第11話
* 銀河鉄道のデート 8759時間後*
二人が乗り込んだ機関車には、他に誰もいなくて、俺とサチは、ボックス席に向かい合って座って、窓から星空を眺めていた。
「ユウくん! ありがとうね! またこうしてデートできるなんて、ほんと夢のようだわ!」
「何言うてんねん。こっちこそ、ありがとうや! ちゃんと約束覚えといてくれて、会いに来てくれたから、こうやってまた二人で銀河鉄道のデートできたんや! サチ、ずっとこのままどこまでも行きたいなぁ! あぁ! でも終わりやねん! あと1時間で俺は...。」
「もう、そんなこと言わないで! 終わりだなんて言わないで!」
サチは、ユウジに抱きついて、その胸に顔を埋めて泣いている。
「ごめん、そうやな...、わかったもう何も言わへん。二人はいつまでも一緒や。ほら、星が空いっぱいに輝いて、めちゃくちゃ綺麗やで、サチ、ほら、涙を拭いて、一緒に見よう!」
サチは、ユウジの胸に頭をもたせかけた顔を窓の外に向けた。
「うわ! すごいね! こんな綺麗な星空見たことないわ! まるで宇宙の星が全部集まってきたみたいね!」
「ほんまやな! 神様が集めてくれたんかな? 俺の最後の頼み聞いてくれたんかもな?」
「だから、最後って言わないで!」
「あっ、そうか、ごめん。」
二人は、星空を眺めながら、一年前のことを思い出していた。
「俺はなぁ、土に埋もれてしまう時に、でっかい落石に頭直撃されて、すぐに死んでもうたらしいわ。でも、その後、いろいろな夢とも幻ともわからんもん見ててな、その中に君が出てきて、こうやって銀河鉄道のデートしてんで!」
「不思議だわ、私もそんな風な夢みたいなものを見たのを覚えてるの。」
「でも、またこうして銀河鉄道のデートできて、ほんまに夢のようやわ!」
「私もよ! ユウジ! もうどこにも行かないで! ね、いつまでもこうして居ようね!」
ユウジは、もうじき召されるんやなと思いながら、「うん、そうしような!」とサチの頭を撫でながら言った。
「ねぇ、この前は、途中で終わっちゃったでしょ? 銀河ステーションに行く前にね。だから、銀河ステーションに行ってみたいなぁ。」
「わかった。銀河ステーションまで行こう! って、誰かおるんかな? 車掌さんはおるんか?」
「お呼びですか? お客様。」
「あら、いつのまに、ちゃんとおるやんか車掌さん。おっさんも大変やなぁ、神様の代理になったり、おっさんになって俺に説教したり、また、車掌さんになってくれたんか?」
「何をおっしゃっていらっしゃるのか、わかりかねますが、私は車掌ですが?」
「あぁ、もうええわ、めんどくさいから、もう相手してやらへん。」
「あのな! 今、ボケとる場合ちゃうやろ! 真面目にやらんかい!」
「あっ、すいまへん。気つこうてくれてるんや。ありがとう!」
「はい、もう着いたで、銀河ステーションや。」
「えっ! 早や! この前は、結構時間かかったと思うけど?」
「特別に超特急運転でーす。文句ありますか?」
「いえいえ、文句なんかありません。ありがとうな、おっさん。」
サチは、二人の漫才みたいなやりとりを見て笑っていた。
「もう着いたの? 銀河ステーションってこんなに近かったの?」
「いや、超特急運転やて。今日は特別や。」
「では、こちらでお二人をお待ちの方がおられますので、御支度お急ぎになって、お降りください。」
「えっ? 誰か待ってるって?」
「誰? 私たちのこと待ってるなんて?」
二人が降りた"銀河ステーション"は、あの'銀河ステーション'だった, そう二人で行った宮沢賢治童話村の入り口にある銀河ステーションだったのだ。
「ここ、もしかして童話村の入り口の銀河ステーションだよね?」
「そうだわ! 銀河ステーションってここのことだったのね。」
「お二人さん、ゲストがお待ちかねですよ。さぁ、早く中へ。」
車掌さんに促されて、二人は、童話村の中へと入っていった。
妖精の小径と呼ばれている最初のエリアには、暗闇の中であの星のオブジェが、輝きを放っていて、幻想的な美しさを醸し出していた。
「うわ! 夜の童話村は、一段と素敵ね! まるで星空の中に迷い込んだみたい!」サチは、その夢のような美しさに心を奪われている。そのサチ自身も俺から見たら、美しい妖精のようだった。
「ほんまに綺麗やな! 君が一番輝いてるけど...。」
サチは、どんどんと奥へ歩いていって、ユウジの言ったことも聞こえなかったみたいだ。二人で森の中を歩いていき、やがて、中央の広場に出た。
草原の広場には、小さな池や屋外でのショーの為のステージがあったが、その横には、十字架が屋根の上に立っている教会らしき建物が立っていて、車掌さんが手招きして、二人を呼んでいた。
「あれ? 去年来た時は、あんな教会なかったよね?」サチに言われて、ユウジもあんな建物はなかったと思った。
二人で急いで教会に近づいて行くと、中からかすかに音が聞こえて来る。耳を澄ましてよく聞くと、それは讃美歌のようだった。
「結婚式でもやってるの?」
俺は、微笑んでいる車掌さんに聞いたが、ただ微笑んでいるだけで何も答えてくれない。そして、中へどうぞと目で合図している。
「えっ? 入っていいの?」と確認すると、これまた黙ってうなづく。
ユウジは、左手でサチの手を握って、右手で教会の扉を押し開けた。
目の前に大きな十字架が見えて、その下の式台のところには、黒い衣装を身に纏った神父さんが立っている。そして、新郎新婦と思われる男女二人が、神父さんの前で、ちょうどこちらに背中を向けて立っていた。右の奥では、10人ほどの修道女さんたちの合唱隊が讃美歌を歌っている。
いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを 取りさりたもう
こころの嘆きを包まず述べて
などかは下ろさぬ負える重荷を
まるで春の日差しが降り注いでいるような暖かい室内に讃美歌312番が響き、ユウジもサチも自然と厳かな気持ちになった。そして、ユウジは新婦の背中を見ながら、つぶやいた、「もしかして...!」
二人は、誰も座っていない参列者の席に座り式を見守ることにした。
神父さんが、二人に問いかける。
「新郎 桧山隆二、あなたは、ここにいる新婦 星野美優を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います。」
「新婦 星野美優、あなたは、ここにいる新郎 桧山隆二を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います。」
そして、二人は互いのリングを交換し、誓いの接吻を交わした。
ユウジは、もう何も言えなかった。胸がいっぱいで...。
サチは、溢れる涙を拭いながら、眩しく輝いているミユのことを、優しい眼差しで見つめていた。
ミユは、リュウジと手を取り合いながら、ユウジとサチの方へやって来た。
「お父さん、お母さん、今日は、来てくれてありがとう。びっくりしたでしょ? お母さんにも秘密にしてたの、サプライズしたかったの、許してね! 改めまして...、
お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。
私、お父さんとお母さんみたいに幸せになるからね。それから、これからもお世話かけると思いますので、私たちのことをよろしくお願いします。」
いつくしみ深き 友なるイエスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩みかなしみに沈めるときも
祈りにこたえて慰めたもう
「ミユおめでとう! もう、ほんとびっくりしたわ。リュウジくんも来てたなんて! リュウジさん、ありがとうね。お父さんに見せるためにこんなサプライズ考えてくれたのね。ほんとにありがとう! 二人でこれから一緒に仲良く、幸せになるのよ!
お母さんとお父さんは、いつまでも見守っていますからね。絶対、幸せになってね!」
いつくしみ深き 友なるイエスは
変わらぬ愛もて 導きたもう
世の友われらを棄て去るときも
祈りにこたえて労りたまわん
「お父さん、お母さん、僕は、きっとミユさんを幸せにします。これからもよろしくお願いします。」
新郎のリュウジは、サチの前で深々と頭を下げている。
ユウジは、サチとの結婚式の事を思い出して、「簡単に誓いやがって、何があるかわからんねんぞ。それを簡単に...。まぁええわ、俺も誓ったんやもんなぁ。サチを幸せにしますってなぁ。あぁ、俺みたいになるなよ。最後までミユをしっかり見守ってくれよ。」と言ってリュウジの肩を叩いた。その後、ミユを抱き寄せて
「最後にこんな幸せな思いさせてくれて、ありがとう! リュウジくんと力合わせてな、幸せになるんやで。俺は、そばにおられへんけど、ちゃんと見てるからな。」と言った。
「お父さん、私の心の中には、いつもお父さんがいるの。これからもいろいろ相談に乗ってね。それから、お空の上で、暴れて落っこちないようにね!」
「何言ってんねん。そやなぁ、慌てん坊やからなぁ! お前も俺に似てるから慌てん坊のとこな。気つけてな!」
ユウジとミユのやり取りを聞いていたサチが「空から落っこちて来てもいいよ! ユウくん! いつでも待ってるわ!」と茶化してくる。
「サチ、それにミユ、俺な、サチにイーハトーブに連れて行くなんて偉そうに約束したけど、逆に連れてきてもろうたわ。ここが、今が、俺のイーハトーブやで! サチ、ほんまにありがとうな! それから、ごめんなサチ、幸せにするって言ったのに...。こんな最後で...。ミユのこと頼むわ。俺は、空の上で見とくからな。今まで二人ともありがとうな!」
サチは、ユウジとのお別れが近いことを感じて、涙が溢れてきた。
「何言ってんのよ! ちゃんと連れてきてくれたよ! 私にとっても、ここが、今がイーハトーブなのよ! ユウくん、ありがとう! いつでも落っこちてきてね! 待ってるから!」
「あぁ、このままずっと一緒に居れたらええのになあ! 俺のお前らにできるのはここまでやわ。イーハトーブじゃなくて"ええハトープ"ってとこかな? お粗末様でした!」
そこまで言ってユウジは、フワッと体が浮き上がるような気がした。あれ?と思っていると、どんどんと上の方へ引っ張られているように感じた。サチが、ミユが、みるみる小さくなって行く。
* 空の上のユウジ 8760時間後*
空の上に引っ張り上げられた俺は、気がついたら、フワフワとした雲の上にいた。雲の隙間から、下界を覗き見たら、サチとミユが、こっちを見て手を振って笑っていた...ような...気がした。
「あぁ、ついにお別れか! 空の上からいつまでも見守る言うたけど、ここから見てたら、サチも、ミユも豆粒みたいでちっちゃくて見失いそうになるなぁ。あかん、あかん、しっかり見守ってやらんとな!」
「何しょうもないこと言うんねん。早よ来んかい! 入り口はこの奥やで、それからなぁ、中にはちゃんとテレビみたいなんがあって、サチさんもミユさんもしっかり見れるから心配すんな!」
「誰や思ったら、またおっさんか、最後までお疲れさんやなぁ。そうか、天国も進歩しとるんか。ほんなら行くとしますか...、サチ! ミユ! がんばれよー! ほな、さいなら!」
* 教会の外のサチ 8760時間後*
「ユウくん! ミユは、いい人見つけたわね! わたしと一緒にあなたもしっかり見守っていてね! 空の上からね。きっとよ! ありがとう! ユウくん! そして、これからもよろしくね!」
サチは、式場の外に出て星空を眺めている。その腕にしっかりとユウジの遺影を抱きながら...。
空一面の眩いばかりの星たち。その中で、他の星と比べて、一際眩しい光を放っている星を見つけて、左手の薬指の"銀河を閉じ込めた指輪"を、その星の方へかざしながら、こう言った、
「ユウジ、あなたが私のイーハトーブなのよ。ありがとう、そして、これからもよろしくね!」
サチの左手に光る指輪の輝きに、返事をするかのように、一際眩しいその星は、キラキラといつまでも煌めいていた。
END
イーハトーブの約束 サーム @sarm1416
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