1話 異世界デビューはお暇な時に

ふわふわしたしっぽをゆらゆらと揺らしながら、耳を必死で動かして小さな音でも拾おうと頑張っている。


 数秒ほどそうしていた後、大きな朱色の目が僕を捉えた。



「あっ......」



 生意気そうな目付きの少年は、僕を見るなり声を上げる。


 なんだろう、"Booぶー!!"とでも言ってきたら可愛いけど、興味はないな。


 そんな事を考えながらも、トイレに今行っておかなくては後から困りそうなので僕は少年の方に背を向けた。


 すると、



「あ、ま、待って!!」



 少年は咄嗟に声をかけてきた。



「オイラ、アンタに用があって来たんだ!!アンタのと......って、おい!!」


「......?」



 まあとやかく何か言ってるけど、僕はトイレに行きたいだけだから無視して歩き出した。


 そんな僕を、少年は慌てて引き止めてくる。



「......何?」


「だから、アンタに用があって来たんだって!!アンタのと......「実は特別な力を持った勇者ですとか、ないからね。そういうの」



 ......最近の異世界物のライトノベルでありがちな、チート能力だとかそういった血族だとか、勇者だとか賢者だとか実は最強なモブだとか......そういう話に、僕は一切興味がない。っていうか、あったとしても関わりたくない。絶対に。



「うちはただの日本の一般人の血族。僕から両親、祖父母......そこから36億年前の単細胞生物まで辿ったって特殊な人なんていないんだから」



 ......何故なら、僕がそもそも好きではないのだ。異世界ファンタジー世界救う系の物が。


 元から......というより、うちに"異世界と繋がったトイレ"とかいう辺鄙へんぴな物があるせいで、好きではなくなった。


 異世界の変な置物やら土産物屋やらを買いまくって預金残高が残り3桁台の母。


 異世界から毎週のようにへべれけになって朝帰りする父。


 そんな両親の姿や、持っている服のほとんどが異世界の物という妹を間近で見ている僕は......はっきり言って、異世界とやらに夢が見られなくなってしまった。


 面倒くさいのは嫌だし......危険そうなのも、責任重大なのも時間が潰れるのも全部嫌だ。



「は......?」



 そんな色々な考えがぐるっと頭を巡って顔を顰めてしまっていた僕を見て、少年は不思議そうにしている。



「って、だから待てって!!」



 そして口を開いたので、僕は聞く前に家を出ようとした。


 ......でも、どこかで聞いてやろうと思っていたのか、僕の足は少年の返答の前に家を出られる程早くは動かなかった。


 無自覚のうちにゆっくり歩いていた僕の耳は、少年の言葉をしっかりと拾い上げる。



「何もアンタに面倒事任せようってんじゃないんだよ!!ただ......アンタの父ちゃんが、ウチの家で酔って潰れたから連れて帰って欲しいんだ!!」


「......はい?」



 少年の言葉に、僕は思わず声を上げる。


 そして、それと同時に僕の顔は羞恥でか赤く染まった。



「......は゛あ゛ぁ゛〜......」



 ......どうしよう、めっちゃ恥ずかしい。何やってるんだろう僕のバカ親は。



「......き、来てー......くれる、よな?」



 しかも、少年の本気で困ったような表情が、余計に恥ずかしい。



「............分かった。いつまでも親の醜態しゅうたいを晒していたくはないからね。行くよ」


「あ、ありがとう!!助かるよ!!」



 少年が、ぱっと顔を上げて僕の方を見た。その目は、きらきらと光っていて本当に嬉しそうだ。......本当に、何をしでかしたんだか。



「......あ、ところで......君、名前は?」


「あ、オイラか?」



 あまりに唐突で忘れていたが、僕はこの少年の名前を知らない。


 そこで訊ねてみると、なんと僕にとってはよく聞き慣れた名前が返ってきた。



「オイラはフラウロス。こんなナリだが、一応立派な悪魔なんだぜ!!」


「え......」



 何故か悪魔学に詳しい魅登里が、ずっとずっと口煩く悪魔学について語ってくるからだ。


 その中で、耳にたこができる位には聞いた悪魔達の名前のうちの1つが、この少年の名、フラウロスである。


 なんかひょうっぽい見た目の、可愛らしい見た目の悪魔......そう、妹が熱弁していたのはかなり記憶に新しい。なんなら今朝も言われた。


 ......ってか、悪魔ってこんなにのこのこと来るものなんだ。ちょっと感動。


 そんな風に真顔で少し感動している僕の手を引いて、少年......こと、フラウロスはトイレに開いている異世界行きの何かに入ろうとして、ふいっと僕の方を振り返った。


 ......そういえば、僕は朝、魅登里を見てから、家族の姿を1度も見ていない。キッチンやリビングに何度も足を運んでいるのに。......まさか、



「そういえば、兄ちゃんの母ちゃんと妹も来てたぜ」


「は......?」



 フラウロスがサラッと告げた一言に、僕の眉間がぴくりと反応する。........やっぱり。



「母ちゃんの方は骨董屋とかギルマスギルドマスターの所行って古い宝剣とか譲ってもらったりしてたぞ!妹の方は、国王んとこの城の衛兵連れて大量の袋抱えて街歩いてた。オイラ、2人ともに挨拶だけはしてきたぞ」


「そう......2人は......いや、お父さんも含めて、3人はなんか言ってた?」


「ん?いや?特別なことは何も」



 フラウロスは引いている僕の手をより一層強く引いてから、異世界行きの何かに僕と一緒に飛び込んだ。



「......ただ、仕事辞めて暇だから来たって言ってたな!」



 フラウロスの一言は、例の異世界行きの何かに飛び込んだ時のパソコンの起動音みたいな音に負けずに、しっかりと僕の耳に入ってきた。



「......何やってるんだよ僕の家族は!!!」



 こうして、僕の異世界デビューは"酒で酔い潰れた父親の介護"という形で、枯淡こたんに飾られたのだった。


 ......日本での体裁などまっったく気にしない、変わり者で能天気な家族を添えて。

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