第十一章 大東亜戦争

○舞の自宅・居間(夕方)

スーツケースに荷物を詰める睦。

学校帰りの舞、部屋に入ってくる。

舞「ただいま」

睦「あ、舞、今日、お婆ちゃんの家に行ってな。もう電話してるから」

舞「出張?」

睦「うん、明日、朝から広島で入学説明会あるから、夜の内に新幹線で移動しとこうと思って」

舞「明日、土曜やで」

睦「社会人向けやねん」

舞「ほんじゃ、今日、時間ないな」

睦「何?」

舞「空襲の体験記、読み終わったから、教えてもらおうかと思ってんけど」

睦、置き時計に目をやる。

時計の針は16時を示す。

睦「いいよ、新幹線の時間変更したらいいだけやし」


○小林宅・珠代の部屋(夕方)

舞、曾祖父母の遺影の前で正座して手を合わせる。

部屋を覗く珠代と由美。

舞、珠代と由美の間を抜けて自分の部屋に向かう。

由美「舞ちゃん、もうじきご飯やで」

舞「ごめん、明日食べる。冷蔵庫に入れといて」

由美「明日って。ちゃんと食べんと」

舞、部屋の扉を閉める。

珠代と由美、怪訝な表情で顔を見合わせる。


○同・舞の部屋(夜)

舞、机に突っ伏して眠る。

肩に半纏がかけられている。

舞、大東亜戦争の夢を見ている。

×   ×   ×

昭和初期の長屋。

喜一郎と舞が向かい合って正座している。

喜一郎「珠代、お母さんの言うことちゃんと聞いて、お手伝いしぃや」

舞、ぼんやり喜一郎の顔を見る。

舞(M)「私が珠代……ということは私がお婆ちゃん? この人は遺影の曾お爺ちゃん?」

喜一郎、舞の膝を軽く叩く。

喜一郎「珠代、聞いてるんか?」

舞「はい」

喜一郎「お姉ちゃんやねんから、弟や妹の面倒も、ちゃんと見なあかんねんで」

舞「はい!」

×   ×   ×

戦時下の街。

広場で出征兵士を見送る町内の人々、日章旗を振って叫ぶ。

町内の人々「出征、万歳、万歳!」

台の上に立つ喜一郎、敬礼している。

お腹の大きい志津と、その横に舞、君代、祥太郎も町内の人々に混じって同様に見送る。

×   ×   ×

戦地。銃撃戦の最中。

散兵壕(さんぺいごう)に身を隠す喜一郎、滝川。一様に緊迫した面持ち。

僅かに銃撃がやむ。

喜一郎と滝川、顔を見合わせる。

喜一郎・滝川「今生の別れ」

喜一郎と滝川、銃を持ち上げ散兵壕を飛び出すと、敵陣に走り込む。

飛び交う弾丸。

喜一郎が、滝川が、口々に叫びながら命を散らす。

喜一郎・滝川「天皇陛下万歳! 大日本帝国万歳!」

軍服姿の舞、血まみれの喜一郎と滝川の骸(むくろ)を見下ろす。

舞「(前方の敵を見据え)天皇陛下万歳! 大日本帝国万歳!」

舞、銃を構えて敵陣に向かって走り込む。

×   ×   ×

長屋。

志津、虚ろな目でお骨箱を抱える。

神妙な面持ちの舞と君代と祥太郎がその前に座る。

布団ですやすや眠る幸代。

志津「お父様は名誉の戦死を遂げられました」

お骨箱を持つ志津の手が震える。

舞、君代、祥太郎、俯いて涙を堪える。

志津、仏壇にお骨箱を置き、

志津「珠ちゃん、お母さん、ちょっと具合悪いから先寝るわ。(珠代以外に)みんな、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞いて、いい子にしてるんやで」

志津、隣室に入り障子を閉める。

布団を被って泣いているのか、時折、すすり泣く声が聞こえる。

微かに聞こえる志津の泣き声につられて、正座した君代、祥太郎も俯いて涙を流す。その横であどけない寝顔で眠る幸代。

舞、幸代の寝顔を見ながら、

舞「名誉の戦死……天皇陛下万歳。大日本帝国万歳」

舞の頬に一筋の涙が伝う。

×   ×   ×

町内、夜半。

空襲警報が鳴り響く。

B29からバラバラ投下される焼夷弾。

家や建物に着弾するとシャーッという音と共に火が一面に広がり、炎がメラメラ燃え上がる。

あちらこちらの家屋にも火が付き、一帯が火の海となる。

警防団や町内の人々、手に手にバケツを受け渡して水を撒くが消火が追いつかない。

家屋が崩れ落ちる。

防火していた人々、熱さに耐えきれず散り散りに逃げてゆく。

志津、背にしっかりと幸代を巻き付けて、もう片方の手で祥太郎の手を握る。

志津の目の前に防空頭巾を被った舞と君代がしっかり手をつないで立っている。

志津「珠ちゃん、喜美ちゃん、お母さんの後、しっかりついて来るんやで」

頷く舞と君代。

志津「もしお母さん、見失っても、八中、目指しや。お母さん、探したらいかんで。お母さんも、そこで待ってるからな」

不安そうに頷く舞と君代。

×   ×   ×

薄暗い防空壕。

外の爆発音、悲鳴、サイレンなどの音が響き渡る。

舞と君代、不安げにしっかり手をつないで座る。煤で顔が黒くなっている。

その隣に日野が座り、その母親らしき老女が横たわる。

舞「ここ、何で、おばちゃんらだけなん?」

日野「ここは危ない言うて、みんな別の防空壕に逃げてもうた」

舞と君代の表情が曇る。

日野「あんたらも、他、当たった方がええわ」

舞「おばちゃんらは、どうするん?」

日野「おばちゃん、病人と一緒やし。もう、これ以上、逃げれんから、ここで死ぬわ」

舞と君代、しょんぼり俯く。

日野「あんたら、お母さんは?」

舞「はぐれた」

君代、ぐずつく。

舞、君代の背中をさすって慰める。

舞「八中に行ったら、お母さんにちゃんと会えるからな」

君代、ヒクヒク言いながら頷く。

近くで爆弾が炸裂し、壕が揺れる。

怯える一同。

誰も話せず、歯を食いしばって空襲の止むのを待つ。その間、何度も爆弾の炸裂音がし、壕が揺れる。

外が静かになる。

日野「空襲やんだんかなぁ」

舞と君代、嬉々として外に出ようとする。

日野、二人を制し、

日野「ちょっと待ち、危ないから。おばちゃんが先、覗いたるさかいに」

日野、防空壕から用心深く顔を出して外の様子を眺める。

日野「……もう、大阪も終わりや」

と、防空壕から外に出る。

続いて舞と君代も外に出る。

夜の闇に切れ目なく盛りを過ぎた炎が紅に浮かび上がる。

辺り一帯の建物は跡形なく消えてしまい、そこかしこの電線がだらしなく垂れ下がっている。そして遥か彼方先まで、平らな土地が続く。

焼け野原と化した大阪の街を呆然と眺める舞、君代、日野の後ろ姿。

×   ×   ×

避難所の第八中学校、校庭。

避難者でごった返す。

舞と君代、志津を探す。二人とも煤で顔が黒くなっている。

舞・君代「お母さーん、お母さーん!」

二人とわずかに離れた所で、志津、舞と君代を捜して辺りをキョロキョロ見回している。

志津もまた煤で顔が黒くなっている。手を繋いだ祥太郎と負ぶってる幸代も煤で顔が黒い。

志津「珠ちゃん! 君ちゃん!」

舞と君代、志津の声に反応し振り向く。

志津、舞と君代の姿を確認すると笑顔で手を振る。

舞と君代、全力で志津の元に駆け寄る。

志津、舞、君代、微笑み合う。

志津「祥ちゃんも、さっちゃんも無事やで」

手を繋いだ祥太郎と負ぶっている幸代を二人に見せる。

微笑む舞と君代。

志津、手ぬぐいを取り出し、舞と君代の顔を拭ってやる。

志津「よう頑張った。よう頑張った」

舞と君代、志津に抱きつくと、堪えていた涙がポロポロ溢れ出る。

志津、幸せそうな笑みを浮かべて舞と君代を抱き締める。

×   ×   ×

第八中学校、教室。

志津、子供たちを連れて中に入る。

乳飲み子を負ぶっている由美。

志津、由美に近づき、

由美「奥さん、無事やってんな」

由美、虚ろな目で志津を見る。

由美「へえ」

志津、乳飲み子の頭を撫でる。

志津「あんたも、よう頑張ったなぁ」

由美「死んでますねん」

志津「え?」

由美「この子、死んでますねん」

と、乳飲み子を志津に見せる。

志津、乳飲み子の背中をさする。

志津「……そうですか、そうですか」

×   ×   ×

廃墟と化した町内。

志津と子供達、とぼとぼ歩く。

前方から水野、疲れ果てた様子で歩いてくる。

水野「ああ、小林さん、ご無事でしたか」

志津「団長さんもご無事で。ご家族の皆さんは?」

水野「妻も息子も無事なんですけど、親父が」

と、手に持ったハトロン紙の封筒を見せる。

志津と子供達、不思議そうに封筒を眺める。

水野「死体が多すぎて、一体一体焼いてられんからって、何体もまとめて焼かれて……(俯いて涙を堪えながら)役所の人がスプーン一杯分の遺灰を、この封筒に」

志津、封筒に手を合わせる。

子供達も続いて封筒に手を合わせる。

×   ×   ×

十三、淀川付近。日中。

機銃掃射が低空飛行し、人々を狙い撃ちする。

逃げ惑う人々。

撃たれて怪我した人々がそこいらに呻きながら転がる。

舞と君代、手をつないで逃げ惑い、命からがら橋の下に逃げ込む。

恐怖に顔を引きつらせる舞と君代。

×   ×   ×

国鉄 京橋駅、日中。

B29、飛来する。

電車、線路の上で停止する。

降ろされた乗客、高架下に逃げ込む。

B29、無数の焼夷弾を投下する。

崩れ落ちる駅の高架。人々の悲鳴が轟く。

駅周辺を逃げ惑う人々。

そこかしこに血まみれの怪我人や遺体が転がる。

焼け焦げた新聞の切れ端が熱風に舞う。

切れ端の印字された文字が見え隠れする。

『昭和二十年八月十四日』

×   ×   ×

第八中学校、校庭。

朝礼台に置かれたラジオから流れる玉音放送。

玉音放送「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」

校庭に集まった人々がラジオの前で正座し、みな天皇陛下のお言葉に涙する。

その中に幸代を負ぶった志津、舞、君代、祥太郎の姿もある。

彼らも、また悔しそうに俯いて涙する。

×   ×   ×

バラック小屋。

顔色の悪い志津、配給された僅かな米と芋を調理して、四人の子供らに与える。

舞、自分の分を半分残し、

舞「お母さん、食べて」

志津「お母さんは、ええねん」

舞「でも、お母さん、殆ど食べてないやん」

志津「大人はちょっとでも大丈夫やねん。あんたが食べなさい」

舞「お母さん!」

志津「お母さん、工場に行ってくるから、みんなの事、頼んだで」

と、立ち上がると同時によろめく。

舞、志津に手を貸す。

志津「大丈夫やから」

と、微笑みヨロヨロと表に出て行く。

×   ×   ×

食品工場。

大きな鍋の中でグツグツ煮込まれる磯のり。

大人の工員に混じって作業をする舞。

女子工員A「珠ちゃん、お母さんの具合どないなん」

舞「寝込んだまんま」

女子工員A「(小声で)弁当箱、持っといで」

と、磯のりの鍋を指差す。

女子工員A「お母さん、ちょっとは元気になるわ(口に人差し指を当て)工場長さんに内緒やで」

舞、微笑んでこっそり持ち場を離れようとすると、血相を変えて走り込んで来た君代とぶつかる。

舞「君ちゃん、こんな所で走ったら危ないやん。怪我するで」

君代「お姉ちゃん! お母さん、お母さんが」

×   ×   ×

バラック小屋。

横たわる志津の横に医者と祥太郎と幸代が座る。

医者、険しい表情で志津の診断をする。

舞と君代、息を切らして志津の枕元に座る。

志津「珠ちゃん、君ちゃん、みんなのこと頼んだで。ほんまに、堪忍な。もっと、みんなと一緒にいてたかったのに」

舞(M)「嫌や、お母さん。私も、もっとお母さんと一緒にいたい……あれ? 声が」

君代、祥太郎、幸代、泣きじゃくる。

志津「姉弟仲良く力合わせて、一生懸命生きてな。お父さんと二人で見守ってるからな」

舞、慌てながら弁当箱を開けて志津に磯のりを見せる。

志津、微笑み、

志津「大収穫やな。日本もこれから、ようなっていくわ。そしたら、もっといろんな美味しいもん手に入るようになるで」

舞、声が出ず口をパクパクしながら志津の手を取り首を横に振る

志津「ひもじい思いばっかりさして堪忍やで、ほんまに……ほんまに堪忍な」

と、力尽きて目を閉じる。

君代「お母さん、死なんといて!」

舞、必死で声を出そうと口を開くものの声が出ない。

医者、志津の脈を取り、残念そうに首を横に振る。

大声で泣く君代、祥太郎、幸代。

舞、目を見開き志津の亡骸を見る。涙がポロポロ目からこぼれ落ちるものの、声が出ず口だけパクパクさせる。

舞(M)「お母さん……」

×   ×   ×

現在の舞、苦しそうに口をパクパクしている。

舞「(大声で)お母さんも一緒に一緒に美味しいもん食べようやー!」


○小林宅・ベランダ(朝)

舞の声に驚き、手に持ったメダカの餌を水槽の中に落とす珠代。

水面を隠すようにプカプカ浮いている大量の餌。

悲しそうに、その水面を眺める珠代。

メダカ、我先にと大量の餌に集る。


○同・洗面所

修一、舞の声に驚いて歯磨き粉を壁にぶちまける。

悲しそうに壁を眺める修一。


○同・居間

由美、舞の声に驚いて仕分けていた結婚式の写真をそこいらにばらまく。

散らばる写真を悲しそうに眺める由美。


○再び舞の部屋

珠代、由美、修一、部屋に入る。

由美「どないしたん、舞ちゃん」

舞、悲壮な顔でキョロキョロする。

珠代「大丈夫か?」

舞、珠代の顔を確認するとポロポロ大粒の涙を流す。

舞「声、出た」

珠代「それが、どないしたん?」

舞「やっと、声出てん」

と、珠代に抱きついて泣き出す。

舞「お婆ちゃん、いっつも、ごめーん」

珠代、首を傾げながら舞の背中をさする。

修一「そんなん遠慮せんと、早よ言うてくれたら良かったのに」

舞「え? 何が?」

修一「よっしゃ、今日は、みんなでうまいもん食いに行こー!」

由美「ハイハイ! 私、フレンチー」

珠代「お母さん、お寿司ー」

修一「あんたらに聞いてない! 舞ちゃんに聞いてるんや。何する? 舞ちゃん」

舞「ああ、私? えーっと……」

由実「むっちゃんにも、メールしとくな……って、そうや、出張やった」

修一「あいつは、ええ、ええ」

由美「そんなん言うてたら、また、怒られるで」

舞「あ、明日のお昼、帰って来るで」

由実「じゃあ、明日の夜にしようか」

と、スマホを操作する。

珠代「そうや! メダカの餌」

由美「どうしたん?」

珠代「舞ちゃんのせいで、メダカの餌、全部水槽に落としてもうたやん。また買いに行かなあかんやーん」

舞「私のせい?」

修一「食い過ぎて、金魚になるんちゃうか」

由美「え! その次は……鯛?」

舞「ほっといたら、刺身食べれるやん」

修一「しかし、あの水槽じゃ小さいやろ」

珠代「なるかいな!」

由美「突然変異っていうこともあるし」

珠代「え……そんなん聞いたことないで。メダカは、メダカちゃうのん」

秀一「確か歌にもあったで、火の無いところに、煙は立たぬって言うやろ」

珠代「ええ?」

由美「目の小さい網やったら、餌回収できるんちゃう」

修一「急がな、おかん。えらい、こっちゃ、えらい、こっちゃ!」  

珠代「ただ水槽の水汚れるだけやがな」

修一「糞しすぎて」

珠代「餌が散らかってや! 食べたい分、食べたら置いときよるがな」

由美「大丈夫、大丈夫! お義母さん、後は私らに任せといて。えらい、こっちゃ、えらい、こっちゃ! あ、お義母さん、これ」

と、無造作に持った写真を預ける。

修一と由美、駆け足で部屋を出る。

珠代「(扉の外に向かって)あんたら、全然、話、聞いてないやないのん! メダカまで掬わんといてやー!」

と、手に持った写真を見る。

大欠伸する舞。

珠代「舞ちゃん、休みやからって、いつまでも寝てたらあかんで。ほら、これ」

と、舞に写真を渡して部屋を出る。

舞、写真を眺めて微笑む。

写真には新郎新婦を中心に、めかしこんだ親族一同が段上に並んで写っている。

舞、写真を指差しながら、

舞「珠ちゃん、君ちゃん、祥ちゃん、さっちゃん、そして、その子供たち、その孫たち」

○同・珠代の部屋(朝)

舞、曾祖父母の遺影の前で手を合わせる。

遺影の前に結婚式の写真が供えられている。

舞(M)「曾お爺ちゃん、曾お婆ちゃん、命を繋いでくれてありがとう。そして、あなたたちは、私たち家族の誇りです」


© 黒猫 2012-2020

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る