敵同士でなくなるその日まで

ベルツ中隊が無謀にも連合軍の拠点に攻撃を仕掛けることが分かったのは、次の日の朝のことだった。


慌ただしく戦いの準備をはじめる兵士達。ベルツ軍にとって俺はもはや利用価値もなく、頼りない新兵らしき男が1人見張りについている以外は放置されている状況だった。


「戦いが始まるまえに捕虜で足手まといの俺は殺されるかな。いや、囮として使われるかもしれないか? どっちにしろ死ぬ運命さ」


ベルツ新兵に投げかけるように話すと、新兵は「黙れ!」と裏返ったノドル語で叫んだ。


「怖いなぁ、どうせ死ぬんだ。いまは気楽にしてようぜ?」


新兵はイラついている様子だった。咥えていたタバコは湿った地面に落ち、火はすぐに消え去った。


「ノア……いいかな?」


そのとき、レーナがテントの入り口をひょこっと覗き込んだ。黒い軍服を見にまとって拳銃を腰にぶら下げている。彼女も戦闘に参加することは間違いなさそうだった。


「レーナか。先が短い俺からの最後の忠告だ……連合軍は一個師団なんだ。戦いに行ったら確実に死ぬぞ」


「そう……だね」


「……なんて言っても聞かないんだろうな。レーナも一人前の戦士だから。この戦争が続く限り戦い続けるんだろう?」


レーナはなにも答えなかった。


「俺は。どうせ殺されるんだったらレーナに殺して欲しい。もしそうなったらやってくれるか?」


レーナは蒼い瞳に涙を浮かべて、首を小さく左右に振った。彼女を困らせるつもりはなかった。でも、もしここで死ぬんだったら彼女によって殺されるのならば悪くない。つい本心が出てしまった。


「ノア、こないだはね。本当は嬉しかった。ノアと私、会ってる場所が違ったら良かったのにね。それだったら恋……いや、友達になれたかな?」


「レーナ、もし平和な世界で会ってたら俺は君みたいに美しい女の子には声をかけることすらできなかっただろうさ」


「ノアがそんな引っ込み事案だとは思わないけど。ううん、きっと声をかけてくれると思うんだ」


そう言って、レーナはテントの中に入ってくると俺の胸にそっと手を当ててきた。


「胸のポケットに入ってるね。エーデルワイス。私、ノアから貰ってばっかりだったから。今度は私がプレゼントをあげる。お別れのプレゼント。大事にしてね」


「別れの……プレゼント?」


彼女の手が虹色に光っている。不思議な温もりが俺の身体を包んでいるような気がした。


「レーナ、これは魔法か? まだ残ってたのか?」


「うん、魔法。とびきりの魔法だよ。一生に一回しか使えないんだ」


「そりゃ、すごい。俺なんかのために。なんの魔法なんだ?」


「……内緒。きっといつか分かるよ」


「なんだよ……」


その光に包まれると段々と眠くなってきた。まるで温かな春の陽気に包まれて昼寝をする様に、母親の腕の中で眠る子供のように、戦場の中にいるにもかかわらず心地よい気持ちに包まれる。


「じゃあおやすみなさい。良い夢を見てね。またね、またいつか会えるといいね。ううん、きっと会える」


彼女の声を聞き終わる前に俺は意識を失った。視界は真っ暗になる。


いつの間にか。


長い眠りについていたのだ。





気がついたときには、俺は簡易ベッドで目を覚ました。辺りを見渡すと腕や脚を怪我した兵士達が包帯を巻かれて寝かされている。その軍服は連合軍のものだった。


「ここはどこだ?」


「目が覚めたか?」


近くにいた衛生兵が俺の存在に気がついたのか、声をかけてくる。


「ここは簡易病院さ、ノア伍長は敵の拠点近くで寝ているところを発見された。捕虜にでもなっていたのか?」


「ああ……俺は確かに捕虜になっていて……そうだ! ベルツ軍だ本当に攻撃はあったのか?」


「ああ、つい三日前な」


三日前だと。俺は三日間も寝ていたというのか。俺はその間死ぬことなく安全な状態で過ごすことができた。これがレーナにかけて貰った魔法の効果だったのだろうか?


「それにしても、あの程度の戦力で我々な歯向かいにくるなんて馬鹿な奴らだ。多少の損害は出たものの一瞬で全滅させたよ。戦車砲で木っ端微塵さ」


「全滅……」


ということは。きっとレーナも。


「あいつら、本当に孤立していたんだな。戦争が終わったことも知らずに攻撃を仕掛けてくるなんて」


「戦争は終わっている……?」


「ああ、とっくさ。一週間前には終わってる」


「なんてことだ……! レーナ。俺たちは戦わなくても良かったんだ」


まさか、俺とレーナが話していたときには戦争が終わっていたなんて。だったら彼女はなんのために戦っていたんだ。これじゃあ無駄に死んだだけじゃないか!


「レーナ。俺たち馬鹿みたいだよな。もう戦争は終わっていたんだぜ……」


なにが軍人だ。なにが伍長だ。レーナの本質はただの女の子だったのに。敵同士と理由を盾に救うことができなかった俺は本当にいくじなしだ。


悔しさのあまり、強くベッドを叩く俺。

衛生兵は面倒ごとは困ったとでも言いたげに肩をすくめると、どこかに去っていった。


それから俺はベルツ軍が全滅した場所でずっと死体漁りをした。レーナの姿はどこにもない。探しても探してどこにもなかった。


やがて、毎日死体漁りをする狂人として本国に強制的に送還されることとなった。

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