敵国の戦乙女と終戦④

拘束されたまま数キロほど歩かされた先には、ベルツ中隊の本拠地があった。


本拠地といっても簡素なもので、鬱蒼とした森のなかに迷彩色のテントがパラパラと張っているだけの光景。すれ違うベルツ兵達はみんなやつれていて、捕虜となった連合軍兵士の俺が珍しいのかギョロりとした目でこちらを見つめてくる。


「ひでぇ臭いだな……」


腕や足を無くした兵士が小汚いシーツの上に寝かされている。ピクリとも動いていない。もはや生きているのか死んでいるかも分からない。久しぶりに感じる戦場の臭いだった。


やがて兵士のひとりからテントに入るよう促され、両手を挙げながら入る。そこには、少佐の階級章を付けている男がのけぞるように椅子に座っていた。この中隊の指揮官かもしれない。


司令官らしき男はベルツ語でボソボソと話したかと思うと、顎でレーナになにかを指示した。


「ノア、ベルツ語の通訳は私がやるから。ここでは監視つきで過ごすことになるけど許してね」


「このお偉いさんは、情報を引き出したいのかもしれないけど。下っ端の俺が知ってることはそう多くないぜ」


「問題ないよ……聞かれたことに答えてくれればいいから」


レーナは気まずそうにこちらを覗き込んだが、目を合わせることはことはできなかった。




それからレーナの通訳のもと、少佐の取り調べを受けた。連合軍の本拠地の場所や立地、搭載戦力。諸々話すように促されたものの、全く別の部隊からはぐれただけの自分はなにも知らなかった。結局小一時間続いた取り調べを終えたベルツ軍幹部達は、心底ガッカリした表情を浮かべて俺を解放することになる。




夜。本拠地のはずれにあるテントの一つに入れられる。取り調べを終えてくたくただったが、その日は寝付くことができなかった。見張りの兵士は最初のうちはこちらの様子を伺っていたが、やがて眠りこけはじめた。


「くそっ。腹減ったな……」


そういえば昨日からなにも食べていない。はたしてベルツ軍は情報価値もない俺の処遇をどうするつもりなのか。もしかしたら、このまま放置して餓死させるかもしれない。


「今まで運良く生き残ってきたが……いよいよ終わりかもしれないな」


半ば諦めたようにその場でゴロリと倒れこむと、月光に照らされた華奢なシルエットが目に映る。レーナが手に銀色のプレートを持ってこちらにやってきていた。


「ノア、ごめんね。こんなものしかないけど」


レーナはプレートを俺の前に置く。その上にはひとかけらのパンと冷たそうな緑色のスープがあった。


「良かったら、食べて?」


「捕虜に配給する余裕あるのか?」


「気にしないで、大丈夫だよ」


「……そうか」


パンを頬張る。ベルツのパンは硬いとレーナから聞いていたが、その話は本当だったらしい。モソモソという感触が口の中に残り続けた。


「ノア……本当にごめんね。恨んでいるよね」


「恨んでなんかいないさ。ただ残念なだけさ」


「残念?」


「いや……すまん。残念っていうのは語弊があったな。俺自身の問題さ」


「ノア自身の……?」


「ああ。レーナと暮らしていたとき。ずっと恨みあって殺し合いをしていた敵同士でも、自然に話し合える日がくるはずだって。そういう未来を感じることができたんだ」


「ノア……私もそうだよ」


「でも、実際は。俺には抱えるものが増えすぎた。引き金を引いた手はとっくに血塗られてしまった。それなのに新しい未来なんて歩めるはずがない」


レーナは俺の目をじっと見つめている。草木の隙間から差し込む月光が彼女の瞳に映っていた。


「もしかしたら。ずっと俺はレーナと一緒に逃げ出したかったんだ。あの時間がずっと続くなんて信じていなかったけど。想い続ければもしかしたらって。だからこうやってお互い敵同士に戻ってしまったのが……残念だったのさ」


まるで告白される前に振られてしまったような気分だ。俺の中のレーナの存在が大きくなり過ぎていることが、口に出してはじめて自覚する。


「ノア。大丈夫。きっと戦争が終わったら。私とノアみたいにベルツ人もノドル人も。こうやって恨み合うこともなく話ができる日がきっとくる。ノアだって……」


彼女は突如言葉を打ち切り。わざとらしく思いついたかのように軍服のポケットからなにかを取り出した。


「レーナ。なにを言おうとしたんだ?」


「ううん、なんでもない。はいこれ、ノアにあげるよ」


「これはなんだ?」


「エーデルワイス。ベルツ軍ではねこの花を胸につけると『真の英雄』になれるっておまじないの意味があるんだよ」


俺の服に小さなエーデルワイスを差し込むレーナ。まるで彼女の美しさを象徴するような花だった。

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