敵同士でなくなったその日に

戦争が終わったあとも彼はレーナを探すことを諦めなかった。


しかし、戦死者リストを探しても彼女の名前は出てこない。どうやら幼い少女達を戦わせたという事実を連合国も枢軸国も隠したかったらしい。戦いの記録も死の記録も内密に「処理」されてしまった。


いくつもの調査会社に大金を払い、やっと見つけた、かつてレーナが住んでいたと思われる家に行ってみた。それでも、すでに新しいアパートメントが建てられていて親族すらも見つからない。戦争のせいで、みんな死んでしまっていたからだ。


それでも彼は諦めなかった。記憶に残るレーナとの会話。たった一つの生きた証、その手がかりはノドルの音楽学校に残っていた。在学生が残した大量の作品はバインダーの中に閉じられていて、幼きレーナが残した数ページの楽譜も存在した。


彼はその楽譜を持ち帰り、何度も何度も演奏した。知っている彼女の雰囲気とはうって変わって明るいメロディ。まるで遊園地で流れるような曲だった。もしかしたら、これが彼女の本質。そのものだったのかもしれない。彼は彼女の筆跡を指でなぞりながら毎日のように泣いた。






やがて戦争が終わって75年が経った。

あれから人類は平和を祈りながらも、幾度となく戦争を繰り返した。人の願いは虚しく戦いは生まれて消えていく。


ベルツ国は終戦後まもなくして解体された。一つだった国は分割され、周辺国に吸収。かつてのベルツ国民はそれぞれの土地で自分の居場所を作った。ベルツの文化は一部の伝道者によって繋がれるものの先細りし、小さな文化から消えていく。


今日は特別な日だった。ノドル国で万国博覧会が開催初日を迎えたのだ。

未来にむけて各国が開発した新しい技術が発表される輝かしい日。海沿いにある街には各国のパビリオンが乱立するが解体されたベルツ国のものはない。そして、その光景を遠くから眺めるように、小高い丘の上に百歳近い老人がただ佇んでいた。


老人の足はもはや十分に動かない。徒歩で5分もすれば登れる丘にも彼は孫に車椅子で運んで貰っていた。


「おじいさま、どうしてこんなところにきたんですの?」


孫娘は不思議そうにつぶやいた。老人は返事の代わりに震える指で万博会場を指さした。


「……なにか、音楽が流れてますわね。あぁ、これ。旧ベルツ独特のメロディ。緻密な光景と暗い情熱。だけじゃなくどこか希望溢れるような明るいポップな曲ですわ」


その曲は万博開幕のセレモニーをはじめる、オープニング曲だった。


「まあ、素敵。本当に素晴らしい音楽だわ!」


そのとき、枯れ果てたはずであろう老人の瞳に涙が浮かんでいた。老人には音楽を奏でる才能はなかったがレーナの楽譜を演奏し続けた結果、その曲に感銘を受けた人間達がそのメロディを参考に新たに曲を作り上げたのだ。


「レーナ、そこにいたのか。やっと会えた。探したぞ。75年だ。75年も探した」


彼女がノアに与えた魔法の正体。

ずっと気がつくことが出来なかったけれど。いまの彼にはよくわかった。彼が与えられたのは「生きる希望」だった。彼は失望のなかを音楽を奏でるなかで生きながらえていた。


「レーナ。お前が憧れたギターの音色も入っているぞ。君の作ったメロディによくあっているね」


老人が目を瞑るとレーナが、はじめて会った時のような、そのままの姿で現れた気がした。老人の中ではレーナは永遠の存在だった。


民衆たちはその音楽を聴いて、心を弾ませる。


老人の企みが成功したことに気がついている者は世界に誰もいないだろう。自分とレーナだけが知っている秘密があることを、彼の心を年甲斐もなくこそばゆくさせたのだった。

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最前線から遠く離れた場所で、敵国の魔法使いと過ごす日々 @onoyoiti

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