第5話(最終回)

 潮谷と音馬と慶太郎は、留置場の同じ房に入れられていた。他の連中と別にされたのは、三人が西松組の者ではないことがわかって、それでもあの場にいた限りは放置する訳にいかなかったからだ。

 自らの手首に手錠が掛かる瞬間を、潮谷は「お……お?」と眺めていた。慶太郎と音馬も同様、ぽかんと手首を戒められたのだが、「ははは! 捕まっちまったなあ、おい!」と、潮谷と慶太郎は大笑いして、引き立てていく刑事を呆れさせていた。「何が面白えんだか」と二人を小馬鹿にした音馬も、愉快そうににやにやしていたのだが。

「敦子に知れたら、怒られちゃうな!」

 慶太郎がそんな事を言うので、音馬はここを出た後の事を考えて、牢の隅で戦々恐々としている。

「……なんで名前知ってたんだ」

 留置所の中で音馬は潮谷に尋いた。慶太郎はさっきから面白そうに、鉄格子を挟んだあっちとこっちを眺めている。狭い牢内で、少しもじっとしていない。手錠は外されているので、潮谷は腕を枕に、床に転がっている。

「ん? ああ、だから、オッケーコンビが有名だったんだ。西松に呼ばれてこの町に来て、二、三、町の人に話を聞いたんだがな。町の名物みたいに自慢してくれたぜ」

「……土産物かよ」

 喧嘩神輿だろ、と潮谷は笑う。

「人気者だな、お前達」

「あ、誰か来るぞ」

 鉄格子にへばり付いて、慶太郎は頭をぐいと押し付ける。慶太郎が言うように、聞こえる足音はすぐに大きくなって、制服の看守と背広姿の刑事が現れた。

「……よ、佐野」

 寝転がった姿勢のまま笑い掛ける潮谷に、佐野と呼ばれた刑事は、思い切り情けない顔をして、大息を吐いた。

「ったく、何やってんだ潮谷」

 看守は鉄格子にへばり付いたままの慶太郎を下がらせて、留置所の鍵を開けてくれた。そのまま佐野に一礼して、来た廊下を引き返して行く。慶太郎は飛び出て、うん、と背伸びする。潮谷がまだ転がったままなので、音馬も先に牢を出た。

「入ってみろよ。結構楽しいぞ?」

 刑事の友人を手招きなどする。佐野は小さく肩を竦めて、ポケットから掴み出した手帳と携帯電話を潮谷に見せた。

「……ああ」

 得心の声を上げて潮谷は身を起こす。「これこれ、ないと困るんだ」と鉄格子越しに手帳と携帯を受け取った。留置された際に没収された所持品だ。日本刀も一緒に没収されていたが、さすがにそれは(持ち主でもないことだし)返してはくれないらしい。

「俺の木刀は?」

 佐野にハンカチを返してもらっている慶太郎を見てから、音馬は尋ねた。一応武器であるし、鑑識が済んでから返す、と佐野は答えた。

「相変わらず手際がいいなお前の保護者は」

 佐野の言葉が潮谷に向けたものだと、潮谷が返事をしてわかった。

「だろ? すっかり板について、ありゃ老けるぜ」

 誰のせいだ、と佐野は潮谷に苦い顔をする。

「二十年もやってれば、板にもつくだろ」

「ははっ、ちげえねえ!」

 潮谷はからからと笑い飛ばす。

 潮谷が胸ポケットに仕舞う携帯と手帳を指差して、佐野は尋ねる。

「俺の知ってる番号と違ったが、奴は携帯を変えたのか?」

「ああ……いや……さあ?」

 潮谷は首を傾げる。問うように眉を上げる佐野に、これは俺の専番らしいぜ、と潮谷が言うと、成る程、と佐野は呟いた。

「……で? 潮谷。お前の所持品はその二つか?」

「うん?」

 佐野はポケットから財布を抓み出す。

「……返せ」

「欲しけりゃ出ろ」

 いつまでもそんなところで居心地良さそうにしてるんじゃない、と佐野に叱られて、座ったまま手を出していた潮谷は、ようやく留置所の床から尻を上げた。

 扉を這い出て立ち上がり、見下ろさずに済むようになった潮谷の手に財布を乗せてやりながら、「全く、頼りない探偵だな」と佐野は呟く。

「ははっ財布がなくてもなんとかなるからなあ……」

 笑って、瞬いて、潮谷は佐野に顔を向け戻した。

「探偵?」

 自分の身に覚えよりも佐野の言葉を信用している。いつそんなことになったのだ、と驚く顔で友人に尋ねる。

「俺が?」

「服部から聞いてるぜ?」

「いつ」

「先月だ。潮谷探偵事務所。お前が所長だそうだ」

「……おいおい。あいつ俺には何にも言わなかったぞ」

「忘れてるだけじゃないのか?」

 潮谷は黙り込む。こう言われると、返す言葉を無くすのだろう。余程物忘れが酷いらしい。そんな男を探偵にするなど、そもそも勤まるものなのか。

 音馬はこっそり呆れていたが、慶太郎がひっそりと目を煌めかせているのにも気付いていたので、自分も黙っていることにした。

 きしょう、あんにゃろう、と潮谷が毒突く相手は、服部という男なのだろう。しかし、呪詛を吐く潮谷を、佐野は笑って眺めた。

「警察が所持品を預かってる間に、お前の携帯に服部から掛かって来てな。出たのがお前じゃなかったから、俺に連絡して来たんだ。……迎えに行くから、大人しく待ってろだとさ」

 潮谷は口を思い切りひん曲げながら、「他には?」と尋く。

「奴には、十年前のことについても頼んであったんだが」

「ああ……確かにこの町に来てるぞ、お前」

「!」

 慶太郎と音馬に、さっと緊張が走る。

「俺はここに配属前のことだが、服部に言われて調べてみたら、幼稚園児が人質に捕られた事件があった日の夜に、お前が路上で泥酔して一晩警察に泊められた記録が残ってたぞ」

 潮谷はしかつめらしい顔をして白状する。

「……忘れた」

 だろうな、と佐野。「憶えていたら、子供を助けたのが自分かどうかもわかるだろうさ」と身も蓋も無い事を言う。

 潮谷が「全くなあ」と他人事のように頷くもので、佐野は小さく溜め息を付いて、慶太郎と音馬を交互に見た。

「……オッケーコンビの小畑慶太郎くんと柴田音馬くんだね」

 二人揃って頷くと、佐野は親指で潮谷を指す。

「済まないな、こいつが馬鹿なばっかりに。こんな具合で、君らのヒーローが誰かは、やはりわからないんだ」

「いいんだ」

 はっきりとした声で言ったのは、慶太郎である。

「いい?」

 佐野は怪訝に首を傾げる。

「君は助けてくれた人を捜す為に、この十年頑張って来たと聞いてるが?」

 オッケーコンビの行動の理由は、警察内でも有名である。そうして横目で潮谷を睨む。

「俺はこいつがそいつだと思うんだが、多分永遠に確認しようがないんだぞ?」

 慶太郎は、ひひっと笑う。

「俺も多分そうだと思うけど、違ったっていいんだ」

「いいのか?」

 尋ねたのは潮谷だ。慶太郎は、それにニッカ! と笑って返す。

「うん、もういいんだ! 俺が目指すオッケーに変わりはねえから!」

 佐野は感心したのか、幾度か瞬き、微笑んだ。潮谷は目を見開き、それから、とても優しい顔をした。

「……そうか。うん、まあ、勝手に頑張ってくれ」

 おう、頑張る! 慶太郎は「オッケー」を叫ぶ時のように、両腕を高々と突き上げた。

 佐野に案内されて、三人は警察署の玄関ロビーまでやって来た。外はすっかり夜で、玄関前の駐車場を兼ねた前庭は、明るくライトアップされていた。

「それぞれ保護者が迎えに来るはずだから、その辺の椅子で」

 座って待て、と言う佐野の言葉も流して、そのまま挨拶もそこそこに潮谷がさっさと出て行こうとするもので、むんずと佐野は潮谷の腕を掴えた。

「なんだ?」

「服部が来ると言っただろう」

「俺は今は困ってない」

「あのな、潮谷……これは元3のB全員の心配というか興味というか気になるところなんだが……お前、服部に……」

「ん?」

「……世話になって悪いなーとか、思ってるか?」

 潮谷はけろっと笑う。

「ははっ。あー思ってる思ってる、思ってるぞ?」

 佐野が小さく、気の毒に、と呟くのが聞こえた。気の毒がられたのは、間違いなく服部だろう。

 その間にするりと潮谷は佐野の手を抜けて、玄関扉を掛け出て行く。

「じゃあな!」

 佐野と、慶太郎と音馬に纏めて手を振って、署の前庭を突っ切ろうとした潮谷の前に、進路を塞ぐかのように止まった黒い車があった。

「……お迎えが間に合ったな」

 佐野はそう言って、現れた車に手を振り、署内へと戻って行く。ではあれが。音馬と慶太郎は、玄関を出てほんの少し、前庭へ進み出た。車の運転手は、ちらりとこちらを見たようだ。

 潮谷は運転者に向かって、笑っている。

「このまま素直に駅まで送って行くなら、乗ってやってもいいぞ」

 佐野が保護者と評した服部は、武道をやるのか、潮谷より体も大きく、精悍な顔付きをしていた。潮谷に合気道を教えたのは、服部かも知れない。真面目そうに疲れた表情が、潮谷より年上に見えた。

 運転席に座ったまま、服部は低く短く答える。

「縛る気も失せた」

「ハハハッ」

 自分で助手席に乗る潮谷に、服部は明かりの具合か疲れた顔で……元々そういう顔なのかも知れない……口振りもおどけるでなく尋ねる。

「所長、駅の先はどこまで?」

 そうして、ぴらりと潮谷に何かの書類を見せる。

「ん? まだ決めて……っそうだ服部! お前人を勝手に探偵事務所の所長にしやがって!」

 佐野に聞いたぞ、と文句を付ける潮谷に、車道に出る車の列にゆっくりと車を動かしながら、淡々と服部は答える。

「お蔭で『奴』に連絡がつくようになったと俺はあちこちから感謝されてる」

 なんだよ縛る気満々じゃねえか、と潮谷はシートの背凭れにふんぞり返った。

「……ちぇ。俺はやらねえぞ」

「所長はお前だ、好きに選べ」

「選ぶじゃねえ、やらねっての!」

「こんなのもあるぞ。温泉街からの依頼だ」

「……へえ?」

 服部の差し出した別の書類にあっさりと興味を示して、潮谷は身を起こす。

 車道へとやがて出て行く黒い車を、前庭の明かりに照らされて足早にこちらへとやって来る少女が、興味深げに眺めていた。

「あ。敦子だ」

 慶太郎の言う通り、こちらに気付いて駆けて来る敦子は、噛み付かんばかりの顔をしていた。

「……慶太郎! 音馬!」

 慶太郎は笑って、音馬は眉を顰めて、よう、と返事する。

「よう、じゃないでしょ! 何やってんのよあんた達! 様子が変だったから、慶太郎のバイト先行って、聞いたんだから! そしたらあんた、ヤクザなんかに」

「あー済んだ」

 慶太郎はけろっと笑う。

「済んだって……! あたしが花屋にいたカインさんに聞いて」

 敦子に締め上げられたカインの泣き顔が思い浮かぶ。

「なんでか梨世子さんが知ってたヤクザのケータイ教えてもらって」

 カインを気の毒に思った花屋店主の心情が読み取れる。

「慶太郎が行ったっていうホテルのTEL番聞き出して!」

 ……ヤクザ相手にやったのか。自分の行状は棚に上げて、音馬はそっちの方に冷や汗が出る。

「やるなあ、さすが敦子」

 慶太郎はのほほんと褒めている。

「――バカッ! そこのホテルのフロントで自転車に乗って来た男の子がヤクザと一緒に自転車置いて車で行っちゃった、て聞いた時、ううん、その後両方のお隣に警察から電話が掛かって来た時、もう、あたしが代表で行くからってあんた達のおばさん宥めて、ほんとに……」

 敦子の目から、ぽろっと涙が零れ落ちた。

「……心配したんだから……!」

 夜道を。一人で、駆けて来たのだ。息せき切って、部屋着のワンピース姿で、……サンダル履きで。

 音馬は、敦子のサンダルの紐が肌に擦れて、血を滲ませているのに気付いた。だが先に慶太郎が、敦子の足元に屈み込んで、こう言った。

「……敦子、足、蚊に食われてっぞ」

「……! うるさい!」

 涙を拭って敦子は怒鳴る。

「ほんと、ほら、いっぱい食われて」

「触んなあっ!」

 人差し指を敦子の足に当てた途端、慶太郎は頭のてっぺんに敦子の鉄拳を頂いた。

「いっ……てえー! 殴ることねえだろ?!」

「その位置から見上げるなあ!」

 今度は顎を蹴り上げられて、慶太郎はひっくり返った。馬鹿、と慶太郎を評しておいて、音馬は敦子を諌める。

「……お前も蹴るなよ。却って見えるぜ」

 見たくもねえのによ、と付け足すと、今度は音馬が睨まれた。

(……怖え)

 起き上がりこぼしのようにひょっこりと起き上がって、慶太郎は尋く。

「……でもなんで敦子が来たんだ? 保護者が来るって言ってたのに。かあちゃんが来るかと思ったのにな」

「もう……だから言ったでしょ! 代表して来たのよ! おばさん達、凄いおろおろして……おじさん達はまだ会社で」

 話の途中で、あーと慶太郎は勝手に得心する。

「ヨメさんのこと『かあちゃん』って言う人もいるしな!」

「……」

 おいおい、と音馬は思ったが、時既に遅く、カアーッと赤くなった敦子に、慶太郎はとてもいい音のするビンタをもらっていた。

 警察署の前でこれだけ思い切りよく暴力を振るうとは、自分達よりもいい度胸をしている、と音馬は考えるだけで、口に出すことはしなかった。

 家に帰ると、街灯と門灯に照らされて、家の前に三組の両親が待っていた。

 皆無事、これから帰る、と電話を入れておいたのに、音馬と慶太郎どちらの母親も救急箱を抱えていたのが笑えた。

 怪我はないのか、と尋きながら、馬鹿者、と叱る父親。息子に心配したような怪我を見付けられず、気が抜けて落涙する母親。

 それでも慶太郎の方には小さな切り傷が幾つかあって、服も所々裂けていたので、慶太郎の母親は家の中で手当てと着替えを、と思ったらしい。「汚いねえ、洗わないと」とほっとした声で家に入ろうとするのを、かあちゃん、と慶太郎は呼び止めた。

「バンソコくれ」

 と手を伸ばす。

「え? ええ、風呂に入ってきれいにしてからね」

 慶太郎の母親が答える間に、音馬も自分の母親に催促する。

「かあちゃん、俺のいつもの傷薬」

 えっ怪我してるのかい? と不安げにした母親は、それでも差し出す息子の手に、薬箱から傷薬を出して渡してくれた。

 慶太郎は剥き出しの数枚の絆創膏を、音馬は丸い軟膏の小びんを持った手を、ずいっと脇に立つ敦子へと差し出した。

「これ塗って……」

「貼っとけ」

 敦子はきょとんとしている。

 足だ、と二人声を揃えると、敦子はようやく自分の足元を見た。サンダルの薄いピンクの紐が、赤色を吸って斑になっている。気付いてなかったのだろう。瞬いて、きゅっと唇を噛んだ。

「……馬鹿ね。痛くないわよ、こんなの」

 そう言って、薬と絆創膏を、俯いたまま受け取った。

「ひひひ。バンソコは返さなくていいぞ」

「薬は返せよ」

「うっさいわね、わかったわよ」

「なんだよ、怒んなよ。バンソコでプロポーズにする気はねえからよ」

「……!」

 慶太郎の発言に、まあ、と喜んだのは敦子の両親と慶太郎の両親。音馬、慶ちゃんに負けてるぞ、とけし掛けるのは音馬の両親だ。

 音馬は、蹴られたくねえよ、と小声で辞退したのだが、両手の塞がっていた敦子は、それを証明するように、慶太郎の脛を血の滲んだサンダルで思いっ切り蹴り飛ばし、夜中の町内に「馬鹿ー!」と声を轟かせた。




 翌日の朝は、まるで普段通りで、唯一変わったところといえば、音馬が木刀を担いでいないことぐらいだろう。

「え? あれが『あの人』だったの?」

 示し合わせた訳でもなく三人揃って登校しながら、昨日の一件について話している。

「あたし、刑事さんが覆面パトカーで出動するとこだと思って見てた。外灯でちらっと見ただけだけど、なら、すっごい男前じゃない!」

 音馬と慶太郎は、揃って首を傾ける。

「そうか?」

「かっこいいかもしれねえが……あんなよれよれがか?」

 うん、敦子の好みじゃねえ気がする、と慶太郎も同意する。

 バッカねえ! と敦子は決め付ける。

「あれできちんとパリッといいカッコしたと思ってみなさいよ! その辺の安い俳優なんかよりよっぽどハンサムよ!」

「……」

 そこまでチェック入れてやがったか、と音馬は口の端を引き下げて呆れたが、これに慶太郎が頑張って言い返す。

「そんなら、俺達だってちゃんといいカッコしたらさあ」

「似合わない七五三ね」

 敦子の評価は容赦ない。

「……ていうか慶太郎、あの顔を描いて、どうしてあの似顔絵になる訳?」

 それは仕方ねえだろ、と慶太郎はむくれるのだ。音馬は、ははは、とその顔に笑った。

 敦子は、はっと言い足した。

「ねえあんた達、ほんとにあの人なら、お礼は言ったの?」

 音馬は、多分慶太郎も、ここ数日の出来事を頭の中でなぞってみたのだ。そして同じ結論に辿り着いた。

「……言ってねえ」

「ダメじゃない!」

 全くだ、とこれには素直に頷いた。

「あたしもお礼言いたいなあ……残念、昨日もう少し早く警察に着いてれば、言えたのに」

「……」

 礼を言われても、潮谷は困るだろう。

 慶太郎は黙って頭を掻く。音馬が代わりに口にした。

「本人憶えてねえそうだから、礼を言われても困ると思うぜ?」

「……え? なにそれ」

 あの人だったんでしょ? と敦子は交互に二人を見た。

「いいんだ、済んだから」

 慶太郎はあっけらかんと片付ける。

 だとよ、と音馬は敦子に念を押す。

 そっか、済んだんだ、と敦子はうなずいて空を向いた。

「うーん、でも、運転してた人も渋かったしなあ……お話出来なくて一寸残念」

 敦子、ひょっとしてお前ってオヤジギャル?! と慶太郎は取り違えた言葉の使い方をしている。

 別にオヤジ好きじゃないわよ、と敦子は正しく汲んで否定する。

 敦子の顔に二、三瞬いて、音馬は案を一つ口にした。

「連絡取ろうと思えば取れるぜ? 知り合いの刑事さんに尋くとかな」

 おお! と声を上げたのは慶太郎である。

「そっか! さすがオトメ!」

「って、あのなあ……」

 そこはお前が驚くとこじゃねえだろ、と音馬は皆まで言う気力はない。

「刑事さんが知り合いなの?」

「同級生っぽいぜ?」

「へえー」

 じゃあ、運転してた渋い人も刑事さん? と尋く敦子に、いやあの人は探偵……と言いさして、それは潮谷だけかもしれないと考えた。

「へえ、潮谷さんっていうんだ」

 下唇を突き出して、顎を抓んでいた慶太郎が口を開いた。

「……なあ。探偵事務所開くのって、幾らくらいかかるんかなあ」

「……さあて、ま、五十万じゃ足りねえんじゃねえか?」

 足りないかーうーん。慶太郎は頭を捻りながら唸っている。老人会の賭けの行方は今のところ定かでないが、どうやら、『あの人』に会う、という目的は果たされた今後も、バイトは続ける事になりそうであった。

 音馬の方も、やくざよりはましな就職先かもしれねえな、などと考えて、軽く笑む。

 そこへすかさず、敦子が差し挟む。

「探偵事務所? あたしが経理してあげてもいいわよ?」

 にーっこりと告げる敦子の言葉に、音馬と慶太郎の表情は凍り付く。にわかに浮上したかなり高順位な選択肢においても、やはり最強は彼女なのだと思い至り、結構です、と断る代わりに、二人揃って物も言わずに駆け出した。

「そうね……どっちにしろ商業高校に進むつもりだったし、あたしがちゃんと管理しとけばあんた達は中卒でも……って、聞けえ!」

「おい慶太郎、お前が敦子を嫁さんにすんだろ? ちゃんと言う事聞かせろよ」

「自分に出来ねえこと言うなよ、オトメがやってみろよ」

「俺はごめんだ」

 素晴らしい速度で逃げ去りながら、押し付け合う。

「待ちなさい! あっ足が痛あい!」

 悲鳴にさっと振り向いたと思うと、屈んだ敦子の元に、慶太郎と音馬は逃げるより速く瞬時に駆け戻った。俯く敦子を覗き込んだ二人に、敦子は顔を上げ。

「……で、どっちがあたしをおぶってくれるの?」

 とびきりの笑顔で尋ねた敦子を待たせて、慶太郎と音馬は極めて嫌そうな顔でジャンケンを始めた。

「ねえ! 嫌なの?! そんなに嫌なの!」

 ジャンケン勝負はなかなか付かず、遅刻しそうだと気付いた敦子が一人でさっさと立ち上がって、仕舞いになった。結局、慶太郎と音馬は遅刻して、敦子に馬鹿と評された。


 この町に「オッケー探偵事務所」とやらが開業したとかしなかったとかは、それから数年後の話。




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「オッケーぇ?」 若林貢 @wakabayashi-m

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