1話 異世界デビューはお暇な時に-2

 フォンッ、トタッ



「っし、着いたぞ!!ここがオイラ達が住んでる世界、フィフラレタ王国だ!!」


「......ふーん」


「えっ、なんだよその淡白な反応は!!」



 トイレから、異世界行きの何か(こちらではゲートと呼ぶらしい)に通って、僕も遂に異世界デビュー()を果たした。


 だが、17歳の夏休みに家族で行ったヨーロッパの街に結構似ているな〜位の印象で、他には特に衝撃的なものはない。


 そんな特に何もなかったような薄い反応の僕を見て、フラウロスは不機嫌そうにぼやいた。



「いや、淡白も何も......特に驚くものもなかったし......」



 さらりとそう言う僕に対して、



あんちゃん人生楽しんでるか?」



 フラウロスはオブラートなしで強烈などストレートに嫌な質問をしてきた。


 まあ......確かに、両親や魅登里みとりの反応ばかり見ているのなら、同じ家族で同じ血が流れているはずなのにあまりにも反応が薄いのが、なんだか人生楽しくないつまらない人に見えたのかもしれない。


 まあ、自分ではそこそこ普通に楽しくもないし、つまらなくもない日々を送れている自信はあるのだが......そう見えたのか。ちょっとショック。



「余計なお世話だよ。そこそこ楽しく過ごせてるから」


「嘘だあ......」



 そうこう色々言いながらも、フラウロスは僕のお父さんが絶賛迷惑かけ中な自分の"家"とやらに案内してくれている。



「兄ちゃん、オイラ達悪魔と違って、兄ちゃん達ニホンとやらの人間は100年ぽっちしか生きないんだろ?だったら楽しまなきゃ損だぜ!」



 今、フラウロスがさらっと"日本ニホン"と言ったような気がするが、一旦スルーしよう。



「そうは言っても、仕事辞めたらお金無くなるから好きなこともできないし、世間体とか気にしないのは無理」


「うわー......兄ちゃんさ、世間体とかってのは何も絶対に気にしなきゃいかんものじゃないぜ?」


「まあ、分かってるよ」



 何か、見た目ショタな悪魔くんに色々言われているが、僕は上の空で「分かった」を返しておいた。


 そして数分歩いた後、



「ここが、オイラの家だ」



 どうやら"家"に着いたらしく、フラウロスはこちらを見ながら手をバッと広げて一言そう言った後、



「クロケル!!レイは今どうなってる〜?」



 誰かの名前を呼びながら、僕の父であるレイ......三津屋 零みつや れいの状況を訊ねながら家......家......?の中に走って入っていった。


 家......フラウロスが"家"と呼んでいる建物は、とても普通の家とは思えないぐらい大きかった。言うなれば......城。


 黒い外壁に、重苦しい重厚な雰囲気をまとったおごそかな城。


 そんな城は、ラノベとかで言うところの......魔王城、っぽい。


 まあ、ここを"家"と呼んでいるフラウロスは悪魔らしいので、ここに居候とかしていても何ら不思議はない。



「レン!!レイが大変だ!!何とかしてくれ!!」


「ああ、うん」



 そんな城に見蕩みとれていると、フラウロスが入る時にちょっと開けていった扉の隙間から顔を出して僕を呼び、



「早く!!」



 そう催促してからまたすぐに中へと戻っていった。



「......はあ、」



 溜め息を1つ残してから、僕もフラウロスに続いて城の中へと入る。



「レン、オイラ達じゃもう手に負えないから、息子からガツンと一言言ってやってくれ!!」



 ......するとそこには、もはや何で今も父親の異世界での社会生命が絶たれないのか不思議になる、そんな光景が拡がっていた。



「ちょ、ちょっとお願いだから離しっ......痛っ、やめてってお願い本当やめて!!」


「......クソジジイめ......」



 反抗期が"子供な同級生達をただ見つめながら家族と仲良く過ごす"タイプの反抗期に反抗スタイルだった僕ですら、父親に対して思わず悪態をついてしまった。


 ......朱色の髪をした綺麗なお姉さん?お兄さん?に引っ付いて、ぎゅうう......と抱き締めながらアウターを剥がそうとしている、真っ赤な顔をしたいかにも酒臭そうな父。


 朱色の髪の人が誰かは分からないが、背中の大きな白い翼と頭上の白い輪っかから察するに、恐らく天使だろう。何で魔王城?に天使が......



「痛い痛い痛いってば!!離れっ......ふぇ、ぐっ......」



 まあそれはさておき、可愛らしい端正な顔立ちの天使が泣きそうになっているので、



 ドゴスッ!!



「ひぇっ」



 渾身の手刀を父の項に叩き込んむことで、力技だが静かにさせることができた。


 痛そうとか流石に酷いとかそんなこと言ってられない。外で醜態を堂々と晒している父親がただただ恥ずかしい。


 そんな、息子から父に対する真摯な"父親としてどうなんだその行動は"という思いだけで手刀を繰り出したのだが、結構痛そうな音が鳴ったのが天使には少し怖かったらしい。



「あ、あの......」


「ああ、大丈夫。うちのバカ父ギャグ漫画の主人公並みに頑丈だから」



 天使が何かしら言いたげにしていたので、僕はさっとその言葉を遮って安心させる旨を伝えた。



「いえ、違うんです。その......」



 だが、天使は脱がされかけて乱れた自身の服装を直しながら、もどかしそうに僕を見た。



「クロケル、礼はちゃんと口にしないと伝わんないぞ?」


「分かってるよ!......その、ありがとう、ごひゃいます......」



 フラウロスに軽く煽られて、天使はムキになって言い返した後に僕に対して礼を述べる。


 途中噛んだけど、噛んだ本人もわかっているのか、天使は恥ずかしそうに俯いてしまった。


 ......そんな天使の様子を見ていると、何だか余計に申し訳なくなってきた。



「よしよし、偉いぞクロケル!!」


「お、お礼ぐらいちゃんと言えるから!!」



 ああ、この人がクロケル......天使?こと、クロケルは、自身の着衣の乱れ整え終わったらしく、立ち上がって僕の方に頭をがばっと下げる。



「お見苦しい所をお見せしました......!」



 ううん、違うよ。お見苦しかったのは僕のバカな父親だよ。そう心の中で返しながら、僕はクロケルの方をすっと見遣って、



「いいよ、気にしなくて。それじゃあ僕はこれで」



 酒臭い父親をおぶってから、そう一言残して帰ろうとした。


 すると、



「おう、零はもう帰るのか?」



 奥から、何だか格好良さげな渋いおじ様っぽい声が聞こえてきて、僕はそちらの方に視線を向ける。


 フラウロスは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて喜び、クロケルは、はぁ......とため息をついて声のした方を見た。



「お〜、こいつがいつも言ってる零のせがれか」



 扉を開けて入ってきた、突然聞こえてきた声の主は、白髪に軍服を着てお洒落なちょび髭が生えた......酔っ払った、いい歳したおじ様。


 よく見ると......いや、よく見なくても、頭には禍々しいトゲトゲした角が生えていて、腰からは同じようにトゲトゲしたしっぽ。どうみたって人じゃない、悪魔だ。


 凛々しい眉毛、酔っ払っていなければ恐らくもっと威厳溢れていたであろう風格。もしかして、この人は......



「魔王、零には家庭があるから......」



 今、クロケルがおじ様のことを"魔王"と呼んだ。......そう聞いてみれば、改めて凄い威厳......いかにも魔王らしい風格だ。



「魔王......」



 クロケルの言葉を反復する僕のぼやきを聞いて、おじ様は深く頷く。



「いかにも。儂が魔王......」



 何か大事なことを言いそうな雰囲気に、僕は思わず固唾を飲んだ。


 が、



「あ、ヒッポ!!いたんだ!!」


「うわ、魅登里だ......」



 先程おじ様が出てきた扉からひょこっと顔を出しておじ様を呼んだのは、17歳ながら金髪にピアス、カラコンを着けた、日焼けした元気っ子風の少女......僕の妹、魅登里だった。


 おじ様を呼んで、僕を見て、魅登里は僕の後ろにいるクロケルとフラウロスに小さく手を振った。これ、魅登里は魔王城常駐メンバーと化しているのでは......?



「って、ん?ヒッポ?」



 ......今、魅登里はおじ様を"ヒッポ"と呼んだ。


 見た目に似合わない、何とも可愛らしい感じの愛称だ。この際、妹が異世界の魔王を愛称で軽々しく呼べるぐらい仲良くなっていることはどうでもいい。


 ......"ヒッポ"って、何だ?



「ん゛ん゛っ......」



 顔には出さずとも内心ちょっと困惑している僕を後目に、おじ様は咳払いを1つした。



「いかにも、儂が魔王......ヒポポタマスじゃ」



 ......は?


 声には出さなかったけど、僕の頭の中には視覚から伝わってくる格好いいおじ様と、


 ......可愛らしい、デフォルメされたお菓子のパッケージのカバが、むしゃむしゃと餌を食べている様子がほわんほわんとせめぎ合っていた。


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