第14話 新たな光



 ───三年後。


 所々に大きな岩が点在する荒野を駆ける、一つの荷馬車。

 荷馬車を引く二頭の馬。息の合ったリズミカルな足音が心地良い。

 その心地良さとは裏腹に、ガタガタと忙しなく揺れる荷台。そこに積まれた大きな木箱に寄り掛かりながら俺は、一仕事終えた後の防具の手入れをしていた。


 「……よし。」


 綺麗な銀色の輝きを取り戻した篭手ガントレットを手に填め、少し動かしてみる。隙間に入り込んだ小石等が無いことを確認し終えると、腰元の剣に目をやる。


 (…いや、馬車の中では流石にやめとくか。)


 揺れる荷馬車の中で剣をメンテナンスするのは危険だろう。視線を剣から足元に移し、目視で異常がないか確認する。


 今の俺のジョブは剣士のワンランク上、剣騎士ソードナイトへと変わっていて、装備品もグレードアップしていた。

 機動性を重視しているので、身に纏う鋼鉄は必要最低限にしている。その為こうしたメンテナンスは欠かせない。


 装備の確認作業が一通り終わり、外の空気を吸おうとその場から立ち上がって御者席の方へと歩み寄る。

 荷馬車の布を捲れば眩しい陽射しと砂煙が容赦なく目を刺してきて、思わず目を細めた。


 「あと40分ほどでアリオトの街に着きますよ〜。」


 女御者が俺の気配を察して、顔は向けずにこちらに話し掛けてくる。

 この女御者は、一見子供にしか見えない120cmにも満たない低身長に、ピンと角のように伸びた長い耳が特徴の妖精族、エルフだ。ついでに言うと、彼女の事は御者よりも商人と言った方が正しい。


 「悪いな、ついでとは言え乗せてもらっちゃって。助かるよ。」


 「いえいえ〜。騎士さんに護衛して頂けるなんて幸いでした、助かっているのは寧ろコチラの方ですよ。」


 エルフ商人が荷馬車を走らせるこの荒野では、獰猛な魔物が現れる事が多くなっていた。その為荒野に入る前の関所で、商人単独の通行は禁止だと門番に言われた彼女が立ち往生していた所に、偶々俺が通りかかった。更には俺と彼女の行き先が一致しており、それならばと俺は護衛役を買って出たのだ。正にウィン・ウィンの関係というやつだ。


 「しかし……パッと見じゃ何ごとも無さそうな場所なんだけどな。」


 地平線の彼方まで続く、実に広大な荒野を見渡しながら、俺は呟いた。


 「今までは魔物も少ない、比較的安全な搬送ルートだったんですが…各地で魔物の凶暴化が進んでいるらしくて。ここもその影響なんですかねぇ。」


 「凶暴化に加えて、魔物の数も増えてると来たんだから…商人さんも大変だよな。」


 「とんでもない!魔物の討伐に尽力して下さっている貴方がたには、頭が上がりません。」


 「それはお互い様だろ。俺達だって、商人さんが物資を届けてくれなきゃ────ん?」


 商人と話をしている途中、そう遠くない場所に一つの人影を見つける。


 (…あんなところで何やってるんだ?)


 断崖絶壁の山があるだけの荒野でただ一人、ぽつりと立っている。目を凝らしてよく見てみると、全身に重そうな鎧を着込んだ人物だと分かり、何やら辺りを見回しているようだった。


 「おーい!一体何やって───」鎧の人物に声を掛けたその瞬間。突如として、鎧の人物の傍にあった大岩が砕け散り、中から巨大なサソリが現れた。恐らく高さだけでも10m近くはあるだろう。


 「うおおお!?デケェェェ!!!」


 「あわわわ〜、あれはオオイワサソリです〜っ!」


 「流石にデカすぎだろ!つーかそもそも何で岩からサソリが出てくるんだよ!」


 「あれは岩ではなく卵なんです!しかもオオイワサソリは普通のサソリと違って、卵からほぼ成虫の状態で産まれるんです〜!」


 「厄介極まりないな!!…っていうか、あの鎧の人は大丈夫なのか!?」


 オオイワサソリの足元に目を向けると、鎧の人物は大剣を盾代わりに、オオイワサソリの大狹を防いでいた。大狹が大剣に当たる度、火花が激しく飛び散る。どうも防戦一方で、状況としてはあまり宜しくない様子だ。


 「商人さん、俺ちょっとあの人を助けに行ってくる!!」


 「ええ〜!?私はどうすれば〜!」


 「ここで待っててくれ、すぐに終わらせるから!」


 走り続ける荷馬車から、腰元の剣を引き抜きながら飛び降りる。


 「…いっちょやるか。」


 ポーチから取り出した種を口に放り込み、噛み砕く。

 剣先を右下に向けて両手で構え、片足を提げて姿勢を低くする。そして、強く地面を蹴りあげた。

 ガゴン、と地にヒビを入れ小さなクレーターを作り出し、その身体はさながら光線のように、一直線にサソリの方へと向かう。




 一方、サソリは双方の大狹で鎧の人物をガッチリと掴んでおり、鎧の人物は身動きが取れずにいた。

 やがてサソリの毒針が刺されようとした、次の瞬間。


 「…!」


 目に飛び込んだのは一筋の光。それはピアノ線のように真っ直ぐな軌道を描き、サソリの尾を通過していった。一瞬遅れて、キイィン、という高く澄んだ金属音が響き渡る。音と同時に、サソリの尾は真っ二つに切れ、毒針の付いた先端部分はボトリと地に落とされた。


 「ギイィィィィィィ!!!!」


 甲高い悲鳴のような鳴き声を上げ、怯んだサソリは大狹を開いて数歩後退する。

 光の主は地面に着地すると、砂煙を上げながら勢いを足で殺し、最初の着地地点から数メートル移動した位置で静止する。そしてその体勢のまま、「風よ、鋭き刃となりて悪しきを切り刻め。」と呟く。

 空を切る音。同時にサソリは、一瞬にして木っ端微塵に姿を変えていた。ぶしゃあ、と緑色の血飛沫を辺りに撒き散らし、地に落ちると共に霧散し消滅した。


 「───……。」


 たった数秒の出来事だった。

 鎧の人物は、呆気に取られた様子でサソリの居た場所をぼうっと見つめていた。




 「──大丈夫か、どこか怪我とかはしてないか?」


 俺は服に着いた砂を雑に手で払いながら、鎧の人物に駆け寄る。


 「……ああ、お陰様でな。貴殿の鮮やかなる剣技…見事だった。感服致す。」


 鎧の人物はこちらに向き直ると、お辞儀をして感謝の気持ちを伝えた。

 鉄仮面で素顔は見えないが、雰囲気だけで悪い人ではないことがよく分かる。


 「剣技っていうか、単なるゴリ押しだったけどな。とにかく、無事で良かったよ。」


 「…貴殿の名前を聞いても良いだろうか。」


 「理人だ、アリオトの街を中心に活動してる騎士の端くれだよ。」


 「リヒト…?」


 「ん?…俺の名前がどうかしたか?」


 鉄仮面にジッと見つめられ、少したじろぐ。相手の目こそは鉄仮面で見えないものの、こうも見つめられると緊張してしまう。


 「……貴殿は。」


 暫くの間を置いて、鎧の人物から言葉が発される。俺はぱちくりとして首を傾げる。


 「貴殿は、ファンタジア・ゲートという名前を知っているか?」


 「ファンタジ……って、それ、この世界に似たゲームの…!!」


 覚えのある単語を聞いて俺は、思わず声のトーンを上げて食いつく。


 「…やはり、そうか…。」


 鎧の人物は静かに呟くと、おもむろに鉄仮面に両手を添え、それをそっと外した。

 長い亜麻色の髪がさらりと流れ落ち、重々しい鎧姿からは想像出来ない、白い肌と整った目鼻立ちの綺麗な女性の顔が露わになる。

 そして女性は「覚えているか?ベルタだ。」とニッコリと微笑んだ。


 「………。え、ベル、タ…?」


 ベルタ。ベルタ。………ベルタ。

 記憶がゆっくりと繋がっていく。

 ファンタジア・ゲートで共に戦った、男重装騎士のベルタ。


 「…いや、え、女、の子…?」


 「ん?…ああ、そういえば言っていなかったな。ゲームでは男アバターだったが、私は正真正銘女だぞ。」


 「………マジで、か…。…いや、そんな事より、ベルタ……!ほんとに、ベルタなんだな…!!」


 思わぬ出会い、もとい再会にぶわっと目頭が熱くなる。

 にわかには信じ難い光景が、目の前にあるのだ。

 感動で溢れそうな涙を堪えていると、ベルタがそっと右手を差し出した。


 「アルベルタ。白森しろもりアルベルタだ。改めて宜しく頼むぞ、リヒト。」


 「…理人。空賀理人。宜しくな、ベルタ。」


 差し出された手を確りと、強く握り返す。

 彼女の希望に満ち溢れた碧眼が、太陽の光で宝石のように輝く。


 二人の再会を祝福するかのように、白い鳥が青空を羽ばたいた。

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俺、世界救います。〜ゲームそっくりの世界に転移、色々あって邪神を倒す事になりました〜 珠希 林檎 @tamaki80

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