羽娘(仮)

琉水 魅希

舞い散る桜の中で……

桜の花・・・今年も綺麗に咲きましたよ。


大きな桜の樹の下で16~7歳の少女が呟く その目先にはお墓と思われる長い石が積まれており、その石には「光翔武流」と彫られていた。


あの時と変わらず・・・


いいえ・・・時を重ねるごとにいっそう綺麗に咲いています。 


武流・・・あの時の私は背中の重圧に立ち向かう勇気すらなくて飛ぶ事すらできなかったけれど


私は・・・私はあなたのおかげで・・・ 飛べるようになったんだよ・・・


あの時からこの空を自由に翔けることが出来るようになったんだよ。


バババサッ


少女の背中で大きく広がるものがある。


羽・・・


淡いピンク色をした綺麗な羽は桜と同調して誰が見ても美しいものだった。


そしてそれに共鳴するかのように桜の樹からは花びらがとめどなく舞っていた・・・




山の向こう側には人間とは異なる種族が存在していた。


見た目は人間とは何ら変わりはない。ただその背中には人にはない白き羽が生えている点を除けば・・・


そして空を飛ぶことができる彼等を「飛天族」と呼んでいた。


しかし人間と飛天族は昔からお互いを牽制しあう仲だった。この時代でもその例に漏れることなく忌み嫌いあっていた。


さらに飛天族には昔から白以外の羽を持つ者は飛天族に災いをもたらす異端児とされ一族からも、そして当然人間からも忌み嫌われていた。


それはかつて漆黒の羽を持った一人の飛天族によって一族滅亡の危機を受けるまでに至ったからだ。


その他にも白い羽以外の者が現れると疫病や飢饉、大厄災と人間と何ら変わらない大問題へと必ず繋がってきたからだ。


この1人の少女の背中にもピンク色の羽が生えて生まれたため現在に至るまで一家そろって一族に冷たい仕打ちを受けていた。


石を投げつけられる位なら良いほうだ。仲間外れはもちろん、食料などの支給は半分、暴力、盗難、いわれの無い疑いをかけられたりととにかく酷いものだ。


そんな現実にも負けまいと両親は娘の分もがんばってきた。もちろん少女自身も負けずに生きてきた。


しかしあの事件があってから変わった。7年前のあの事件が飛天族全てを変えた・・・




(7年前)


少女は飛天族の里が見回せる丘に来ていた。その表情は誰が見ても寂しいというのがわかる。


この年でこんな事されたら普通ならとっくに自殺するとか里を出るとか仕返しするとかしているはずだ。


だけど少女にはそれが出来ない理由がある。


自分が死ねばここまで生んで、育ててくれた両親に申し訳ないということ。一族に仕返ししようにも自分にそんな力はない。


そして里をでようにもこの里は高い山に囲まれている。


この里を出るにはその背中に生えた羽で飛んで行けばいい話なのだが。


少女の背中に生えるその羽は・・・


この羽では飛ぶ事が出来なかった・・・


 「どうして飛べないんだろうね。この羽・・・」


目の前にいるウサギのような小動物に話しかける。


「うき~?」といった表情を浮かべているが何処となく少女と会話が成立しているようだ。


 「何でそんなこと聴くかって?」


 「う~ん。だってこの里の人はみんな飛べるんだよ。みんな自分の羽で飛べるんだよ」


 「みんな三歳にもなれば飛べるんだ。でももう10歳にもなるというのに私は全然飛べない・・・」


地面に『の』の字を書き出す。いかにもいじけているポーズまるだしだ。


 「え?努力はしたのかだって?」


 「したさ。樹の上から飛び降りてみたり。羽をばたばたさせたりいろいろやったよ。でもだめだったの。」


 「私・・・通り落ちこぼれなんだよ。くやしいけど・・・」


目に微かに煌くものが浮かんでくる。それをごしごしと右腕で拭い取った。


ガサッ


ふと、少女の後ろで何者かの足音が聞こえる。とっさに身構える少女にウサギのような小動物は小走りに逃げて行った。


 「な、何!?」


構える拳にいっそう力が入る。


ガサガサッババッ!と木の葉が揺れる。そして少女の目の前に現れたのは・・・


 「に、人間・・・?」


紛れもなく人間であった。それも少女と同じ位の年齢の男の子だった。


 少年「あれ~。ここ・・・何処だぁ?」


少年はどうやら道に迷ってこの飛天族の里に出てきてしまったようだ。


 「だ、誰?あ、あなた人間ね。何しに来たの?」


すると少年はきょとんとした顔になって答える。


 少年「え?やっぱりここ隣村じゃないんだ。おっかしいなぁ。何処で道間違えたんだろう。」


 少年「ねぇ。君ここどこ?どう見てもS村じゃないよね?何処なのか教えてくれないかなぁ?」


あくまでマイペースに進める少年。少女は警戒したままではあるがて喋り始める。


 「あなた。それが人にものを聞く態度なの?そういう時ってまず自分の名前を名乗って言うものじゃない?それが初めて会った人に使う言葉なの?」


すでに自分が飛天族だとか相手が人間だとかいう問題ではなく初対面に対する礼儀について怒り出していた。


 少年「あ、あぁごめん。俺の名前は『光翔武流』(みつかけ・たける)。山の下にあるK村ってとこにに住んでるんだ。」


 武流「山の向こうにあるS村に遊びに行こうと思ったんだけど・・・どうやら何処かで道を間違ったみたいでさ。ここに出ちゃったんだよね。」


遊びに行くとはいってるがK村とS村は大人が歩いていっても丸1日は歩かないと着かない距離にある。


それをこの歳の少年がK村からS村まで行くなんて普通では考えられない。何か違う理由があると考えても良い。


 「ふ~ん。道・・・間違えたんだ。おっちょこちょいだね。」


 武流「で、ここは何処なの?名前名乗ったし教えてくれない?」


 「私を見て解らない?ここ・・・飛天族の里だよ。ついでに言うと里に特に名前なんてないよ。」


すでに和んでる二人。そして今の一言でようやく武流は気がついた。目の前にいる少女の背中に羽が生えていることを。


 武流「あれ?そういや背中に何かあるな~と思ったら・・・羽だったんだ。」


 「最初に見た時に気付いかなかったの?」


 武流「うん、気付かなかった。だけど綺麗な羽だね。君の羽。」


 「え・・・!?」


突然の言葉に驚きを隠せない。


 武流「ん~?どうしたの?ねぇ。」


武流は少女の身体を揺する。身体と一緒に先ほど綺麗だと言われたピンク色の羽も揺れる。


 「はっ!?」


どうやら正気に戻ったようだ。


 武流「良かった。急にぼけ~としちゃったからどうしちゃったのかと思ったよ。」


 「ねぇ。あなたは本当にそう思うの?」


 武流「え?何が?」


 「私の羽・・・あなたさっき綺麗って言ったじゃない。本当にそう思うの?私の羽。」


同族にも異端児だの出来そこないだの落ちこぼれだの言われてきたのに初めて会ったこの少年は自分の羽を見て綺麗だと言った。


未だかつて自分の親以外にこの羽を誉めてもらったことなどない。まして綺麗だなんて赤の他人に言われたのは初めてのことだ。


 武流「あ?何か変なこと言った俺・・・綺麗だと思ったから綺麗だっていっただけなんだけど・・・」


武流の目は嘘なんかついていない純粋な瞳だった。


 「うぅん。ただ、そんなこと言われたの・・・家族以外で初めてだったから・・・ビックリしたの。」


 「でも・・・嬉しかったの。今までずっとこの羽のせいで・・・嫌な思いしてきたから。」


少女の瞳からは涙が溢れ出してくる。今まで溜まっていた思いを全て涙となって流れ出すように・・・


そのまま今日初めてあったばかりの武流の胸に飛びつき泣き崩れた。


武流は最初躊躇うもそのまま泣かせてあげることにした。


 「うぅっずずっくぅ・・・うぐっ・・・」


武流は右手で少女の頭を撫でてあげる。自分がかつて母親に慰めてもらった時に撫でて貰った事があるのかとっさに行動していた。


 武流「・・・辛い思い・・・してたんだな。」


三分ほどして少女は泣き止んだ。


 「ごめんね・・・いきなり。それと・・・ありがとう、胸貸してくれて。」


 武流「いや。俺も昔辛い事あったから・・・君の気持ち何となくだけどわかるんだ。」


まるで全てを見透かしたようなその言葉。同じ位の年齢だというのに武流は少女の痛みがわかるというのか。


 武流「俺ね。遊びに行くっての、嘘なんだ。ホントは遠い外国に売られて行く所だったんだ。」


少女は武流を見上げる。武流の目は真剣だった。


 武流「俺の両親こないだ死んじゃってさ、身寄りが無くなったんだ。そしたら村長さんが村には置いて置けないとか言って。黒服の人達に俺を引き渡したんだ。」


そこからの武流の言葉に力が入っていた。


 武流「それで今日がその人達と外国に行く日だったんだ。でも俺はそれがイヤで迎えが来る前に逃げ出してきたんだ。」


 武流「山を越えればS村だというのは知ってたから、そこに行けば何とかなるんじゃないかと思ってさ。」


でも道を誤ってこの飛天族の里へ来てしまったという訳だ。


 武流「だけど、ここの里の人って・・・人間の事嫌いなんだよね。これじゃぁ数日身を隠すこと、出来ないよね。」


解かってはいるけど藁にでもすがりたい、そんな心境。さっきまでのマイペースは今の弱い心を初対面の少女に見せないためのやせ我慢といったところだろう。でも少女は否定した。


 「うぅん。私・・・あなたの事、嫌いじゃない。私・・・もっと武流の事知りたい。」


 武流「うん。俺も君の事・・・もっと知りたい。」


二人は近くにある樹に寄りかかり肩を寄り添いながらお互いの事を語り出した。


武流は自分の両親、村での生活、自分の趣味や特技などを語った。


少女も自分は飛天族なのに飛べない事、この羽の色のせいで里全体から忌み嫌われてきた事、自分の境遇を話した。


お互いそれだけで何だか今までのことが癒されてきている。少女に至ってはあまり見せる事の無かった笑顔さえ浮かべている。


そしてお互いに共通していたこと。それは桜が好きだということだった。


 「ここから見えるあの桜の樹。私好きなんだ。あの樹を見ると何だか落ち着くの。」


 武流「あぁ綺麗だな。ここからでも解かるよ。良いなぁ君は拠り所があって。」


 「私じゃ武流の拠り所に、安息の場所にならないかな?」


難しい事を言い出す。そしてそれは確実に少女は武流に惹かれてきている証拠でもあった。


 武流「そうだな。俺も君みたいな子がいれば・・・頑張れると思う。」


 武流「あ、そういえば、君の名前は・・・?」


考えてみれば今まで聞いていなかった。


 「・・・さくら・・・私の名前・・・櫻・・・なの。」


 武流「へぇ~。可愛い名前だね。その羽の色といい桜好きといいピッタリで可愛いよ。」


 櫻「え?」


武流の言葉に照れを隠せない。顔は猿の様に真っ赤になっていた。しかしその時二人の後ろでは彼等を狙う影があった。


 「いたぞ。櫻のやつ人間といっしょだ。禁忌を冒してるぞ。」


 「あぁもはや生かしておけないな。」


バサバサッっと二人の周りを数人の飛天族が囲む。


とっさの出来事であっという間に丘の端まで追い込まれる。そして大人たちは弓を構えじりじりと詰め寄る。


 櫻「た、武流・・・」


 「撃てーーーー!!」


合図と共に発射される数本のが櫻目掛けて飛んでくるが刹那武流が前に出て櫻を庇う。


 武流「櫻っ!」


ズブシュッと矢がささりそのまま勢いで武流は丘から落ちてしまった。


 櫻「武流っ!!」


間髪入れず櫻が崖に飛び込む。


 「ふん。あいつは飛べなかったな。結果これで異端児を始末できたということか。」


 「そうだな。後で死体の確認だけでもしておくか。」


男達はそういって弓をしまい帰る支度をしだした。




 武流「ぐぅ。俺・・・死ぬのか。そうだな、でも最後にもう一度だけ・・・あいつの顔見たかったな。」


すると武流の目にうっすらと櫻の姿が見える。幻かと疑ったがそれは紛れもなく櫻本人だというのがわかった。


 櫻 「武流っ武流ぅぅっ」


落ち行く武流に懸命に手を伸ばすが二人の間には距離がある為届く事はなかった。


その時桜の樹が突然輝きだした。それに共鳴するかのように櫻の羽も輝き出した。


 「なんだ?あの光は・・・崖の下からだ。」


男達が崖の端に詰め寄る。そこで彼等が見たものは・・・


光り輝く12枚の羽を纏い1人の少年を抱きかかえている櫻の姿だった。


 武流「櫻・・・?なんだ。飛べるじゃん・・・」


 櫻 「・・・武流・・・」


櫻はそのまま武流を桜の樹のそばまで連れて行き桜の樹に寄りかからせる。胸には二本の矢が刺さっていて出血は激しく今も溢れ出ている。


 武流「櫻、お前は無事だったみたいだな・・・良かった・・・」


自分の身の方が危険なのに相手の心配をしている。痛くてたまらないはずなのに。


 櫻 「私は大丈夫、武流が、武流が庇ってくれたおかげで・・・」


 武流「そうか。お前が無事なら・・・良いや。」


 櫻 「何言ってるの。矢が刺さってるのよ、血いっぱい出てるんだよぉ。」


今も流れ出る血が止まらない。というよりどう見ても心臓のあたりに矢は刺さっていた。


 武流「ははっ。自分の身体だ・・・俺はもうすぐ死ぬんだろうな・・・」


 櫻 「そんな事言わないでよ。私・・・もっと武流の事知りたい。もっと傍にいたいよ!」


 武流「人はみんな意味を持って生まれて来るんだと思う。俺は君が飛べるためのきっかけを作るためにここに来たのかもしれない。」


 武流「だけど俺はそれに不満なんてないよ。櫻の・・・綺麗な姿を見れたから・・・」


 櫻 「武流・・・」


櫻の涙が武流の頬に落ちる。


 武流「泣いて・・・くれるんだね。俺は君に出会えて良かったよ。ほんの短い時間だったけど・・・」


 武流「でも・・・二人でこの桜の華が満開になったところが・・・見た・・・かったな・・・」


武流の握っていた手から力がフッと抜けて行った。


 櫻 「武流?・・・ねぇ、武流?ねぇってば・・・」


目の前の少年からは何も返答はなかった。


 櫻 「うぅ・・・えぐっ・・・うわぁぁぁぁぁ」


泣いた。とにかく泣いた。もうこの先涙が流れないのではないかというくらい泣いた。


その後武流の遺体をこの桜の樹の傍に埋葬し、武流と初めて出会ったところにあった大きな石を墓石の替わりに置いた。


他の里の者たちもあの光を見て何が起こったのかを瞬時に理解していた。


光り輝く十二枚の羽。それはかつて里を滅ぼしかけた恐怖から飛天族全てを救った救世主と同じものだった。


そして光り輝く十二枚の羽は櫻がかつての救世主の生まれ変わりだという証であった。


もう櫻を異端扱いする者はいない。武流との一件があってからは櫻は逆に特別な存在になっていた。




 櫻「あれから七回目の桜の満開を向かえました。こんな形だけど、あなたとこの風景を見れるのが嬉しいです。」


大きく息を吸いこみそして一気に吐き出す。


 櫻「だけどホントは二人寄り添って見たかったな。あなたとこの樹の下で仲良く過ごしたかった・・・」


 櫻「ねぇ。今年のさくらは・・・綺麗ですか?」


桜の華がぶわっと舞った。櫻の美しい羽も風に靡き一層綺麗な絵になる。


そしてそれが返事であるかのように・・・その様子ははまるで武流が櫻を優しく包んでいるように見える。


舞い散る桜の中で櫻は涙を流して微笑んでいた・・・

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羽娘(仮) 琉水 魅希 @mikirun14

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