第十二章 卒業式

○中学校・中庭

スーツ姿の水野と生徒たちが憲法第9条のオブジェクトの前に集まっている。

水野、必死にオブジェクトの文字を読んでいる。

その後ろでニヤニヤ笑う生徒たち。

水野「あれ、あれ、あれれー!」

滝川「どないやー! これが真の憲法第9条や。日本もこれで安泰やな」

水野「いや、お前、こ、国防軍って。それに、後、あれが無くなってる、あれ」

滝川「どれ?」

水野「『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』っていうのは、どこいってん?」

滝川「最高法規に嘘は、あかんやろ!」

水野「何で、嘘やねん」

滝川「貴様は、戦闘機やら駆逐艦を、どう思ってるねん。旅客機とか豪華客船とでも言逃れするつもりか?」

水野「そうは、言わんけど」

滝川「ほーら、見ろ。今まで、戦力を持ってるのに持ってないって書いてたんこと自体がおかしいんや」

水野「え? あ……ま、まぁ、せやな」

竹村、嬉しそうに意気揚々とこちらに向かって来る。

竹村「おおー! 立派なんできてるがな(生徒たちに)ようやった!」

礼儀正しく深々と竹村にお辞儀する生徒たち。

竹村、嬉しそうに何度も頷く。

竹村「よっしゃ、読んでみるで」

水野、オブジェクトの前に立ちはだかり、

水野「あ、先生、もうじき式ですし、後でゆっくりと」

竹村、時計を見る。

竹村「水野先生、まだ充分、時間はありますよ。勿体ぶらんと見せてくださいよ」

と、水野を押し退ける。

竹村、右端から堪能するように一文字、一文字読む。

竹村「彫り込むと、また、いい味出すなぁ」

滝川「ありがとうございます!」

竹村「ん?」

水野、手を叩き、

水野「よっしゃー、みんな、一回、教室に戻ろうか。じゃあ、竹村先生後ほど」

と、竹村に一礼して生徒たちを校舎に追い立てる。

先を読み進める竹村、次第に憤りで肩が震える。

撤退し始める生徒たち。

竹村、振り返り、

竹村「滝川! ちょっと来い!」

水野「先生、そろそろ保護者の方も来られますので。また後で」

滝川、水野を押し退け、

滝川「はい、何すか?」

竹村「貴様という奴は、神聖な平和憲法を何と心得る」

と、滝川の胸ぐらを掴む。

滝川、怯む様子もなく、ほくそ笑む。

滝川「平和憲法と仰いますが、現行憲法で平和を維持する事は不可能です。現実的に北朝鮮は日本に向けてミサイルを発射しました。武器を持つ相手から我が国を守るのに、自衛隊に丸腰で臨めと仰ってるんですか?」

竹村「憲法九条さえ改正されんかったら、どっこも攻めてこん」

滝川「逆です。その憲法九条が我が国を脅かしてるんです。憲法九条のせいで我が国が、手も足も出せんことを知ってるから、中国もロシアも日本の領土、領海で好き放題するんです。このままでは、北朝鮮の拉致被害者を救うチャンスが訪れても自衛隊は動くこともできません」

水野、二人の間に割って入り、

水野「(竹村に)うちのクラスの子に最後の挨拶したいんで、これぐらいにしてもらえませんか(滝川に)教室に戻り(他の生徒たちに)みんなも、早く教室に戻れー」

意気消沈した生徒たちトボトボと校舎に戻る。

竹村「おい、滝川、将来は、お前も人殺しの訓練するんか! 親も親やったら子も子やなぁ」

--------------------------------------------------------------------

参考資料:

・産経新聞

「陸上自衛隊は人殺しの訓練」共産党、奈良への駐屯地誘致反対チラシに記載

・ビジネスマン育成塾/

共産党「自衛隊は人殺しだ」…この発言の異様さ!

--------------------------------------------------------------------

滝川、竹村の方に猛突進する。

慌てて後を追いかける男子生徒たち。

水野、間一髪の所で滝川の前に立ちはだかって食い止める。

水野「(小声で)今日はお前にとっても、お前のご両親にとっても晴れの日や」

滝川、怒りが収まらず竹村に掴みかかろうとしている。それを後ろから必死で食い止める男子生徒たち。

水野「(小声で)滝川、今日を乗り越えられたら、お前もお父さんと同じ強い人間になれる。あんなおっさんらの天下なんか、あと僅かや。お前は立派な意見持ってるねんから、あんな奴、相手にするな」

舞、竹村の方に勢いよく歩み寄り、

舞「先生は卑怯です!」

竹村「ひ、卑怯?」

舞「先生のは、議論と全く関係のない誹謗中傷です! 反論が難しいから誹謗中傷に走るのは卑怯と言います! 滝川と滝川が最も尊敬するお父さんに対して、とんでもない言葉で、たった今、罵倒しました。これを卑怯と呼ばずに何と呼ぶんですか」

竹村「関係ないことない!」

舞「関係ありません! 左翼の人たちは自分が議論で負けが混むと、必ず議論から脱線します。テレビ番組ならまだしも、血税を使った国会の審議中でも平気で脱線して税金の無駄遣いをしています。先生は、もっと酷い。脱線するだけでなく、我が子同然の生徒に対してあの物言いは戦犯ものでしょ」

竹村「せ、戦犯?」

舞「だって滝川は根拠をもって冷静に意見しているのに、先生は何の根拠も示さず神聖だ、平和憲法だ、人殺しだと、こちらが恥ずかしくなるほど稚拙でした。還暦前のおっさんが遣う言葉ではありません。五、六歳の子供が、持てるだけの言葉を必死にぶつけてる様にしか聞こえませんでした。正直、気味悪いです」

竹村「い、いや、しかしな」

舞「だまらっしゃい! 九条が平和を守ってる? 言葉だけで平和を維持できるほど、国際社会は甘くありません!」

水野「もう、それぐらいに」

舞「だまらっしゃい! だまらっしゃい! だまらっしゃーい! (竹村に)先生の行動の方が余程、私達の平和を乱しています。先生は滝川の胸ぐらを掴んだり、滝川や滝川のお父さんに対して薄汚い言葉で罵ったりして、非常に暴力的です。言葉と行動が矛盾しています。私はそんな先生の言葉に何の重みも共感も感じません。以上!」

竹村は勿論のこと、滝川、水野、男子生徒たち、戻ってきた生徒たち、共にポカンと口を開けて舞を眺めている。

舞、生徒たちの方に向いて、手を叩き、

舞「はい! 教室に戻りまっせー!」

生徒たち「お、おー」

と、首を傾げながら校舎に向かう。

舞「駆け足! おっさんのせいで、最後の貴重な時間食い潰されてもた」

生徒たち「おおー」

と、駆け出す生徒たち。

舞、滝川の背中を叩き、

舞「戦いは始まったばっかりや。私がもっと大勢の前で、あの、おっさんを叩きのめしたる。あんたは、我が家の窮地を救ってくれた恩人や」

と、ニヤリと笑って駆け出す。

滝川「え?」

水野「ハハハ、女の子は勇ましいなぁ」

滝川「お、おう」

と、はにかんで笑う。

水野「惚れたか?」

滝川「アホか」

と、水野を突き飛ばし校舎に全速力で走り出す。

水野「痛っ! 何でやねん!!」

竹村「あーあ、この国も終わりやなぁ。あんた、生徒らに何を教えてきてんや」

水野「僕は数学以外、教えてませんよ。彼らは自分の力で事実を突き止めて、未来への道筋を探し当てたんだと思います。僕は彼らが作る未来が楽しみです」

男子生徒A「先生、早く!」

水野「おう」

と、手を上げると校舎に向かって走っていく。

竹村「チッ」

と、悔しそうに水野と生徒たちの後ろ姿を睨む。


○中学校・教室

生徒たち、最後の談笑を楽しむ。

滝川と舞、答辞の原稿見ながら打合せする。

舞「あのおっさんを挑発できるのって何やろ?」

滝川「いろいろあるやろ。天皇陛下、憲法改正、教育勅語、君が代……」

舞「君が代、最初に歌うし、もう一回壇上で歌うんもなぁ」

滝川「あと、天皇陛下を、こんなことで、引き合いに出すのも無礼やし」

舞「教育何とかって何?」

滝川「我が国の美しい道徳観念を凝縮した明治天皇からの贈り物や……父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」

舞「え、え、え?」

滝川「父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦び合い、朋友互に信義を以って交わり、(文部省訳)。要は日本古来の道徳観念を凝縮して言葉にしたためてんや」

舞「当たり前のことを、何でわざわざ」

滝川「明治時代、一気に西洋文化が流れ込んで、日本中が西洋フィーバーで浮かれ倒して自国の文化を疎かにしててんや。その様子を心配された明治天皇が時の総理大臣に依頼して教育勅語を作らせた」

舞「へー」


○同・体育館

舞台壇上正面左に掲揚される日章旗。

君が代を歌う卒業式の参加者たち。

保護者席に珠代、睦美、由美の姿もある。

竹村を始め一部の教職員、口を開くも歌わない。

教員の口元を見て回る教頭、困惑の表情。

×   ×   ×

舞、壇上で挨拶する。

舞「皆様方のご活躍をお祈りしつつ、御礼の言葉とさせて戴きます。最後に明治天皇からの贈り物『教育勅語』を唱和し、締め括りの言葉とさせていただきます」

一部の教職員、どよめく。

舞「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」

竹村、立ち上がり、

竹村「やめろ、小林! お前は中学最後の日を台無しにする気か! 戦争を美化する様な軍国主義の教育勅語なんか取り上げやがって」

舞、演台を叩き、

舞「先生! 天皇陛下の悪口を言わないでください。先生、国旗に背を向けないでください。先生、自衛隊に敬意を払ってください。先生、君が代を一緒に歌ってください。そして先生、一緒にこの美しい日本の国を愛してください」

舞、全員の方を向き直り、

舞「教育勅語がお嫌いな方もいらっしゃるようですので、続きは皆さんで調べてください。最も美しい国語、世界中で愛されている国語です。本日は素晴らしい卒業式を誠にありがとうございました」

舞、一礼して壇上を降りる。

場内、シンと静まり返る。

睦、立ち上がりスタンディングオベーション。

睦「舞! よう言うたー!」

慌てて珠代と由実が睦の服を引っ張る。

珠代「(小声で)やめんかいな、恥ずかしい」

他の保護者たちもパラパラ立ち上がりスタンディングオベーション。

舞、水野に促され壇上に立って照れくさそうに一礼する。

更に大きな拍手が沸き起こる。

×   ×   ×

司会「卒業生、起立。『仰げば尊し』斉唱」

日野、ピアノの椅子に座り『仰げば尊し』の伴奏を演奏する。


○同・中庭

体育館から流れる『仰げば尊し』の合唱。

柔らかな日差しに包まれる新憲法第九条のオブジェクト。


【完】


© 黒猫 2012-2020

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令和二年版  卒業 〜映画「ミッドウェイ」が語らなかったもう一つの事実〜 黒猫 @kuroneko021128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ