1話 異世界デビューはお暇な時に-3

「いかにも、儂が魔王......ヒポポタマスじゃ」



 ......は?


 声には出さなかったけど、僕の頭の中には視覚から伝わってくる格好いいおじ様と、


 ......可愛らしい、デフォルメされたお菓子のパッケージのカバが、むしゃむしゃと餌を食べている様子がほわんほわんとせめぎ合っている。ああもう、訳分からん。



「お兄ちゃんも遂に異世界デビューしちゃったか〜!!そっかそっかぁ〜!!」


「零から話だけはいつも聞いていたのだが、話通りクールで賢そうな子じゃ」



 魅登里とヒポポタマスが地味に意気投合しつつ僕の方を見て、何やら満足そうににまにまと笑っているのだから何でか腹が立つ。


 そんな2人にややイライラとしている僕の隣で、クロケルがふぅ......と小さくため息をついた音が耳に届いた。


 見れば、クロケルは頬を赤くして少しふらついているヒポポタマスの方を見ながら、疲れたような、不機嫌そうな表情を浮かべている。......さっきから思ってるんだけど、この人、どっちなんだろう......



「魔王、今日は何本飲んだの?棚のは5本くらい減ってたけど、まさか全部開けた訳じゃないよね?開けたんなら飲みすぎ」


「まぁまぁそんな小言を言わずに、クロケルも儂らと飲もうぞ〜」


「零はもうお家に帰るんだから、駄目だよ。お開きにして」


「嫁と料理の趣味が合わなくて不機嫌な姑みたいなこと言ってないで、ほらほら〜」



 うわ、嫌な例え......しかし、そんな嫌な例えにも顔色1つ変えずに......



「......」



 ......いや、元々不機嫌そうだった。だから何か嫌な人に例えられても顔色1つ変えないのか。


 ピポポタマスの嫌な例えにも動じないクロケルは、状況を整理できなくて立ち尽くす僕に気づいて、



「はいはい、そうだね〜......あ、怜くん、うちのバカ魔王がすみません......」



 ピポポタマスをさらっといなしながら僕の方に笑いかけて、謝ってきた。



「いえ、お気になさらず」



 そんな、謝るのはむしろ僕(厳密に言えば僕の父)の方だと思ったので、すぐにそう返しておく。



「んもー、うちの酔っ払いが本当に......」


「それを言うなら僕の父こそ......」


「お酒が好きで、多分今日も零......あ、怜くんのお父様と意気投合して、飲みすぎちゃったみたいで......」


「うちの父はそういう所で節操無しで......本当に、ごめん」


「気にしなくていいですよ。自分は、こんな見た目だからこういう事にもよく巻き込まれるし、慣れてるので......」


「いや、それでもー......ごめん」


「別に構わないですから」



 ......お互いに知り合いが迷惑を掛け合って、その知り合い(父とピポポタマス)は仲良しでも、僕とクロケルは今日初めて会った。


 友達の友達の友達ぐらい接点があるようでない者同士の対面。当然、僕とクロケルの間に流れている空気は......



「......」


「......」



 とてつもなく、気まずい空気だ。



「「............」」



 ......何か言いたいけど、言うことが"今日天気いいね"とか"君綺麗だね"みたいなしょうもなくて長続きしなさそうなことしかなくない。


 そうなってきた頃に、



「......あの、えっと......」



 クロケルが、ふいと口を開いた。



「怜くんって、19歳なんですよね?」


「まあ......うん」


「......異世界こっちの世界、楽しいですか?」


「え、あー......」



 そして、唐突にそう訊ねられて、すぐにぱっと答えられなかった。


 ......少なからず異世界にいい印象を持ってなくて、その上、望まぬ形で異世界に来て、酔っ払って現地人の服をひっぺがそうとしてる父になんか自信ありげでドヤる妹を目撃。


 おまけに、現地で会った人(とは言ってもまだ3人しかいない)は、明るくて決して悪い人ではなさそうだけど、僕とは何となく馬が合わなくて一緒にいると疲れる感じが個人的には否めない。


 そんな感じで、そこまで良くない印象〜だったのが"悪い"の域に行きかけている現状は......はっきり言って、楽しくはなかった。



「......正直に言ってもらって大丈夫ですよ」



 でも、質問に重ねて駄目押しのように声を掛けてくるクロケルは、僕と同年代位の見た目でなんとはなしの接しやすさがあって、何か他の人達と違ってまともそうだし、疲れる感じもない。


 ......僕と同じく、"普通"の人っぽいクロケルには、正直に"楽しくない"と口にするのがちょっと嫌で、



「......うーん............あーと......」



 好きな子に"歯に青のりついてるよ"って言うのと同じぐらい、言いづらかった。


 そんな、同じ講義に出てたの女子とかにも"今日目の下の隈酷いね"とかさらっと言えるくらいには肝座ってる僕が......?


 ......内心ちょっとショックだったけど、ここは社交辞令的に相手の気を害させないための建前(?)でも言っておこうかなと口先だけで"楽しいよ"って返そうとした時、



「......あっ、怜〜!!」



 またひょっこりと、扉から僕のよ〜く見知った顔が覗いて、僕の名前を読んだ。



「えぇ......」



 あれ、デジャブ......と冷静な頭とは反対で、僕の口は無意識の内にズバッと、



「派手すぎてダサい」



 扉から覗く見慣れた顔......虹色にグリッターで飾られた派手っ派手なヒラヒラのドレスに、トーテムポールに並んでいてもおかしくはない顔が描かれた帽子を被り、"何故そこにそれをぶっ込んだんだ"と思わざるを得ない黒色のロングレザーブーツを着用した母に対して、"ダサい"と言い放っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やる事ないので異世界行きます~無職一家の暇つぶし~ 甘都生てうる@(●︎´▽︎`●︎) @teuru_muau55

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ