第9話『デート前日』

 翌朝。

 通学路の途中にある交差点に、大蛇さんの姿があった。


 電柱にもたれてスマホを触っていた大蛇さんは、僕に気づくとヒマワリのような笑顔を向けてくれた。


「おはようございます、盛岡くん!」


「あ、うん。おはよう、大蛇さん」


 昨晩、あれから何度かメッセージのやり取りをし、これから毎日一緒に学校に通う約束をしたのだ。


 なんでも、カップルなら可能な限り、並んで登下校をするのが当たり前のことなのだとか。

 

「おい、あれ二組の大蛇さんじゃね?」


「え、マジかよ。彼氏いたの?」


 道を歩いていると、同じ学校の生徒たちから羨望の眼差しが向けられる。


 昨日までなら、そんな視線も優越感を覚えながら受け止められたのだが……。

 やはり、美佐の話が気になって仕方がない。


 ここは、ズバッと切り出してみるべきだろうか。

 でも、嘘だったとしたら失礼極まりないし、仮に本当だったとしても、僕の方から何ができるわけでもない。


 付き合ってるわけでもないくせに、浮気はやめろなんてどの口で言えたものか。

 上の空で大蛇さんの話に相槌を打っていると、


「へへっ、カーノジョ。そんなしょぼい男ほっといて、俺らと遊ばない?」


「私のことですか?」


「あったりまえじゃーん! キミみたいなマブい子じゃなきゃ、声なんかかけねえっつーの!」


「俺、超安いカラオケ知ってるぜ。学校なんかフケちまってさ、歌いに行かね?」


 古臭い絡み方をするヤンキーどもが現れた。


 僕がしょぼい男なのは一切否定しないが、真面目な人間を堕落の道に引きずり込もうとするのは見過ごせないな。

 落ちるなら自分たちだけで勝手に落ちていけって話。


「大蛇さん、行こう」


「おい、おめーは黙っとけっつの。俺ら今この子と喋ってんだからさ」


「ケッ! モテなさそうな面しやがって。こんなマブい子がお前みたいなシケたのに惚れてるわけねーだろ!」


「ボランティアじゃねえの? コクられたけど、フるのが可哀想だからお情けで付き合ってやってんだよきっと!」


「ははっ! それウケるわ!」


 フ……残念だったな。

 概ね正解だが一つだけ間違いがある。


 それはこちとら告白すらしていないってことさ。

 まさか本当にボランティアで付き合ってくれてるなんて想像もしてないだろうがな……。


 僕だって想像すらしないだろうな……うん……。

 改めて自らの境遇の惨めさを痛感していると、


「そんな言い方しないでください! 盛岡さんに失礼です!」


 大蛇さんが髪を逆立てて怒り出した。

 そんな……僕のためにこんな奴らに本気で怒ってくれるなんて。

 予想外の剣幕に、ヤンキーどももタジタジとなる。


「ちょ、どしたの。いきなりマジになんなって」


「盛岡くんだって好きでモテなさそうな顔してるわけじゃないんですよ!」


 そりゃそうだ。


「それに、盛岡くんは生まれつき恋愛力が……!」


 あ、いけない。また僕の恥部が公衆に露出されようとしている。

 悪意がないのは分かってるけど、無用な同情は避けたい。


「いいよ、大蛇さん。そのへんで」


「でも……!」


「僕は大蛇さんが怒ってくれただけで嬉しいよ。だからもう行こう」


「私はまだ怒り足りないんです!」


「闘争心が強い!」


 大蛇さんの正義感が強いのは知っていたけど、ここまで激情家だったとは。

 ヤンキーたちも完全に呆気にとられている様子だ。

 

「なんかお前、大変そうだな……」


「これ、豆乳。カノジョに飲ませてやってよ」


あの日﹅﹅﹅だぜきっと。優しくしてやったほうがいいぜ」


「ああ、ありがとう……」


 ぬるいパック豆乳を受け取り、僕はなんとか大蛇さんをなだめすかして学校に連れて行った。


 でも、やっぱりいい子だよな大蛇さんは。

 こんないい子がビッチであるはずがない。

 僕は改めてその確信を強めたのだった。

 

 ◆


 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。

 金曜の放課後、僕はいつも通り大蛇さんと下校していた。

 

「明日、楽しみですね! 私ずっと観たかったんです! 『僕と彼女の最初で最後の初恋』!」


「う、うん。そうだね……」


 明日は大蛇さんとの疑似恋愛最終日。

 一緒に駅前のショッピングモールで映画デートをし、それでこの仮初の蜜月は終わりを告げる。


 確かにデートは楽しみだけど……大蛇さんと別れなきゃいけないっていうのは残念だな。

 いや、そもそも付き合ってもいないんだけど……。


「映画は午後一時半からの部だったっけ?」


「そうですね。公開一週間目の話題作なので、チケット購入の時間は十分

程度は見ておきましょうか。かなり並ぶと思いますから」


「なら、集合は一時十五分くらいにしようか?」


「いえ、ギリギリだと並んだ席が取れないかも知れないので、一時間前には来てチケットだけ買っておきましょう。それに、ドリンクやポップコーンを買う時間も見ておきたいですし」


「なるほど……」


 普段、映画を劇場で観るってことをぜんぜんしないから、そのへんの勝手はさっぱりだ。

 なんというか手慣れてるな、大蛇さん。


 きっと、映画デートなんかもう何回も来たことあるんだろうな……。

 ……ええい、いらんことは考えるな。

 今は明日のデートにだけ集中するんだ!


「じゃあ、集合は十二時半でいい?」


「いえ、私が一人でチケットを買っておきますから、盛岡くんは一時ごろ

来てもらえればいいですよ」


「そんなの悪いよ! なら僕が買っておくよ」


「そうですか? ならお願いしますね。私は一時……十二分までには行けると思いますから」


 十二分? 大蛇さんなりのギャグか何かか?


「あはは、十二分って何でそんな変な時間なの?」


「いえ、大した理由じゃないんですよ! ただ、ちょっと、どうしてもやっておきたいことがあって……」


 何故か慌てたように言い訳をする大蛇さん。

 ちょっと滑ったと思っているんだろうか。

 まあ、別にどうでもいいけど。


「じゃあ、僕はこのへんで。明日、楽しみにしてるね!」


「はい! チケット代は会ったときに払いますね!」


 家の近くの交差点で、僕は大蛇さんと別れた。

 さーて、このあとは予定が山積みだ。


 まず散髪に行って、服でも買いに行こう。

 適当にマネキン買いしておけばハズレはないだろうし。

 うん、何だかんだで楽しみになってきたな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る