第11話『大蛇夏巳の逆ギレ』
「これ、どういうことなの、大蛇さん……映画、戻ってこないから探しに来たのに……」
僕は呆然としながら言った。
僕とデートしている最中に姿をくらまし、別の男とデートしているなんて。
これってつまりダブルデート……いや違うな。
とにかく、不義理な話じゃないか。
僕とのデートなんか楽しくないかもしれないけど、一緒に映画を観るって約束まですっぽかされては、さすがにいい気はしない。
隣の男も、だいたい状況を理解したのだろう。
眉間にシワを寄せて大蛇さんに問い詰めた。
「夏巳ちゃん、どうなってんの? 説明してくんない?」
「う……あ……」
真っ青な顔でうろたえる大蛇さん。
額には玉のような汗が浮かび、傍目にも焦りまくっているのが手にとるように分かる。
「あ、あの……これは……違うんです!」
「「何が?」」
僕と男の声が重なった。
言いたいことを頭の中で整理しているのか、
大蛇さんは手をせわしなくバタバタ動かした。
「違うっていうのは、つまり……こ、こっちの盛岡くんとは別に本気で付き合ってるわけじゃなくて、恋愛力治療のために、疑似恋愛をしてるだけなんです!」
「え? 俺そんなの聞いてないけど。てか、普通そういうのってちゃんと話すもんだよね?」
「だ、だって、草薙くん嫌がると思ったから……」
「うん。嫌だわ。てかさ、え、何? 俺とのデート中にそっちの彼ともデートしてたの? 何で?」
「う……その、草薙くんが、どうしても今日じゃないと無理って言うから……」
なるほど、だいたい話の流れはつかめてきた。
つまり、デートの予定がブッキングしてしまったわけだ。
だから、俺とのデートを抜け出し、草薙くんとやらとデートしていたと。
いや、それは無理があるでしょ、さすがに……。
僕はため息をついて言った。
「大蛇さん、そういうことなら言ってくれればよかったのに。僕とのデートなんていつでもいいんだから、明日にずらすとかさ」
「で、でも、明日は明日で予定があったから……」
ああ、そういうことか。
僕との疑似恋愛は、週末に一度デートをするところまでが治療計画に含まれている。
だから、日曜日が埋まっていたから、やむなく草薙くんとのデートがある今日に無理やりねじこんだと。
……そこまでする!?
「はあ……マジ萎えたわ。何で隠し事とかするん? 俺、そういうのマジ無理なんだわ」
「ご、ごめんなさい! 草薙くん! でも本当に違うんです! 私、本当に草薙くんのこと好きなんです!」
「どうだかねえ」
僕はいちおう納得したけど、二人はだんだん話がこじれてきている。
そっぽを向く草薙くんに、大蛇さんが必死にすがりつく構図だ。
まさに修羅場って感じである。
これ以上デートを続ける気にもなれなかったので、僕は早々にお
「じゃあ、僕はこのへんで……」
「あれ、なっちゃん!? 何でこんなとこいるのさ! ていうか、そいつら誰だよ!?」
「あ、熱田くん!? 違うの、これは……!」
あれ? なんか新手が現れたぞ。
ライダースジャケットにジーパンをはいたワイルドな少年だ。
この状況が飲み込めないのか、目を白黒させている。
まあ、初見で分かるやつの方がどうかしてるだろう。
仕方ない、僕が説明をば……。
「なっつん!? そいつら誰なん! なんでオレのデートすっぽかしたん!?」
「夏巳さん、どうなってんだよこれ。一緒に服見ようって約束だったのに全然来てくれないじゃん」
「出雲くんに熊野くん!?」
お?
「大蛇ちゃん、これ何? どゆこと? 説明してくれやん? ボクとカフェ居てたのにいきなりどっか行くからびっくりしたわ」
「なつみーさあ、来るの遅すぎだろ。俺ずっと駐車場で待ってたのにさあ……って、そいつら誰? なんかめっちゃいるけど」
「夏巳くん、これはどういうことなのか説明してくれないかね? 今日は一日勉強会をする予定だったはずだが……」
「大和くんに
な、何だ何だ? どんどん男が増えてきたぞ。
えーと、今何人いるんだ?
僕と草薙くんと熱田くんとやらと、追加で来た五人を含めると……八人!?
嘘だろ、これってつまり、八人と同時に付き合ってたってことか!?
三股なんて目じゃないよ!
リアル
「大蛇さん、もしかして今日一日で八人と同時にデートする気だったの!?」
「はあ!? 何だよそれ、ふざけんなよ!」
「せやせや! ちゃんと説明してくれやんとボクら納得できやんわ!」
男たちからやんやと罵声を浴びる大蛇さん。
顔面蒼白で固まっていた彼女は、とうとうきっと目を怒らせて逆ギレし始めた。
「う――うるさいうるさいうるさーい! あなたたちキープくんたちとのデートなんてついでで十分なんです! 本当なら上手くいく予定だったんです!」
「いや、絶対ムリだよ! 成田空港の航空管制官だってこんなデートのタイムスケジュール組めないよ!」
「盛岡くんがあの映画にハマって没頭してたら私がいないことも忘れてくれるはずだったんです!」
「肝心なところが運任せ!」
「くっ……! やっぱり恋愛困難者の盛岡くんに恋愛映画なんて観せたのが間違いでした……!」
「もっと前の段階で君は間違いを犯してるよ大蛇さん! 日曜日にどんな用事があったのかしらないけど、もっとデートの日にちをずらしてれば……」
と、そこで僕ははたと思い当たった。
八人との同時デートという矛盾。
それを可能とする――否、させねばならない理由。
「……もしかして、日曜日にもデートの予定入ってたとか?」
「ぎくっ!」
「ていうことは、八股どころじゃないってことじゃないか!」
「何だと!? ふざけるなよ、どういうつもりだよ!」
「せやせや! 尻軽にもほどがあるやろ!」
「頭いかれちょんのか!」
「うるさーいこのキープども! モテる女が男をはべらして何が悪いんですか! 私みたいな美少女には選ぶ権利があるんです! バカな男を振り回してもてあそぶ自由があるんです! あなたたちなんて全員!
「ほー! じゃあ誰が本命なんだか聞かせてもらおうじゃねーか!」
「ええ聞かせてあげますとも! 私の本命男子は草薙くんただ一人! 草薙くんと付き合えるなら、他の連中なんて全員切ったって惜しくありません!」
きっぱりと言い切る大蛇さん。
豹変ぶりが凄まじすぎて、いっそ清々しい。
今までの清楚系優等生キャラはいったい何だったのか。
こっちが本当の大蛇さんで、今まで僕が大蛇さんだと思っていたのは、双子の妹だったと言われても信じられるくらいだ。
大蛇さんを糾弾する輪からは少し離れ、つまらなさそうにスマホをいじっていた草薙くんが、気のない表情で顔を上げた。
「……俺?」
「はい! だから草薙くん、この人たちとはもう別れますから、私とは今まで通り付き合ってくださ――」
「いや、無理」
「――え?」
案の定といえば案の定。
草薙くんはバッサリと大蛇さんを切り捨てた。
……うん、まあ当然だよね。
最低八股かけてた女の子を、これまでと同じ目で見るなんて不可能だ。
しかし、大蛇さんは受け入れられなかったらしい。
衝撃のあまり凍りついたまま、なおも食い下がる。
「な、何で……ですか?」
「いや何でって。俺、夏巳ちゃんの清楚っぽいとこが好きで付き合ってたのにさあ、八股はないっしょ普通に」
「で、でも! 他の彼氏はもう切るから!」
「あー悪い。もう冷めたわ。つか、俺にもキープの子何人かいるから、別に夏巳ちゃんにこだわる理由ないし」
撃沈。
真っ白に燃え尽き、崩れ落ちた大蛇さんが、よろよろとゾンビのように立ち上がった。
そして、
「あ、熱田くん……」
「何さ」
「あなたが今繰り上がりで本命になったから、よかったらやっぱり付き合ってあげてもいいですよ……」
「なめてんのか」
ごもっともなご意見である。
というか、この流れで誘いにいける大蛇さんのメンタルに敬意を表したい。
それでも大蛇さんは諦めず、キープくんたちに声をかけていった。
「出雲くん……」
「無理やって」
「熊野くん……」
「いや、ないない」
「大和くん……」
「ありえへんわ」
「竹早くん……」
「何言ってんの?」
「水琴くん……」
「ありえないね」
完膚なきまでに全滅した大蛇さんは、ついにふらふらと後ずさり、壁にもたれかかって床までずり落ちた。
そして、僕の方をちらっと見た。
え、もしかして僕も繰り上がりで本命に……!?
「…………」
「なんか言ってよ!」
無言で目をそらされた。
ちょっとだけドキっとした自分が憎い。
草薙くんがスマホを仕舞い、軽く手を挙げた。
「はーい、つーかさ、こんだけ集まってるし、皆でカラオケ行かね? 俺このあと暇だし」
「はあ……そうだな。完全に予定狂ったし」
「せっかくめかしこんだのにこのまま帰るっちゅんも癪やしなー」
「じゃ、行くか」
「フフ、私の八十年代アニソン打線が火を吹くよ」
「あ、待って……草薙くん……熱田くん……皆……!」
四つん這いで必死に手を伸ばす大蛇さんを放置して、草薙くんとキープくんたちはぞろぞろとその場を立ち去ってしまう。
あとに残されたのは、僕と大蛇さんだけだった。
「大蛇さん……」
「……笑えばいいでしょう!? こんな惨めな私を! 本命の草薙くんには振られるし、キープくんたちには見捨てられるし! どうせあなただって、学校で私のこと皆に言いふらすんでしょう!? せっかく良い子ちゃんぶって先生たちにも気に入られてたのに、もう私の高校生活はおしまいなんですー! 恋愛治療に協力しておけば推薦で有利になれると思ったのにー! うわーん!」
一人で泣きわめきながら、大蛇さんも走り去ってしまった。
泣きながら人混みの中に消えていく大蛇さんの後ろ姿を、僕はただ突っ立ったまま見送った。
よく、アニメや漫画で、こういうときに主人公がとっさにヒロインを追いかけるシーンがある。
でも、やっぱりあれはハーレム築けるだけある恋愛力の持ち主だからできる芸当なんだな。
つい周りの目とかを気にしてしまって、動くことすらできなかった。
だから恋愛力低いんだろうな、僕は。
今さら映画を見直す気にもなれない。
僕はため息をついて、出口の方向へ向かった。
こうして、人生初デートは、めちゃくちゃな感じに終わったのだった。
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