敵国の戦少女と終戦③

さっきまで俺と会話していた軍曹は頭を吹き飛ばされ、首から下の身体だけになって倒れ込んだ。

なおも銃声は鳴り止まぬことはなく、弾丸が空を切る「ヒュン」という音が頭の近くで絶え間なく聴こえてくる。


「クソったれ!」


ドアに引っ掛かった軍曹の死体を蹴って退かし、ドアを閉め家の中に避難した。これで弾丸は防げる。しかし砲撃されたらひとたまりもないだろう。


俺は砲撃されたときの爆風に巻き込まれないよう、ベッドの下に身を隠そうとする。しかしそのときには既に銃声がおさまっていたのだった。


「いったい、どうしたんだ?」


周囲の状況も分からずそのまま動けないでいると、付近からベルツ語特有のくぐもった発音が聴こえてきた。なにかを指示するような声。なにを言っているかは検討もつかない。


「畜生、これまでか……」


半ば死を覚悟していたそのとき、ベルツ語の言葉に混じって「ノア」と叫ぶ女の声がした。レーナの声だった。


「ノア、そこにいるの……? お願いだから出てきて」


繰り返し叫び続けるレーナの声。俺はその声に従うべきか悩んだ。信じたくないけれど。もしレーナが俺を騙しているのならば、出てきた瞬間ベルツ兵に撃ち殺されてしまうだろう。


「ノア、もう一度話をさせてほしいの」


また声が聴こえる。

話をさせて。だと?

俺がいるかもしれない家にこれだけ機関銃をぶっ放しておいて? 怒りで頭がカッとなりそうだったがこのままベッドの下にい続けても仕方ない。一途の望みにかけるしかなかった。


「レーナか? 今出る。だから撃たないでくれ」


俺の声にベルツ兵だろうか。ガチャガチャという銃を構える音がする。恐る恐るベッドから出て部屋を見渡してみると、涙で頬を濡らしたレーナが俺の目の前に現れたのだった。


「ノア! 良かった、生きてたんだね」


「いっそ死んだ方が良かったかもしれないな……ベルツ軍と合流できたから俺を殺しにきたってわけか」


「ノア、違うの……」


そう言って、レーナは扉の外から様子を見ているベルツ兵になにか合図をした。どこかに行けと言ったのだろうか。兵士はそれに従い言葉を発することなくその場から去っていった。


「ノアを助けにきたんだよ」


「助けにきただと? この現状がか?」


あの後、ベルツの中隊と合流したレーナはここに俺がいることを伝えたらしい。本当は彼女だけで近づくはずだったが、付近に相当数の連合軍の兵士がいたからベルツ軍としても『討伐』を図るしかなかった。と。


「なんとかノアを仲間に加えてくれないかって……危険な目に合わせてごめんね」


「仲間だと? 捕虜の間違いじゃないのか?」


「それでも……この一帯はベルツ中隊が占拠している。見つかったらノアの命はなかった。それは時間の問題だったんだよ」


「俺もみくびられたものだな……そういうのは余計なお世話ってやつだ」


「ノアにどう思われてもいいよ。でもこうなったいま、私達についてきて欲しいの」


レーナの純粋すぎる眼差し。その純粋さは俺の心を縄で縛り上げるかのようだった。


「……大体、これ以上ベルツに合流してどうしろっていうんだ」


俺は吐き捨てるように言った。


「中隊って言っても。ほぼ残存部隊をかき集めたようなものだけど……反撃の手段は整えてる。付近に連合軍がいることも確認しているよ」


「そんなの無駄な抵抗さ。連合軍の師団がいるんだぞ? 総統だって死んだ。レーナは知らないかもしれないが、戦争は終わるんだ」


レーナは少しだけ動揺したように眉を潜めて一旦俯いたが、すぐに覚悟を決めたような顔をした。


「ノア、総統が亡くなっても関係ないよ。みんな口では総統万歳って言ってるけど。本当に戦っているのは別の理由。国にいる自分達の家族や友達を守るため。その為に戦ってる。今更自分だけの都合で戦いを終える訳にはいかない。みんなが闘ってるなら続けなきゃ行けないの」


「そんなに頭が堅いとは思わなかったよ。それならレーナ自身はなんで戦っているんだ?」


「私の家族はみんな戦争に巻き込まれて死んでしまった。だから家族の死を無駄にしないために戦いたい。それに、私の好きなベルツの音楽を守るためにも戦い続けないといけないと思ってるわ」


「敗戦国には音楽も残らない……かもしれないな」


レーナと俺の想いがそれぞれ溢れ出る。ずっと俺が目を向けようとしなかったニーナと敵同士であったという事実が、ここにきて雪崩のように襲いかかってくる。


「もう時間だよノア。大人しくついてきて」


「言われなくてもそうするさ」


レーナが合図すると扉の外から何人かのベルツ兵が入ってきた。俺は銃口を向けられたまま家から出る。


案内されるまま何歩か歩き出す。

ふと後ろを振り返ると、そこには銃弾で穴だらけになった、俺とレーナが過ごした家があった。その外壁には機関銃に倒れた名も無き。いや、名前があったはずの連合軍兵士達の死体が積まれている。


「ノア、やっぱり私を殺しておくべきだった。そう思ってる?」


「連合軍の兵士にこれだけの死者を出したのは俺のせいさ。殺しておくべきだった……と兵士の立場でなら言うだろうさ」


レーナはなにも答えなかった。

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