第12話『僕の青春ラブコメは間違っている』
翌朝。
重いまぶたを持ち上げると、スマホに通知が来ていた。
『大蛇夏巳:お昼にアマンテスに来てください』
アマンテスっていうと、例の駅前のカフェか。
もうデートは済ませたから、疑似恋愛のノルマは達成してるはず。
いったい何の用事だろう。
電話やメッセージでは済ませられない話か?
ていうか、今日って確か大蛇さんはデートの予定が入っていたはず。
急に暇になったんだろうか。
時計を見ると、すでに時刻は昼の十一時。
昨晩はヤケ酒ならぬヤケゲームで夜ふかししていたので、ずいぶん寝坊してしまったようだ。
僕は慌てて身支度を始めた。
◆
「いらっしゃいませ! 何名様でお越しですか?」
「えーと……待ち合わせしてるんですけど」
アマンテスの店内を見渡すと、前と同じ席に大蛇さんが座っていた。
今までの優等生じみた振る舞いは鳴りを潜め、頬杖をついてこちらをにらみつけてくる。
せわしなく人差し指の爪でテーブルの表面をカタカタと叩き続けているあたり、よほど苛立っているようだ。
ただならぬ気配を察したのか、店員さんがこっそり耳打ちしてくる。
「……先に甘いものを食べさせて、機嫌を直すと有利に立ち回れますよ」
何のRPGだ。
僕は別に大蛇さんとバトルしにきたわけじゃない。
大蛇さんの対面に腰掛けるも、しばらくの間無言が続いた。
沈黙に耐えかね、一分ほど経ったあたりで僕の方から口火を切った。
「えーと、どうしたの? 急に呼び出したりして」
「……バラしてませんよね?」
「何を?」
「昨日のことですよ」
いまいち要領を得ないが、つまりこういうことだろうか。
「……大蛇さんが
「待ってください。何ですかその大仰な二つ名は。そんな変な名前で呼ばれるいわれはありません!」
「これでも控えめにしたつもりだけど……」
実際は八股どころじゃないんだし。
僕は注文を取りに来た店員さんに、オレンジジュースを二つ頼んだ。
「あ、待ってください! ストローは普通のでお願いします!」
「普通の……?」
「一人で使うストローですよ!」
これ、いちいち言わないと毎回カップル仕様のが出てくるのかな……。
大蛇さんは、仕切り直すようにコホンと咳払いをした。
「……えー、とにかく。私が言いたいのはですね、今回の件に関することを、一切他の人に言わないでほしいってことなんです」
「うん、いいよ」
「もちろんタダでとは言いません。お金には余裕があるので……え?」
僕がうなずくと、大蛇さんは拍子抜けしたように口をぽかんと開けた。
「黙っててもらえるんですか?」
「ていうか、僕にバラす気があるなら、とっくに昨日のうちにSNSでバラしてるよ。そもそも、誰が信じるんだよ。大蛇さんが八股かけてたなんて、何の証拠もないのにさ」
「……まあ、それもそうですけど」
運ばれてきたオレンジジュースをちゅーとすすり、大蛇さんは物憂げに窓の外を見た。
日曜日の空は青く澄み渡り、街を行く人々は皆楽しげだ。
「だいたい、何で八股なんてかけてたの?」
「……だって、男が途切れたらバカにされるじゃないですか」
そう言って、大蛇さんは遠い目をしながら語り始めた。
「小学生の頃、咲ちゃんっていうリーダー格の女の子がいて、その子に目をつけられてたんです。私、当時から可愛かったので……」
「はあ……」
ツッコミ待ちなのか、本気で言っているのか判別がつかない。
いや、実際可愛かったんだろうけどさ。
「確か、小五くらいのときに、たまたま一ヶ月くらい彼氏がいない時期ができちゃって。そしたら、咲ちゃんがそれをネタに私の悪口を触れ回ってたらしいんです。『なっちゃん、あんなに可愛いのに彼氏いないなんて、性格悪いんじゃない?』って。で、私の可愛さに嫉妬したブスたちがそれに乗っかって、私は性格が悪いってことを男子の間にも広めたんですよ。そのせいで、それ以降小学校じゃ友達も彼氏も一人もできなくて……」
「うーん、それはひどいね……」
「だから私決めたんです。もう絶対に男は絶やさないようにしようって」
「いや、だからって八股は反動が大きすぎるでしょ……気の毒な過去があるのは分かったけど……」
「だってひどかったんですよ! あのブスども、私が小五にもなって交際人数一桁だとか、手をつながれただけで妊娠したとか、訳の分からないデマを学年中に流してたんです! もう本当にムカつきました!」
「そんな斬新なデマがちゃんと流れたことに驚きだよ……」
だいたい小五で交際人数一桁の何が恥ずかしいんだ。
こちとら高二にもなって一桁(大蛇さんのみ)やぞ。
いや、疑似恋愛の交際経験って、むしろマイナスなのでは……。
つまり僕の交際人数は虚数。
史上初めて『無』と付き合った男として歴史に名を刻まれてもいいかもしれない。
くだらないことを考えていると、大蛇さんがテーブルにバンと手をついた。
「こんな話はどうでもいいんです! 盛岡くん! あなたが私の秘密をバラさないという確証がほしいんですよ!」
「いや、だからさっき言ったでしょ。信じてもらえるわけないって」
「八股は信じられなくても、二股や三股くらいならありえる範疇ですから、盛岡くんがそう言えば広まる可能性はあるんです! 私、もう懲りたんです。今日デートする予定だった男も全員切りました。男の掛け持ちなんて面倒なばっかりでロクなことがないです。結局草薙くんにも振られちゃったし、やっぱり本当に好きな人と長く付き合うのが一番いいんですよ」
「いきなりまともなこと言い出したね。あの八股大蛇さんの言葉とは思えないよ」
「だまらっしゃい! 私はこれからは清楚系でいくんです! 私のイメージを壊すような要因は一切排除しなくちゃいけないんです!」
少なくとも七人に八股の事実が知られている以上、今さらどうあがいても悪名が広まるのを防ぐのは無理だと思うけど……まあ、それにわざわざ加担しようというつもりもない。
本人もやめろと言っているわけだし。
しかし、どうもそれだけでは大蛇さんは僕を信用できないようだ。
「じゃあ、逆に聞くけど、どうすれば僕が噂を広めないって信じてくれるのさ?」
「あなたも私に秘密を教えてください。互いに弱味を握り合っていれば安心できます」
なるほど、核抑止論みたいだな。
だが、その提案には大きな問題がある。
「それ、僕は単純に無駄なリスクを背負うだけで、全くメリットがないんだけど……」
「私と秘密を共有できるなんて光栄なことだと思わないんですか?」
「ごめん、そこまで図々しい発想は僕にはなかった」
これだけ自分に自信が持てるのは率直にうらやましい。
よっぽど男たちから蝶よ花よともてはやされてきたんだろう。
しかし、その甘やかしが、大蛇さんを八股大蛇という怪物へと成長させたのだ。
ある意味褒め殺しという奴ではないだろうか。
すると、大蛇さんはポンと手を打って言った。
「じゃあこうしましょう。盛岡くん、今から私に告白してください」
「は?」
「で、店員さんにそれを録音してもらいます。もしあなたが私の秘密を暴露したら、私もその映像をSNSに流出させます。これなら対等ですよね」
「いや、おかしい。ぜんぜん対等じゃない。なんでそんな秘密の捏造に僕が協力しなくちゃならないのさ」
「ああもう! ああ言えばこう言うでぜんぜん話が進みませんよ! どうすれば満足なんですかワガママですねえもう!」
「こっちのセリフだよ!」
ゼエゼエとお互いに肩で息をする。
だんだん面倒くさくなってきた。
どうせ僕が大蛇さんの秘密をバラすことなんてないし、適当な秘密でも教えて、さっさとこの場をお開きにしてしまおうか。
「分かった! じゃあもういいよ。僕の秘密教えるから、それで手打ちにしよう」
「最初からそういう態度に出ていればよかったんですよ」
くっ……! ムカつく……!
テーブルの下で拳を握りしめながら、僕は続けた。
「……僕、実は大蛇さんと付き合うまで、彼女いない歴=年齢だったんだ」
「そんな見れば分かるようなことじゃ秘密になりません!」
「分かるの!?」
坂口先生といい、他のクラスの女子といい、大蛇さんといい、僕の周りの人間はしょうもない観察力ばかり秀ですぎている気がする。
どこで分かるんだ? おでこにでも書いてあるのか?
僕はとうとう降参した。
「もうお手上げだよ。告白映像でも何でも撮ればいいじゃないか」
「む、何ですかその不服そうな態度は。これから私に告白するんですからもっとワクワクしてくださいよ」
「自分で自分の弱味をつくる作業の何にワクワクを覚えろと?」
傲慢さもいっそここまで来ると清々しいものがある。
僕は店員さんを呼び、スマホで撮影してもらうことにした。
「ところで、告白ってなんて言えばいいの?」
「はあ? そんなの適当でいいじゃないですか。『お、大蛇さん! ぼっ、僕と、つ、付き合ってくれたら、う、嬉しいな、デュフフ』とか。そしたらちゃんと断ってあげますから、それで終わりです」
「そのオタクみたいな喋り方は却下するけど、まあ大体分かったよ」
僕はゴホンと咳払いをして、店員さんに合図を送る。
ピコン、と録音開始を意味する電子音が鳴ったのを確認してから、話し始めた。
「あ、あの……大蛇さん。実は話があって……」
「話? 何ですか盛岡くん?」
瞬時に優等生モードに切り替えた大蛇さんが、会話に応じてくれる。
……ああ、この頃の大蛇さんは普通に可愛かったな。
疑似恋愛とはいえ、付き合えたことを素直に喜んでいたっけ。
僕の恋愛力が低いことを涙を流して心配してくれたし……。
あれもぜんぶ演技だったのだろうか。
僕は遠い目をしながら、セリフを続けた。
「僕、大蛇さんのこと……好きなんだ。もしよかったら付き合ってくれない?」
「うーん……ごめんなさい。盛岡くんとはお友達でもいたくないです」
友達ですら!?
社交辞令でも親交を拒否されてしまった……。
すべて芝居だと分かっているのに心が痛い。
机に突っ伏して凹んでいる僕に、大蛇さんが満足げに微笑んだ。
「はい、よく撮れてますね」
「うう……思った以上にダメージが……」
「じゃ、これからもちょくちょく頼み事を聞いてもらうので、よろしくお願いしますね?」
「……は?」
僕はがばっと顔を上げた。
「どういうこと?」
「え? 簡単な話じゃないですか。この動画を拡散されたくなかったら、私の言うことを聞いてください。いいですね?」
「いやいやいや! 話が違うじゃないか! 何で僕が脅迫される側になってるんだよ! それなら僕だって大蛇さんの八股を……!」
「自分で言ってたじゃないですか。『そんなの誰も信じない』って。人望が違うんですよ、人望が」
「ぐっ……!」
ハメられた……!
後悔するも時すでに遅し。
肩を震わせる僕をあざ笑いながら、大蛇さんは軽やかに席を立った。
「あっはっは! 盛岡くん風情がこの私と対等になろうなんて十年早いんですよ! この童貞! 非モテ! 彼女いない歴=年齢!」
かさにかかって僕を罵倒してくる大蛇さん。
憎たらしいことこの上ないけど、なぜだろう。
今の大蛇さんの方が、優等生モードのときより、ずっと生き生きしている気がした。
大蛇さんは楽しそうにケラケラと笑った。
「こういう男も一人くらいいると悪くないですね~。今後も私のストレス発散にビシバシ付き合ってもらいますから、覚悟していてくださいね?」
「……はいはい」
「はいは一回!」
「……はい」
今までずっといい子の皮を被り、裏では嘘に嘘を重ねて八股をかけていた大蛇さんが、本当の自分をさらけ出せる相手。
それが僕なのではないだろうか。
そう思えば、多少のお願いくらいは聞いてあげても……。
「では手始めに、ここのお会計お願いしますね?」
「……は?」
「ど・う・が。バラされたくないですよね?」
……ピキッ。
「恐喝」
「え?」
「人を脅して金品をたかるのは恐喝だよ。犯罪だからね、それ」
いくら僕でも譲れない一線というものがある。
きっぱりと言い放つと、大蛇さんは取り繕うようにフンとそっぽを向いた。
「むっ……わ、分かってますよそんなこと! 言ってみただけです!」
「分かってるならいいんだけどね」
「な、何ですかその態度は! もっと私の奴隷としての自覚を……!」
「そんなものになった覚えはないよ!」
ギャアギャアと言い争いながら、店の外に出る。
「いい、大蛇さん。僕も少しくらいなら我慢するけど、犯罪まがいの命令は絶対聞かないからね」
「くうう~! その生意気な態度、いつか改めさせてあげますからね!」
ぷんすかと怒りながら、店の前で僕は大蛇さんと別れた。
風になびく彼女のゆるふわヘアーを見ていると、ふと伝え忘れていたことに気がつく。
「大蛇さん! 僕と付き合ってくれてありがとう!」
最後はしっちゃかめっちゃかな結末になったけど、それでも僕のために一週間という時間を割いてくれたのは事実。
きちんとお礼は言っておかなければ。
すると、大蛇さんはジロリと僕の方を振り向いた。
きっとまた憎まれ口の一つでも叩くんだろうな、と思っていると、
「……どういたしまして!」
案外すなおにそう返事をして、大蛇さんはスタスタと去っていった。
ぽかんとしながら彼女の背中を見送る。
すると、いつの間にか僕のかたわらに立っていた店員さんが、にこやかに言ってきた。
「青春してますね」
「……どうも」
違います。
こんな青春ラブコメは間違っています。
僕は心の中でそうつぶやき、帰路についた。
モテなさすぎると死ぬ世界~恋愛力5のゴミですが、彼女が四人(うち男一名)できました~ 石田おきひと @Ishida_oki
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