第10話『大蛇夏巳の消失』
そして、デート当日。
しっかり隣り合わせのチケットを確保した僕は、映画館で大蛇さんが来るのを待っていた。
ポップコーンの香ばしい匂いが鼻の穴をくすぐる。
大蛇さん、ポップコーン好きかな?
大きめのサイズを買って、一緒に食べれたら楽しいだろうなー。
そんなことを考えていると、エスカレーターを駆け上がって、大蛇さんがやって来た。
「ぜえ、ぜえ……お、遅くなってすみません……ちょっと、忘れ物を思い出しちゃって……」
よほど急いできたのだろう。
頬は赤く上気し、激しく肩を上下させている。
「ぜんぜん平気だけど、大丈夫? そんなに息を切らして……」
「大丈夫です……よかった、まだ十二分三十五秒……じゃあすぐ入りましょうか……」
「いや、まだ開場してないから、その前にポップコーンでも買おうか?」
「ではそうしましょうか……」
大きく深呼吸をする大蛇さん。
別に五分やそこらくらい遅刻したって気にしないのに。
よほど几帳面な性格なんだろう。
それにしても、大蛇さんの格好は相当に気合が入っている。
彼女の清楚なイメージによく似合う、白のレトロな襟付きワンピース。
膝上丈のスカートから覗く太ももが目にまぶしい。
そして、一見すっぴんに見えるけど、よーく見ると眉毛を薄く描いているのが分かる。
目元のアイライナーのおかげで、学校よりも目がちょっとだけ大きい。
唇もぷっくりしていてツヤがよい、鮮やかなピンク色。
これがいわゆるナチュラルメイクという奴だろう。
ほんの少しの違いなのに、いつもよりぐっと可愛く見えるから、メイクの威力はすごい。
僕のために、わざわざここまでしてくれたと思うと胸が熱くなる。
そうだ、せっかくだから、褒め言葉の一つも言ってみよう。
デートのときは、まず挨拶代わりに褒めるのが大事だと、昨晩ネットの記事で読んできたから。
「お、大蛇さん!」
「はい、なんですか?」
カウンターの列に並んでいた大蛇さんが、不思議そうな顔で振り向く。
よし、言うぞ。
コツは自然に、思ったことを素直に褒めることだ。
思ってもないことを長考して言ったり、やたら大げさな褒め方をするのは良くないらしいから。
えーと、なんて言おうかな。直感で言えばいいんだこういうのは。
服を褒めるのはありきたりすぎるかな?
大蛇さんなら褒められ慣れてるだろうから、並みの言葉じゃ心に響かないだろう。
もっと一言でキュンとくるような斬新な褒め方を……。
「く、唇がキレイだね!」
バカー! どこ褒めてんだよ気持ち悪いな!
言った瞬間に冷や汗が吹き出たが、もう遅い。
案の定、大蛇さんは引きつったような笑いを浮かべた。
「あ、ありがとうございます……結構高いリップ使ったんですよね、今日」
「そ、そうなんだ……やっぱり高いのはすごいなあ……はは……」
最悪だ……。
くそ、非モテが変なスケベ心を出すからこんなことになるんだ。
おかしなことを考えず、自然体でデートを楽しめばよかった。
うわー、もう初っ端から最悪だよ……気まずいなあ……。
ため息をつきながら、ポップコーンとコーラを買って劇場へ。
完全におかしな空気になってしまったので、その間とくに会話はなし。
いかん、なんとか挽回しなくては。
そうだ、予告が始まったら、それについて話しかけてみよう。
上手くいけば、この雰囲気を払拭できるかもしれない。
しかし、悪いことは重なるものである。
「盛岡くん、ちょっと私お手洗いに行ってきますね」
「あ、うん。分かった」
予告が始まる直前に、大蛇さんはトイレに行ってしまった。
まいったな、こうなったら本編がよほど面白いことにかけるしかない。
どんな内容だったかな……。
どうせイケメンと美少女がなんか悲劇的な恋をする、邦画でよくある感動のラブストーリーだろう。
予告が始まり、二本、三本と、ハリウッド超大作やらサスペンスやらの映像が流れ始める。
やがて予告も終わり、盗撮禁止やら、海賊版のダウンロードは禁止だののCMが。
……大蛇さん、遅いな。いつ来るんだろう?
もうそろそろ始まっちゃうんだけど……。
やきもきしながら待っていたが、結局大蛇さんは間に合わなかった。
本編が始まった。
有名俳優
そんな彼女を放っておけず、家に連れて帰る男子高校生。
実は少女は重い病気を抱えており、余命一年にも満たないと宣告されていたのだ。
それを知った男子高校生は、彼女と最高の思い出を作るべく、何だかんだと世話を焼く……というストーリーである。
と、ここまで判明した時点で、すでに上映開始から一時間が経過している。
いくら何でも遅すぎる。
もしかすると、大蛇さんの身に何かあったんじゃないか?
僕は居ても立っても居られなくなり、映画を放って外に出た。
どうせ、このあとの展開は予想がつく。
似たような設定のドラマを昔見たことがあった。
どうせ最後に泣きながら幸せなキスをしたら、少女が奇跡の回復を遂げてめでたしめでたしとか、そんな感じだろう。
実にくだらない。
そんな雑な生き返り方をするくらいなら、死んだ方がよほど感動するってもんだ。
スマホから電話をかけてみてもつながらない。
劇場の外にいた女性スタッフに事情を話し、女子トイレの中を見てきてもらうことに。
しかし、
「お探しの女性はいらっしゃらないようでしたが……」
「あれ? じゃ、じゃあ、その前に誰かトイレで倒れたりとかは」
「そういったことは特には……」
どういうことだ?
いったい大蛇さんはどこに行ってしまったんだ?
もしかして、急用ができてすぐ家に帰ったとか?
いや、マメな性格の大蛇さんなら、それでも一言くらいメッセージを残しておいてくれてもいいはずだ。
とにかく、探してみよう。
僕は映画館を出て、ショッピングモールの中をあてどなく駆け回った。
そして、ついに大蛇さんのワンピース姿を雑踏の中に見つけた。
「大蛇さん!」
「も、盛岡くん!? まだ映画やってるはずじゃ……」
僕の声に気づいた大蛇さんは、ぎょっとしたように目を見開いた。
なんだか様子がおかしい。
「あれ? 夏巳ちゃんどうしたの? 知り合い?」
「あ、いや、これは、その……」
……ん? 誰だこいつ?
大蛇さんの隣には、背の高い男子高校生がいた。
サラサラの肩まである髪に、小洒落た服装。
そして、イケメンだ。
何で僕とデート中の大蛇さんが、こんな奴と一緒にいるんだ?
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