敵国の戦少女と終戦②

俺はベッドの下に身を隠し、毛布を被って隙間から様子を伺った。レーナが開けた扉の向こうには黒い戦闘服を見に纏ったベルツの兵士達の姿がある。


「くそっ……やはりな」


本物だ。おれがこの戦争でずっと殺し合いを繰り返してきた本物の敵兵の姿だった。


ベルツ兵は唐突に現れたレーナの姿にひどく慌てたようで、手に持っていたライフルの銃口を彼女に向けたが、レーナは慌てる様子もなく背筋を伸ばして言った。


「ジーク!ハイル!」


総統万歳という意味のベルツ式敬礼である。彼女の姿をしばらく見つめたあと、ベルツ兵はライフルを下ろしそれぞれ小さな声で「ジークハイル」と返答した。


そのまま彼女とベルツ兵はベルツ語でやり取りをしていたが、内容は全く聞き取ることはできない。言語が違うだけでレーナの声もその雰囲気もまるで違うように感じてしまうのだった。


レーナとベルツ兵は10分ほど立ち話をしたあと、姿を消した。俺はしばらく身を潜めていたがいつまで経ってもあたりは静かなまま動きがない。待ちくたびれた俺は、いつしか眠りについてしまう。この精神的タフさは戦場で培われたものだった。



やがて朝がやってくる。

鶏が口々に叫びだしたとき、俺はやっと目を覚ます。


「レーナは戻ってきてないのか……?」


俺はゆっくりとベッドの下から抜け出すと、警戒しながら辺りを見渡す。誰もいないようだ。彼女の姿が見えないかと一瞬期待をしてしまったが、もともと俺とレーナは敵同士なのだから、自らのいるべき場所に戻った。と考えればそれも自然なことだ。


「ふぅ……」


小さなため息をついたとき、腹が鳴った。俺は仕方なしに、食料を調達すべく倉庫に向かってベルツパンにそっくりらしい乾パンを一口かじる。最初は食べにくさを感じたけれど、もう慣れてしまっている自分に気がついた。


いつものように必要な分の食料を持ち、自分達が拠点にしている家に戻ろうとすると、家の前に数人の人影があるのに気がついた。


「軍服を着ている……連合軍か?」


どうやら数人の連合軍の兵士が、各々煙草を吸ったり、水分を補給しているようだった。リラックスしており笑顔で談笑などをしている。


俺が両手をあげながら近づくと、彼らは少し驚いた様子だったが、ライフルの先で自分が武器がないかを確認し終えると煙草を一本だけ差し出してきた。


「お前、民間人か?」


軍曹の階級章をつけた兵士が俺が加えた煙草に火を点けて行った。胸板が厚くいかにも職業軍人といった体格の男だった。


「いや、民間人ではございません。軍人であります。階級は伍長。第47歩兵師団に所属しているノアであります」


「軍人だと? なんでこんなとこにいるんだ?」


「軍用機で移動中に撃墜されたのであります。パラシュートで脱出したのですが、おそらく生還しているのは私だけで……やむなくこの村に滞在しておりました」


「事情は分かった。話は本部で聞かせて貰おう」


「本部……でありますか?」


「ああ、ここから10キロほど離れた場所に第16師団の本部がある。とりあえずはぐれた兵士が見つかったということを、無線で連絡を入れといてやるから」


なんだって……。俺とレーナはお互い戦線から離れた場所にいると思っていたが、いつの間にかこんなにも敵と味方が近くにいる環境になっていたとは……。


「軍曹! 一つご報告差し上げたいことが!」


「どうした? ノア伍長?」


「おそらく……この近くには敵がいます」


「なんだと!?」


軍曹は途端に険しい表情になった。近くにいた何人かの兵士も振り返ってこちらの状況を伺っている。


「そんな馬鹿な。こんな前線から離れた場所に敵がいるというのか。もう戦争も終わろうとしているのに」


「戦争が……終わる。それはどういう意味でありますか?」


「つい昨日。ベルツの総統が自殺を図ったんだよ、もう負けだと確信してもダラダラと戦争を続けたせいで首都も焼け野原だったが。やっとさ」


「戦争が……本当に」


「それより、敵が近くにいるという話をもう少し聞かせて貰おう。いま本部にも連絡を取る」


軍曹に手を引かれたそのときだった。


「パララッ」っと花火のような弾けた音が聞こえてきたかと思うと、その場にいた兵士の一人が胸を押さえて倒れた。



『パララッ! ダダダダダダッ!』



その光景を見届ける時間も無く、そのまま絶え間ない銃声が聞こえてきて、閃光のような光が次々と自分の身体を掠めていった。


「おい、伏せろ! 近くに身を隠せ! この音はベルツの軽機関銃だ!」


軍曹は俺の身体を掴み、建物の中に投げ入れる。振り返ったときには軍曹の頭は機関銃の弾によって弾け飛んでいた。

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