灰が小瓶に満ちるまで

星太

灰が小瓶に満ちるまで

「……ごめんなさい、私――」


 ミーンミーンミーン……

 ジージージー……


 2020年、夏。


 地元では有名な縁結び神社の前で、人生で初めての告白をした僕に、君は何かを言いかけた。

 

 が、その先は聞けなかった。僕が辛くて耳を塞いだからじゃない。


 君が続きを言う前に、煙のように消えたから。


……


 何故?

 理解できない。

 消えるなんて。

 理解できるはずがない……


 その後、僕は絶望して自殺した。君が突然消えた時のことは何度も思い返すが、僕がどうやって死んだかは全く覚えていない。


 君が消えたその日から、僕の全てはがらんどうだったから。


 死後の世界は、思っていたより何もなかった。ただ真っ白で、僕の頭に"声"だけが響く。


『……あの娘にもう一度会いたくば、世界を渡り灰を集めよ』


 その声はしわがれた老人のようであり、無邪気な幼子のようでもあり、穏やかな婦人のようでも威厳溢れる武人のようでもあった。つまり、万人が入り雑じったような声だ。


「灰?」


『今からお前は世界を渡る。その先々で、邪悪な存在に襲われるあの娘に似た女に会うだろう。その女を救い結ばれるたび、その小瓶に灰が溜まる』


 いつの間にか僕の手には、薬指ほどの大きさの小瓶が握られていた。中は空っぽだ。


『あの娘が消えたのは、お前に真実を語ることを躊躇ったからだ。いや、それはそもそもお前が聞くことを拒否したからとも言える。だが、その瓶が一杯になった時、あの娘は今度こそお前に真実を語るだろう』


 それは、生き返ると思っていいんだろうか。がらんどうの僕に希望の光が差す。幸い、瓶は小さい。


『私はほんの少しだけ、お前に力を与えよう。お前が心の底から一番望むこと以外なら、何でも叶う力を』


 ……使えない奴だ。


 そう思った瞬間、視界がブラックアウトした。


……


 目を覚ますと、僕は砂漠に倒れていた。


 立ち上がり、辺りを見回す。周囲には砂以外何もない。これじゃ、あまりさっきまでの白の世界と変わらないな。


 ただ一つ、ここが元いた世界ではないことは確かだった。空には5つもの太陽が輝き、地を焼いていたからだ。道理で暑い。


 僕はまず水を望んだ。すると目の前の宙に突然大きな水球が現れる。なるほど、何でも叶う力を与えるってのは本当らしい。


 してからはあっという間だった。


 僕は千里眼の力で君に似た女を見つけ、その場へ瞬間移動する。


 その女はピラミッドの地下深くで、見るからに邪悪な龍に捕らわれ、今にも喰われんとしていた。


 君と瓜二つだ。でも違う。何が違うかはわからないが、君じゃないことは確かだった。


 僕は万物を焼き尽くす灼熱の炎で邪龍を灰塵に帰すと、その女に告白した。


「……好きです。付き合ってください」


 その女は簡単に僕を受け入れた。それが命を救ったからなのか、僕の何でも叶える力のせいなのかはわからない。ただ、僕の心はちくりと痛んだ。


 その時、小瓶に灰が溜まり――


 ――僕は絶望した。


 その灰は、耳掻きの一匙ほどもなかったからだ。


 僕は一体、あと何回これを繰り返せば……


 そう思った瞬間、再び視界がブラックアウトし、僕は別の世界へと移る――


……


 それから999回、僕は世界を渡った。


 海の世界、森の世界、火の世界、空の世界……


 そのどれもで、君に似た女は邪悪な存在――それは暴虐の獣だったり、知性のない巨人だったり、島を喰らう海蛇だったりした――に襲われており、僕はそれを救った。


 そして僕は心に君を思い浮かべながら、君じゃない別の女に告白する。


 小瓶に灰が溜まる度、僕の心はガリガリと削れていくような気がした。


 僕は途中、何度も"声"を疑った。


 この瓶は、本当に一杯になるのか?


 一杯になったとして、本当に君に会えるのか?


 ……でも僕は結局、"声"の言う通り灰を集めるよりほかなかった。


 ぶら下げられた可能性に、しがみつくしかないのだ。


 何せ、僕には君以外何もない。


 天変地異を起こしたり、目映いばかりの金銀財宝を産み出したり……どんなすごい魔法が使えたって、満たされやしない。


 一番の望み以外何でも叶える力は、逆に僕が出来ないたった一つのことを浮き彫りにして、僕を苦しめる。


 正直、僕はもう僕でいられるのが不思議なくらい限界だった。


 でもその苦しみも、もうじき終わる。


 小瓶は、あと一匙の灰で満たされるからだ。


 次の世界で、また君に似た女に告白すれば、今度こそ……



……



 1000回目の世界は、元の世界によく似た世界だった。風景は2020年の日本そのものだ、ただ一つ、色がないことを除いて。


 全てが、灰色だった。


 空も、海も、森も、街を行く人々も。


 僕はいつものように千里眼で君に似た女を探す。嫌になるくらい繰り返した作業だ。


 その女は、僕が一番居てほしくない所にいた。


 そこは、地元では有名な縁結び神社だった。忘れもしない、僕が君に告白しようとして呼び出したあの場所――


 僕は嫌々そこに瞬間移動した。


 ミーンミーンミーン……

 ジージージー……


 塚森にセミの鳴き声が響く。2020年の夏、あの日あの時を繰り返すように。


 灰色の太陽が、この世界でただ一人色付いた僕の首の後ろをじりじりと焼いている。


 僕の目の前には、君に似た女が立っている。社の正面、お互いが手を伸ばせば届くその位置で向かい合って。


 これまでと違い、その女の何が君と違うのかは明白だった。


 色だ。その女は、周囲の世界と同じく全てが灰色で、他は何も君と違わない。


 君に瓜二つの女に、全く同じシチュエーション。この場で消えた君を想いながら、僕は君じゃない女に告白しなきゃいけないのか。



 ……これ以上僕の心をえぐるのはやめてくれ……



 でも、小瓶はあと一匙の灰で満たされる。僕は覚悟を決め、その灰色の女に告白しようとして――



 ――ふと、言葉を止めた。


 

 いつもと違う。


 今までは全て、女を危機に晒す何らかの邪悪な存在を倒してから、告白してきた。


 この世界で滅すべき、邪悪な存在とは……?



 ……



 ……


 

 ……お前だ。



 ――ズブリ……



 僕の手から伸びた万物を貫く漆黒の槍は、その矛先を自らに向け、僕の胴を穿つ。


 あの日君が消えたのは、僕の告白に答えようとしたからだ。僕こそが、この世界で滅すべき邪悪……


 さあ、後はいつもどおり……


「……がはっ、ごふっ……。好き、です……」


 僕は吐血しながら灰色の女に告白した。


 僕の胴から流れ出す血が、河のように地を這い灰色の女の足を濡らす。



 ――その時、小瓶に灰が満ちた。



 すると小瓶は甲高い音を立てて割れ、中の灰は風に舞い灰色の女に降りかかる。


 灰色の女は、血に濡れた足元から徐々に全身が色づいていき、そして――



 ――――君になった。



「あ……、



 あ……、あ……!



 ……好きです……!」



 そして君は真実を語り出す……



「……ごめんなさい、私……だったの」




 ……え?


 そこで僕は、死んだ。



……



……



『……全ての始まりは、夢だったのだ』


 またこの真っ白な世界か。


「何のことさ」


『あの娘が言った通りだ。お前が告白し、あの娘が消えた。その出来事は夢であり、あの娘は幻だった』


「……何だって?」


『お前はその真実を拒否し、夢からあの娘を消した。しかし、それが夢だろうが、お前が絶望したことは現実。お前は夢に見た幻を追い、死んだのだ』


「何だよそれ……僕、馬鹿みたいじゃないか……」


『……今一度、よく考えてみるといい。あの娘の言葉の真意を』


 ……?


 お前が今言ったとおりじゃないのか?


 君はまぼろしだった……


 まぼろし、だった……?


 ……!


「もう、幻じゃないのか!?」


『お前は、どこにも存在しないあの娘を求めて、混沌の海に浮かぶ夢幻世界を渡り歩いた。夢幻世界には、お前の絶望の象徴たる邪悪と、お前の希望の象徴たるあの娘の面影が映っていたのだ。


 お前は邪悪を倒し、面影に告白することで、自らの魂を削りあの娘の"もと"を溜めていたのだ。あの小瓶に』


「そしてついに、幻は現実となった――」


『その通り』


「ああ……良かった。


 僕が振られるのは構わなかったんだ。


 でも、君が消えるのは耐えられなかった。


 君が君でいられるのなら、僕はもう、――」



 僕が心の底からそう思ったとき。


 僕の"心の底から一番望むこと以外何でも叶える力"は、ほんの些細な奇跡を起こしてくれた――



……



……



……



 ミーンミーンミーン……

 ジージージー……


 2020年、夏。


 地元では有名な縁結び神社の前で、僕はこれから君に告白をする。練習はバッチリだ。


 今度はもう、君が消えることはないはずだ。


 でも、もし。


 また君が消えるのなら。


 僕は何度でも君に告白する――




      ――灰が小瓶に満ちるまで。

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