#11 AM1:20 小料理屋「えくぼ」


 仕事で落窪町へ来ると、必ずこの町の土地神に話しかけられる。若い男の姿に、緑の芋ジャージを着た彼から、今夜は、一緒に飲みに行かないかと誘われた。

 案内されたのは、小さな一戸建ての小料理屋だった。暖簾をくぐると、真っ先にレジ横にある一メートル以上の壺が目に入る。店内は、六席のカウンターのみで、若い割烹着で日本髪の似合う女将が一人だけいた。


「彼女も人間じゃないから、気兼ねなく」


 土地神はさらりとそう言って、女将は俺に対して一礼した。確かに、雰囲気は人間とのそれとは全く違うが、正体までは看破できなかった。

 一番出入り口に近い席に土地神、その隣に俺が腰掛けた。土地神は、熱燗とおでんを注文し、女将はナスの漬物をお通しに出した。


「で、今夜はどうだった?」


 漬物のナスを頬張りながら、土地神が尋ねてきた。俺は、酷いクマが居座る彼の目を睨む。


「お前、町の上で何が起きているのか全部把握してんのに、わざわざ訊くのか?」

「いいじゃない。コミュニケーションだよ」

「人身事故、銃殺、病死が一件ずつ」


 議論するのも面倒で、俺が担当した死を答えた。土地神は、ははーんとそれが初聞きのように感心している。

 ふと、仕事中に見た出来事について思い出し、熱燗を冷ますついでに話し始めた。


「そういや、二件目で銃殺していた女が、最後の病人の娘だったようで、看取りに来ていたな」

「ふうん。変わっているけれど、そんなこともあるよね」


 病室に現れた女は、その前と髪型や服装やメイクが異なり、まるで別人のような雰囲気を身にまとっていたため、同じ女優の全く別の映画を見ているようだった。

 土地神は気のない返事をしていたが、興味がないというよりも、周知の事実に食い付かなかったのだろう。自分で一人の命を奪った女は、どんな気持ちで父親の手を握っていたのか、町の上にいる有象無象の思考が分かる土地神に尋ねれば判明するのだが、野暮なので、このまま煙草の火を点ける。


「しかし、まさか普通の町で銃殺事件が起きるとはな。前々から密かに思ってたんだが、この町、結構物騒じゃないか?」

「まあ、それは否定できないけれど、今夜は良いこともいっぱい起きてたよ。虐待されていた女の子が、警察官に保護されたり、公園でいじめられそうになっていた子猫が、通りかかった青年に助けられたり」

「それは……事件が起きた前提じゃないか?」

「あと、女性の球体人形作家の作品が初めて売れたよ」

「反応しずらい」

「それから、フラれた男性が、高校の時の同級生と再会してたね。あれは、恋の予兆を感じたよ、僕は」


 うっとりと目を細める土地神だが、痴情のもつれによる事件も見てきた俺は、そう簡単に肯定は出来ない。


「そうは言っても、どうなるか分かんないだろ」

「でもさ、世界は死で満ちているというよりも、愛で満ちているといった方がよくない?」

「神様が軽々しくそう言ってもいいもんかね」

「神様だからこそ、言うんだよ」


 土地神がにやりと人相の悪い笑みを浮かべたところで、おでんがカンターに置かれた。

 「つぅちゃんありがとー」と女将に礼を言った土地神を横目に、俺は大根を二つに切った。





























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愛と呼べない夜を越えたい 夢月七海 @yumetuki-773

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