映画
映画の時間はまだ先だけど、場所が秋葉原ではないからそろそろ移動しなきゃいけない。
そういえば、私がこんな風に誰かとお出かけするのって、妹の美佐かお母さんとしかないよね。
隣でスマホをチェックしている新庄君の横顔を盗み見る。
すごく優しそうな顔をしていた。
「ここから大体三十分で着くな。新宿のショッピングセンターで買い物をしてもいいか?」
「ん? 全然構わないわよ。何買うの?」
「実は……」
どうやら、あんりちゃんの書籍化祝いに何かプレゼントをしたいらしい。
だけど、今まで人にプレゼントをあげた事がないから何を渡せばいいかわからないみたいだ。
「あんた、このハム美にまかせなさいよ!! ていうか、さっきから思ったけど、あんた買い物のセンスないもん!」
新庄君は「これは妹に買ってあげよう」「これは母さんに」「あんりは喜ぶかな?」と、言いながら手にとった商品は微妙なものばかりであった。
実用性のないおもちゃや絶対に女性が好まない可愛くないもの。アニメの絵が書いてあるTシャツを買おうとした時は全力で止めた。
悪いわけじゃないけど、それはプレゼントとして駄目よ。
「さすがハム美だ。心強い」
「あ、当たり前じゃない! ほら、行くわよ!」
全く、そんな安心した笑顔を見せないでよ。
というわけで、わたしたちは電車に乗ることにした。
新庄君は変わっている。
同年代の男子は下心がある視線で私を見ることが多い。
クラスメイトから優しくされても、嫌な感じがする。自意識過剰と思われるかも知れないけど、あの視線はあんまり好きじゃない。
自分は同年代の他の子よりも、胸が大きいと思う。正直それがコンプレックスで、夏場の服に困る。
ゆるいワンピースを着ているけど、どうしても男の人からの視線が気になってしまう。
新庄君から、いつもみたいな視線を感じない。
なんだか妹と話しているみたいですごく自然だ。
一緒に歩いている時は、自転車や車が通るたびに私を気にしてくれた。
混雑しているアニメショップでは人とぶつからないよにかばってくれた。
電車の中では、男性の視線から守るように、私の前に移動してくれた。
……で、でもね、私は勘違いしない。だって、新庄君はあんりちゃんが大好きなんだもん。
「なるほど、確かにこれならあんりも喜ぶな」
「あったりまえじゃない! へへ、あんりちゃんは可愛いもの大好きだもんね」
新庄君とあんりちゃんの距離感は恐ろしく近いけど、プレゼントは高すぎるものを渡すと女の子は引いてしまう。
「流石に貴金属は駄目だったか」
「あ、当たり前でしょ!! 高校生の友達ならそんなものあげちゃ絶対駄目だからね!」
「そ、そうなのか……」
「そうよ!!」
付き合ってもいない女の子に指輪を渡そうとするなんて……。ちょっとうらやましいけど、それは駄目よ。
新庄君は何故かその時、微笑を浮かべていた。
「……なんだか、あんりとやり取りしているみたいだ。というか、あんり以外とこんな風に外で会うなんて初めてだ」
「そ、そう? べ、別に、と、友達だからいいんじゃない? わ、私だって……」
そんな言葉を言われて舞い上がってしまいそうになる自分がいた。そんなの自分じゃない……。
「ん? ハム美。そろそろ映画館に行こう」
「あんた最後まで聞きなさいよ!!! この唐変木!!」
*******
映画館の中はすごく混んでいた。
こんなにも大勢のお客さんが劇場版テツロウを楽しみにしているんなんてすごく嬉しい事だ。
「ハム美は舞台の上に上がらないのか?」
「はっ? 役者じゃないのに顔出しするのなんて嫌でしょ。ていうか、作品の顔は作者じゃないわよ」
「なるほど。でも、ハム美は綺麗だからファンが喜びそうだな。あっ、変なストーカーとかに絡まれたら面倒だな」
「ちょ!? あんた何言ってのよ!! わ、私が、き、綺麗? そ、そんなわけないじゃない!」
新庄君は真顔で私に言ってきた。
他意はない、善意も悪意もない。
ただ事実を述べている。そんなふうな顔だ。
自分の顔が真っ赤になっていく。なんなのよ、こいつは……。自分の事はわからないくせに!
「バカ言ってんじゃないわよ! あんりちゃんの方が綺麗でしょ!」
私がそう言うと、新庄君は照れくさそうにうつむく。
「あんりはもちろん綺麗だ……。その、あんりは特別だから。ハム美も絶対あんりに負けてない」
「は、恥ずかしいわよ、バカ! ていうか、裏に行ってスタッフさんと役者さんに挨拶してくるから、あんたも一緒に来なさいよ」
私は新庄君の背中を叩く。
なんでだろう、胸が痛いんだ、お母さん。
なんでだろう? 嬉しいのに、楽しいのに、悲しくないのに、泣きそうになっちゃうの?
仮に、もしも、万が一……、私がもう少し早く新庄君と出会えていたら――
きっと、そんな事が起こったとしても、新庄君とあんりちゃんは固い絆で結ばれていると思う。
私が入る余地なんてない。
センチメンタルな気持ちは、私には似合わない。
私は鋼の精神で作家をしているんだ。
だから、こんな気持ちなんて――
こんな気持ち?
私、なんでこんなに新庄君の事を考えちゃうの?
なんでこんなに胸が痛くなってくるの?
*******
何十回も観た映像なのに、映画館で観ると新鮮に感じる。
舞台挨拶は大盛況で終わり、そのままのテンションで映画が始まる。
新庄君は声優さんたちとあっても普通反応だった。
もっと喜ぶかと思ったら違った。
理由を聞いてみたら――
『いや、俺は声優さんの事はよく知らない。それよりも、編集部でハム美に出会えた時の方が嬉しかった。サインも飾ってあるぞ』
と、そんな事をのたまっていた……。
口がモゴモゴしてしまう。嬉しすぎて飛び跳ねたかったけど――
『まっ、当たり前よね! 私は世界のハム美だからね! あんたも頑張りなさいよ!』
本当はこんな高飛車な態度を取りたいわけじゃない。
ただ、恥ずかしくてどんな風に接していいかわからないだけなんだ。
好きな人と話すと暴走しちゃう。
あっ、べ、別に新庄君の事が好きってわけじゃなくて、あんりちゃんと初めて仲良くなった時も私は暴走しちゃったから。
映画があっという間に終わってしまった。
映画終えたら私達のデートはおしまい。
この後は予定は特に決めていない。新庄君は多分、あんりちゃんのお見舞いに行くんだろうな。
映画館を出ても、道で歩いているも、駅で電車を待っていても、新庄君は熱く映画のテツロウを語ってくれた。
「俺はテツロウに出会えて衝撃を受けたんだ」
「あの物語は一人ぼっちの俺を救ってくれた」
「俺が強くなれたのもテツロウのおかげだ」
「パグ子ともテツロウで仲良くなれた」
「あんな物語を書けるハム美はすごいな」
私もテツロウの想いを熱く語る。
私達は周りの目を気にせず語り合った。
あれ?
「ちょっと、にゃん太……。あんたなんでこの電車に乗ってんのよ!? これって東海道線よ!」
「あっ、つい話し込んでいたら……。まあ構わない。あんりにはハム美を家までちゃんと送りなさい、って言われてるしな」
「は? 私の家ってこっから一時間半はかかわるわよ!!」
「な、に?」
「ほら、次の駅で降りなさいよ」
流石にそんなに時間がかかる場所まで来てもらうのは迷惑になっちゃう。
次の駅に着くと、新庄君は何故か空いた席に座り始めた。
「ハム美、席が空いたぞ。こっちに座ろう」
「はっ? あんた話し聞いてたの!?」
「ああ、たかがそのくらいだろ? その程度でテツロウの話を語り尽くせない」
新庄君は座ろうとしない私のカバンを引っ張った。
え、なに? どういう事!?
私はストンッと新庄君の隣の席に座る。
一瞬だったけど、新庄君の手と触れ合ってしまった。
鼓動が早くなる。罪悪感が広がる。あんりちゃんにこんなところを見られたら嫌な気持ちになっちゃう。
そんなな気持ちも、新庄君の表情を見たら一瞬でなくなってしまった。
新庄君はキラキラした目で私を見ながら熱く語っていた。
私を女の子として見ていない。
ううん、下心が無いことはいいことなんだけど……。
なんだろう、ちょっと寂しいのかな……。
ほんの数時間しか一緒にいないのに、ほんの数回しか合ってないのに、なんでこんな気持ちになるの?
おかしいよ?
「はぁ、しょうがないわね! 作者である私が説明してあげるわ!!」
強気な言葉で自分の弱い心を隠した―――
********
「なかなかすごい場所だ。海が見える……」
「ていうか、何もない片田舎よ」
いつもなら、駅から商店街を通り抜けて家に帰るのに、今日は遠回りして、海沿いの道を歩きたかった。
夕暮れの海はとても綺麗。誰かと共有したかった。
「ハム美はここらへんの学校に通っているのか?」
「うん、もうちょい歩いたところにある高校よ。江ノ電と海が見えて、バスケ漫画の舞台になったところ」
「おお、それは今度見てみたいな」
「別に何もないわよ。妹と二人でたまに海で散歩するだけ」
そんな会話をしながら私達は歩く。
いつしか言葉が少なくなっていた。
それなのに変に焦ったりしない。むしろこの空気感が嫌いじゃなかった。
新庄君は不思議な人だ。
ちょっとボケているところもあるのに、男らしいところもある。
「ハム美はすごいな。同い年なのにあんなすごい作品を書いて、しっかりしていて、優しくて」
だから、少しイラッとしちゃった。
だって、この人は本当に自分の事を理解していない。
さっきも駅前で、私のクラスメイトが新庄君を見て、驚いた顔をしていた。
……でも、顔じゃないんだよ。
新庄君がすごいのは――
「……正直、あんたの作品を見て、初めは荒い小説がランキングに入ったな、って思ったの」
「そ、そうなのか」
「うん、文章は荒いし、暗い展開は多いし、テンプレじゃないし」
私が新庄君を分からせてあげなきゃいけない。
「でもね、どんどん読みたくなったの。先の展開が気になるの。話数が進むたびに、小説がうまくなっていって、感情が揺さぶられて、夢中で読んでいたわよ」
「そういってもらえると嬉しいな」
「はっ? ぶっちゃけ超嫉妬したわよ。あんたは私には無いものをもってんのよ」
私は立ち止まる。
胸の奥から熱い気持ちが流れてくる。
これは恋なんてそんな気持ちじゃない。好意なんかじゃない。
湧き出てくる気持ちは、同じ作家としての対抗心だ。
私は新庄君をまっすぐ見つめた。
「あんたは私のライバルになる存在よ。同じファンタジー書きとして宣言するわ。あんたよりも絶対面白い作品を書き続けるわ!! あんた、自分の実力を理解しなさい。あんたの作品を読んで救われた人は必ずいるわよ」
私は肩で息をしていた。
柄にもなくくさい言葉を言ってしまった。
だけど、その時の新庄君の目が忘れられない。
真剣な目だった。とても綺麗だった。
「わかった――。俺はハム美を超える作品を作る」
私はその言葉を聞いて不敵に笑った。
新庄君も笑顔で答える。
私達の間に、確かな絆が生まれたと感じた。
……それは、恋愛感情じゃないけど――
でも、それでいいんだ。
***********
新庄君は結局、うちの前まで送ってくれた。
その足で帰ってしまった。本当はうちに上がってもてなしたかったけど、時間も遅い。
妹は部屋で執筆中だ。
あの子は執筆に集中すると話しかけても返事もしない。
ジャンルは違うけど、恐ろしい才能を持っている。
妹はあんりちゃんの作品に対抗意識を持っていた。
あんりちゃんの一作目はラブコメ作家にそれほど衝撃を与えたものであった。
……新庄君はあんりちゃんの大切な人。
今日が始まる前は、なんて事のない事実だと思っていた。
始めっから入り込む余地なんてないのはわかっていた。
それなのに――
「あら、帰ってたのね。ご飯まだでしょ? 今から作るから待っててね。……蓮美? 泣いてるの? 何かあったの?」
「ううん、新庄君は悪くないの。わ、私が、知っていたのに、浮かれて、バカで……。なんでこんな気持ちになっちゃったの……」
お母さんが何も言わずに私を抱きしめる。
「お母さん、なんで苦しいのかな……。ただ、二人でお出かけしただけなのに……」
どんな苦しいことがあっても弱音を吐かなかった。
それなのに、子供みたいにお母さんの胸の中で泣いてしまう。
――いまだけは甘えていいよね……。
お母さんは私が泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれた――
――大丈夫、次に会う時は、きっと笑っていられるもん。
幼馴染も義妹も……誰も俺を信じてくれなかった。今さら信じているなんて言われても、もう手遅れです うさこ @usako09
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