれてしまった。


 傍から見れば――――

というか紛れもなくそれはもう完全に誘拐だった。


 続く。

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PREDICTION 律水 信音 @onakahetta

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