ツンデレ


 神崎蓮美はいつもよりも早起きをした。

 実は化粧なんてしたことないけど、その日は初めて挑戦してみた。


「あれー、お姉ちゃんがおしゃれしてる! 今日はデートだもんね」


「ば、ばか! 違うわよ! と、友達と映画を見るだけよ!」


「でも、あのイケメンさんと二人っきりでしょ? わぁ、なんだか緊張しちゃうね!」


「う、うっさいわよ! 大人には大人の関係があるのよ」


 そんな事を言い合いながらも準備を進めていると、お母さんが私のところへとやってきた。


「……ちゃんとお化粧教えた事なかったわね。それじゃあ駄目よ。ほら、貸してちょうだい」


 お母さんが私の肩を抑えて、畳に座らせる。

 手慣れた手付きで私にファンデーションを塗り初めた。


「まずは下地を作って……」


 なんだかいつもと違う雰囲気に戸惑ってしまう。

 美佐は興味津々で私達を見ている。


「今日はデートなんでしょ?」


「ち、違うわよ! そ、そんなんじゃないの。ただの作家友達だもん」


「あらあら、今まで友達なんていらない、って言ってたのにね」


「……うぅ。それに、新庄君はもう好きな人いるもん」


 二人はまだ付き合っていない。だけど、深い関係だって見ているだけでわかる。

 私が知らないところで色々あって、絆を深めたんだと思う。


 お母さんは私の後ろに回り込んで髪をとかし始めた。

 優しい柔らかい手付き。

 水仕事で荒れ放題だった手は、昔の事だ。今はもう大丈夫。


「蓮見、恋愛は最後までわからないわよ。……お友達も大事だし、好きな人も大事。若いうちに一杯悩みなさいね」


「す、好きな人じゃないよ!!」


 本当に新庄君に恋愛感情なんてない。まだ出会って数回なんだから。


「はいはい。……できたわよ。鏡見てらっしゃい」


 お母さんに背中をぽんと叩かれた。

 私は反論をしようとしたけど、口をモゴモゴさせるだけでうまく言えない。


 仕方なく鏡の前に立つと口を半開きにした私が立っていた。


「わぁ……、なんか私じゃないみたい」


「頑張って新庄君を落として来なさい!!」

「お姉ちゃん頑張れ!!」


「だから違うって!!!」


 こんな風な平和なやり取りが大好きだ。

 ずっと幸せな日々が続けばいい。いや、続けるために私は頑張らないと。


 私は二人に見送られながら家をあとにした。



 ************



 東京に出るまで一時間以上かかる。

 私のうちは神奈川の海側。湘南って呼ばれるけど、ただの片田舎の漁港町。

 昔ながらの家と高級住宅街が入り混じり、学力が高いヤンキーが多い変な場所だ。


 そんな場所から電車に揺られて待ち合わせ場所へと向かう。


 ――うぅ、お母さんが変な事言うから緊張してきたじゃないの……。


 新庄君は二回しかあったことがない。新庄君にとって、私にとって、ただの作家……友達。

 だから変な感情なんてない。そりゃイケメンだけど、男は顔じゃないもんね。


 私はお父さんみたいにムキムキの男らしい人が好きだもん。


 新庄君の事は一旦考えるのはやめて、スマホで次の執筆のプロットを書きはじめる。


 ……なんだか筆が進まない。


 そわそわして落ち着かない……。

 私はメモアプリを閉じて、小説を読むことにした。

 それでもやっぱり駄目だ。落ち着かない。


「……なんなのよ、全く。はぁ……」


 私はいつもよりも電車の速度が遅く感じられた。

 早く着いてスッキリした気持ちになりたいのに……。



 ********




 待ち合わせの場所である、秋葉原の緑の窓口前に着いた。

 約束の時間まで一時間ある。緊張して変な汗が出てきた。




 今日の特別上映は15時だけど、午前中に三人で待ち合わせして、お食事して、アニメショップを見て回ったり、本屋さんに行く予定だった。


 ……あんりちゃんがいなくて二人っきり。


 こ、これじゃあ、本当にデートみたいじゃない……。


 私は深呼吸をする。

 あんりちゃんの新庄君を見つめる瞳を覚えている。

 それに、あんりちゃんの小説。『世界で一番大切な人』。


 あれは思いっきり新庄君との事書いてるじゃん。


 私はこの時、心に刻み込んだ。

 絶対変な気持ちで新庄君を見ない。新庄君は

 作家友達。そこに男女の関係は絶対ない。大丈夫、私は鋼の心を持ってるもん。


 あんりちゃん、風邪大丈夫かな……。私にとってあんりちゃんは初めての友達。

 メールではそこまで酷くないって言ってたいけど、心配だよ。

 あとで、新庄君にお願いして、お見舞いに行きたいけど迷惑じゃないかな?

 ……苦しいのはつらいもん。



「ふぅ……」


 なんかため息が出ちゃった。

 どこかのカフェに入ろうかな。


「神崎さん? 随分早いんですね?」


「へっ? し、新庄君!? ちょ、なんでもういるのよ!! まだ1時間前でしょ!!」


 私服姿の新庄君が私の目の前にいた。

 自分の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのがわかる。き、きっと、恥ずかしいからね。うん、そうよ。お母さんが変な事言うからいけないんだ!


「いや、時間前に着いたから喫茶店で小説でも書こうと思ってまして」


「ちょっと、にゃん太先生、敬語使わないでよ! ハム美でいいわよ」


「ああそうだったな……。すまない、ハム美。俺を先生呼びしなくてもいいぞ」


 なんだかお母さんの言葉が脳裏に蘇って動揺してしまう。


「ハム美、少しカフェでお茶をしてからアニメショップへ行こう。あんりの容態もそこで説明するぞ」


 あんりちゃんの名前を出されると現実に引き戻される。

 あんりちゃんの事が心配。本当はこの場にいるはずだったあんりちゃん。


「う、うん、大丈夫だよね?」


「そんなに心配そうな顔をしないでくれ。昨日の俺みたいだぞ。とりあえず店に入ろう」


 そう言いながら、自然と私をエスコートする新庄君。

 隣に立つと意外と背が高くて、シャツから伸びている腕には意外と筋肉がついている事がわかった。


「ひゃ、ひゃい! い、いくわよ」


「――?」




 **********




 新庄君から聞くところによると、あんりちゃんの容態は快方に向かっているとの事であった。

 林間学校と書籍化の締め切りのせいで体調を崩したらしい。



 新庄君はコーヒーを飲みながら私に説明してくれた。

 随分とおしゃれな喫茶店だ。

 私は田舎娘だから、正直こういうところに入ると緊張しちゃう。

 新庄君は全く緊張した様子はない。

 ……あのね、普通の16歳はそんなに落ち着き払ってないからね。


「どうしたハム美」


「べ、別にどうもしないわよ! ココア、美味しいわよ」


「そうか、良かった。ここはネットで見つけて気になっていた店なんだ。ホットケーキも美味しいらしい」


「ふ、ふーん、ていうか、あんた育ちいいわね」


「……そんな事はない」


 あっ、なんか地雷ふんだかもしれない。新庄君に雰囲気が少しだけ変わった。

 あれかな、家族といろいろあったのかな?

 そう思っていたら、新庄君は大きく息を吐いて、表情を緩めた。


「……きっとそうなんだろうな」


 ポツリと呟いたその言葉が何故か心に響いてしまった。同年代では見たことのなに大人っぽい表情。

 水戸部先生も大人っぽいけど新庄君も負けてない。

 ていうか、あんたら少しおかしいのよ……。


 胸がドキドキしてきた。

 なんなのよ、こいつは!!! あんりちゃん以外の前でそんな顔しないでよね!!


「ん、どうしたハム美? ああ、これを食べたいのか?」


 新庄君は自分のホットケーキをフォークに乗せて私の食べさせようとする。

 私の思考が停止しそうになった。

 ちょっとまちなさいよ!!


「バカッ、私はあんりちゃんじゃないわよ!! そ、そのお皿の上に置きなさいよ」


「あ、すまない、いつもの癖で……」


「わかればいいのよ。まったく、もう……」


 なんとも心臓に悪いスタートであった。

 でも、パンケーキはすごく美味しかった……。



 *******



 その後も、秋葉原の街を観光しながら会話が弾む。

 共通の趣味、共通の目的があるから、話題が尽きることはない。


「なるほど、あの時のテツロウの心境が理解できた」


「ふふん、あそこのシーンは超苦労したんだから! プロットにはなかったんだかけど、突然浮かんできたのよ」


「俺はプロット通りに書いてしまうから、本能で書けるハム美はすごいと思う。というか、作家としての経験値が違いすぎる」


「はっ!? あんた何言ってんのよ!!」


 この数時間、喋っていてわかったことがある。

 こいつはあんりちゃんの事が大好きだ。半端な好きレベルじゃない。それこそあんりちゃんのためなら世界を敵に回せるレベル。


 あんりちゃんもそうだけど、新庄君は天然というか、少しズレている。

 まあ、だから小説が書けるんだろうな。

 私も同世代とは感覚が違うしね。


「おっ、あそこに『テツロウ』のポスターがあるぞ。写真を取ってあんりに送ろう」


 ……またあんりちゃんだ。ここまで清々しいといっそ気持ちよくなる。


 新庄君が私から離れると、知らない女性が新庄君に近寄ってきた。


「あ、あの〜、お茶でもしませんか? 秋葉原よくしらなくて」

「いや、勧誘は結構です」


 ……明らかに逆ナンであった。シュンとお姉さんにめもくれない。


「おーい、ハム美も一緒に撮ろう」

「はぁ、仕方ないわね。ちゃんとポーズ決めるわよ!」


 ていうか、新庄君は自分を理解していなさすぎる。

 街を歩けば若い女性の視線が新庄君に向かう。

 芸能人、っていってもいいくらいのイケメンオーラがある。


 あんりちゃんいわく、運動も勉強もできるらしい。

 ……どんだけバケモンなのよ。


 ていうか、小説に関しては『今はまだ』私の方が上だけど、いずれ追い越される可能性がある。


 本人は本当に全く自覚してないけど、あの『ミケ三郎』はこの私、神崎ハム美が圧倒された唯一の作品なのよ。


「ハム美? 写真を取っていいか?」


「ええ、いいわよ、って!? ちょっと、あんた近いわよ!! あんりちゃんに怒られるじゃない!」


「そ、そうなのか? す、すまない」


「たく、仕方ないわね。私のスマホで取ってあげるわ。ほら、もう少し離れなさいよ!」


 少しだけ新庄君が離れる。

 何故か、私はその離れた分の距離を詰めようとしてしまった。


 だけど、思いとどまる。

 私は鋼の心で、新庄君との距離を取った。


 これが、私たちの適切な距離感。

 うん、だって、ただのトモダチだもん……。


 胸の中がもやもやとしてきたのを気が付かないふりをした――








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