第5話 一件落着?


「ぅおっほん。———えーそれでは改めて……シュハ、オオイナルミチビキニヨリ、ナンタラカンタラ…。」


ようやく始まったサファイアちゃんとロドリゲスの結婚式。

始まるまでに随分と時間がかかってしまったものの、式自体は実にスムーズに進行した。

ネルちゃんは満面の笑顔。

ここまで幾多の苦難を乗り越えてきたアルドとダルニスも、安堵の表情を浮かべる。


「よかったなネルちゃん!」


「うん!ダルニスおにいちゃん。アルドおにいちゃんもありがとう!」


式場には参列者たちの拍手が響いている。

アルドもダルニスも、仲間たちも、村の人たちも、ネルちゃんも、皆笑顔だった。


終始和やかなムードのまま、ネコの結婚式を終えることが出来た。


これにて一件落着。

アルドとダルニスは、ネコを連れ満足そうな顔で帰っていくネルちゃんを見送った。



「ネルちゃん喜んでくれて良かったな、ダルニス!」


「ああ、ありがとうアルド。」



式場の片付けをしたのち、アルドとダルニスも帰宅することにした。





アルドが家に戻ると、ルビィちゃんとのお別れの時間が待っていた。



「娘の面倒を見ていただいてありがとうございました。」


「お陰さまで無事に用を済ませてくることが出来ました。」


村長にお辞儀をしているのは、ルビィちゃんの父親と母親だ。

2人とも優しそうな人である。

父親の方はどことなくガリアードに似ているであろうか。


「いいんじゃいいんじゃ、わしの方も退屈しとったからのぉ。楽しく過ごさせてもろうたわい。」


村長は抱いているルビィちゃんを母親に渡した。


「きゃっきゃっ。」


笑っているルビィちゃん。

対照的に、フィーネは少しさみしそうな顔をしている。

ついでに窓の外から見ているおじ三もハンカチを濡らしているようだ。



「あのぉ、村長。勝手なお願いなのですが…。」


去り際に、ルビィちゃんの父親が声をかけた。


「———また妻と2人で出かけなければいけないときは、ルビィを預かってもらえませんか?実は今後も定期的にユニガンやリンデに出向くことになりそうなんです。」


「かっかっか、もちろんじゃとも。『こなみるく』も『かみおむつ』もたっぷりあるからのぉ。いつでも預かる準備は出来とるぞぃ。」


笑って快諾する村長。

フィーネの方も嬉しそうだ。

もちろん窓の外からも歓喜の声が聞こえてきた。

また近いうちにルビィちゃんの寝顔を眺めることが出来そうだ。


笑顔で帰っていくルビィちゃんと両親を見届け、こちらのドタバタ劇も幕を閉じたのであった。




思い返せば昨日から紆余曲折いろんなことがあったが、なんとか今回も切り抜けることが出来た。

最後には皆笑顔になっていたんだし、万事これで良かったのだろう。

となればあとは……。




「かんぱーい!!」


勢いよく音頭をとったのはダルニス。

場所はホオズキの小料理屋。

みんなで打ち上げだ。


それにしても大勢集まったものだ。

アルドとダルニスはカウンターに座り、その横には、花嫁衣装作りで仲良くなったのであろうか、エイミとメイが座っている。

向こうのテーブルではおじ三が熱い議論を繰り広げているようだ。議題が何なのかは聞かずとも良いだろう。

それを冷ややかな目で見つめるヘレナに、圧倒されて呆けているフィーネ、さらに奥ではリィカと巨大なカブトムシが漫才を始めている。


「おーい、ヴァレスー!店壊すなよー!みんなもほどほどになー!」


迷惑がかからないように声をかけるアルドであったが、「ええよええよ、今日貸し切りやから」と店主のホオズキからは寛大な言葉を頂いた。




「———へぇ、あのあとそんなことになってたん?大変やったねぇ、アルドはんもダルニスはんも。」


ホオズキは料理を盛り付けながらアルドの話を聞いた。

さすが店主ともなれば聞き上手なのだろう、ところどころ挟んでくる「へぇ」とか「ふーん」とか「それでそれで?」なんていうあいの手が、話し手を饒舌にするようだ。

ダルニスはアルドの横でうなずいている。


「うん、まぁ。いろんなことが起こって、確かにすこし疲れたな。でも楽しかったよ。」


アルドはそう答えると同時に、ダルニスに預かっているのことを思い出した。

アルドは紙切れを取り出し、小声でダルニスに確認する。


(———おい、ダルニス。今思い出したんだけど、この手紙ホオズキに渡すか?———)


ダルニスは小声で返す。


(———いや…、やめておこう。手紙は捨ててくれ。———)


(———え?コレもういらないのか?———)


ヒソヒソやっている2人に、ホオズキは疑り深い眼差しを向ける。


「ふたりで何コソコソ話してるん?なんや気になるやん?」


「い、いや。なんでもないよ。」


どうしてダルニスは「捨ててくれ」なんて言ったんだろう、そう思いながらもアルドは近くにあった屑入れに手紙を捨てた。まあ本人が言うのだからこれでいいのだろう。



「ちょっとアルド〜。なんの話してるのよぉ〜。」


絡んできたのはエイミ。


(酔ってるのか?酔ってないよな、酒飲んでないもんな。)


「もぉー!わたしてっきりアルドが結婚するんだと思ってたわ。それがネコってどういうことよ!」


「そんなこと言ったって、エイミが勝手に勘違いしたんじゃないか。———ああ、でもお陰でいい結婚式になったよ。いろいろ準備してくれてありがとう。」


「え?まぁそれはいいんだけどさぁ。———だ、だいたいねぇ、まぎらわしいのよ!」


エイミは納得がいかない様子でむくれた。今度は矛先をダルニスに向ける。


「ちょっとダル!あんたもなんとか言ったらどうなの!?」


(ダル!?)

ここでもその略称のようだ。


「って言うかいい加減そのウェディングドレス脱ぎなさいよ!」


(確かに。なんでまだ着てるんだよ。)


「…いやまぁ、せっかくだし。こんなの着る機会、滅多にないだろうから。」


なんだかんだでダルニスはこの格好気に入っているらしい。


「滅多に!?もう二度とないわよ!———あー、もーこんなことならわたしが着ればよかったー!」


(へー、エイミってウェディングドレス着たかったんだ…。ん?待て、それじゃまるで俺と結婚したかったみたいじゃないか…。)

アルドは少し顔を赤らめたあと、深く考えることをやめた。



エイミのやや意味深な発言はさて置き、向こうでは『ネコ耳カチューシャ誰が1番似合うか選手権』が開催されている。

アルドたちは話しながら横目でそれを楽しんだ。


まずはガリアード。……これはひどい。早く外せ。

次はヴァレス。角が増えたみたいになったな。うん、カッコいいよ。

サイラス。本人は気に入ってるみたいだけど…。ルビィちゃんが見たら泣くかもな。

ギルドナ。おっ!まあまあ似合うぞ、さすが魔獣王。

ひと通りみんなネコ耳を着けてみたのだが、1番似合っているのはやはりフィーネのようだった。



こんな調子で時間は過ぎ、そろそろお開きという頃。


「ホオズキ、お勘定頼むよ。———今日は俺とダルニスのおごりにするしかないだろうな。」


アルドは財布を取り出しながら隣に目をやると、「俺財布持って来てないよ」とダルニスの目が訴えている。


(…ダルニスめ、わざと財布持って来なかったな。)


アルドはそう思いつつホオズキに視線を戻す。


「それでホオズキ、いくらになった?俺の財布の中身で足りるといいんだけど…。」


「お料理とー、お飲み物とー、貸切料とー…。」


ホオズキはオーダーを書き留めた伝票をめくりながら、チラチラとアルドの様子を伺う。


「———ぜ〜んぶで、5,000,000Gitやねぇ。」


あ、ハメられた。アルドはそう思った。

聞き覚えのある金額である。同時に、ホオズキに借りがあったことも思い出す。

マタタビの借りがある手前、アルドは「高すぎる!」と抗議することも出来ない。

全て計算通り。……ホオズキ…恐ろしい女である。


「あの…ホオズキさん。すみません、ちょっとお金が足りないみたいで…。」


アルドは精一杯下手に出た。


「え〜?ホンマにぃ?ほなアルドはんやから特別なぁ、ツケにしといてあげよかぁ〜。」


「あの、はい…。よろしくお願いします。今度またお支払いに来ますんで。」


頭を下げるアルドの前で、ホオズキは今日1番の笑顔を見せた。


「うふふっ。アルドはん、わざわざうちに会いに来てくれるん?うれしいわぁ。」


(いや、そういうのじゃないから。支払いだから。)




なにはともあれ、良い宴であった。

打ち上げの余韻を楽しみながら、アルドとともに店をあとにする一行。それぞれ帰っていく。


ふと、出て行ったエイミが店に戻ってきた。


「いけないいけない!わ・す・れ・も・の〜☆」


そう言ってエイミは植物のツルで編まれた籠を取り、再度外に出た。


歩きながらエイミは籠を眺める。


「やっぱりこの時代の工芸品はステキねぇ。メイちゃんには今度お礼しなきゃな〜。」


どうやらこの籠は、仲良くなったメイに譲ってもらったモノらしい。


「あれ?」


エイミは気付いた。


「———何か入ってる。紙切れ?もー誰よ!屑入れじゃないんだからね!」


紙切れを取り出す。そして開く。


「…手紙?…うるわしのきみへ…ひとめみたときから———ってこれ、あのラブレターじゃない!…あれ?ということは?コレわたしに?え!?アルド…?」



人知れず、エイミはそれからしばらく悶々とした日々を送ることになったのだとか…。





「いろいろあったけど、うまく行ってよかったな。」


バルオキーへの帰り道、アルドとダルニスは昨日からの出来事を振り返っていた。


「そうだな。アルドがいて助かったよ。最近じゃ村にいることも少なくなったからな。———また旅に出るのか?」


「ああ、明日すぐにってわけじゃないけどさ。…やらなきゃいけないことがあるからな。」


そう言ってアルドが見上げた空にはいくつか星が瞬いている。


「そうか…。俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ。俺はお前の相棒だからな。」


ダルニスは優しく微笑んだ。

うなずいたアルドはふと思い出し、ダルニスに問いかけた。


「それはそうと、あの手紙本当にホオズキに渡さなくてよかったのか?中身は見てないけどアレってラブレターなんだろ?」


「ああ、そのことか。気付いたんだけどさ、あの手紙、俺名前書いてなかったわ。」


驚いたアルドは一瞬小石につまずく。


「っお!えっ!じゃああのまま渡してたら、俺がホオズキにラブレター書いたみたいになってたってことか!?」


「…まぁそういうことになるな。」


ダルニスは苦笑いを浮かべた。


「それに———」


(それに?まだなんかあるのか?)

アルドは眉間にシワを寄せる。


「———俺は『運命の人』に巡り合ったのかもしれん…。」


ダルニスは遠い目をしている。


「『運命の人』って誰だよ。ホオズキじゃないのか?(…一方的だけど。)」


「セバスちゃんさんだ。」


(セバスちゃん…さん…だと?)


ダルニスの頭上にはまたもやお花が咲いているようだ。


「可憐だった…。ツインテールがイイ…。そしてあの俺を蔑むような目、とてもイイ…。それと『お風呂セット』ありがとう。」


「………」


またまた面倒なことになりそうだ、アルドは次なる波乱を予感していた。



不意にダルニスがアルドの肩を叩く。


「それはそうとアルド。そろそろこの物語のオチをキメる時間みたいだぞ?」


「は?オチ?オチってのはどういう……—————





—————……ちゃん、……おにいちゃん!もう!いつまで寝てるの!?」


フィーネの声。


目を開けると、両手を腰にあててプリプリ顔のフィーネの姿が確認できる。


「う…うーん…。」

(なんだ俺寝てたのか。)


「わたしとおじいちゃんはもう朝ごはん食べちゃったよ?おにいちゃんも早く食べてよね!」


フィーネはそう言うと、カーテンを全開にして階段を降りていった。



アルドは記憶を整理した。



「………」



「なるほど!夢オチ!」



アルドは清々しい気分でノビをした。

ベッドから降り、窓から差し込む日の光を浴びたあと、階段を降り、顔を洗う。


「おにいちゃん!わたし、おじいちゃんとちょっと出かけてくるから!」


いってらっしゃい、とボサボサ頭のまま手を振って見送り、テーブルにつく。

朝食のメニューは、カリカリに焼いたベーコンとたまご、パン、それにタップリのミルク。


「いただきます。」


(あー、それにしてもひどい夢だったな。普通に考えてウェディングドレスのダルニスなんてあり得ないもんな。それにあんなに高額のツケをホオズキに作っちまうなんて、いやぁー夢でよかった。)


そんなことを考えながら最後のひと口を放り込み、ミルクを流し込んだ。

だがすぐにアルドは、口いっぱいに食べ物を詰め込んだことを後悔することになる。

「ブー!」っと全部吹き出してしまったのだ。


アルドの目に入ったのは、窓の外の景色。

『ネコ耳カチューシャ』を着けたダルニスが、ロドリゲスと戯れている姿だった。



こみ上げる笑いにため息が混ざり、複雑な表情になってしまう。

そしてアルドは呟いた。



「夢じゃないんかい…。」



———おわり———

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ダルニスと、ネコの結婚式 茂菌研究室 @shigeking

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