番外編 人魚姫と王子様の物語
「ねえ、キミはどうして言い返さないの?」
帰り道、私と同じ方面に返る不思議なクラスメイトがそんなことを聞いてきた。彼の名前は
彼の問いに返す言葉を見つけられないでいると、彼は「ま、嫌なら話さないでもいいけどさ──」と続ける。
「キミの声は本当に綺麗だと思うよ。なのにそんな綺麗な声が不当に扱われることに、僕は気にくわない」
「そ、それはアナタの……勝手な……意見」
まるで風船が萎んでいくような声音に、私はやはり綺麗とは程遠い声をしていると改めて実感する。それなのに彼は首を横に振る。
「ううん。僕の母さんだって、塾の友人だってキミの声は『綺麗だ』って、そう評価する。それに賭けてもいいし、玲風さんさ──」
彼は一度言葉を切り、私の目の前に立つ。驚いて足を止めている間に、彼は「やっぱりね」と、目にかかっている髪の毛を退けながら呟く。
「顔だって可愛いじゃん。見せないなんて損だよ」
「……っ、か、帰るっ」
私は反射的にその場から逃げ出す。自分でもよくわからない、何かが私の中で早鐘を打つからだ。それに──
「(顔が熱いのは走ったから! 心臓がうるさいのは走ったから!)」
そうに違いないのだ。この心臓も、耳の奥で反芻する彼の声も、全部全部、急に走ったからこうなったんだ。
私は自室に閉じ籠り、ずっとそうに念じていた。けれども声はずっと今先ほど聞いたかのようにリピートしていて、私の心臓はそれに呼応するように早鐘を打つ。
不思議と苦しさのないそれに心地良さを抱いたのはいつ頃からだったか。彼の今日の言葉がぐるぐると私の脳の中でずっと残っているのは何故か。
わからないけれど、それでもバカな私は『ソレ』に気が付いた途端、何故か涙が溢れてきた。
「私でも、誰かと一緒にいて……いいのかな」
■■■■
泣き疲れて、全てが頭の中から流れて落ちてしまった頃には私は眠っていて、次に目覚めたのは朝方であった。
その日、私は意を決してヘアピンで前髪を留めて家を出た。私と彼は嫌でも同じ時間に登校することとなる。だからいつものT字路で彼を待つ。
その間ずっと、ヘアピンが変でないか気が気でなかった。だからか彼が「おはよう」と声をかけてきた時にはびっくりしてしまった。
彼はそんな様子が可笑しかったのか、微笑んで告げる。
「可愛いね。似合ってる」
「──あ、ありがとぅ」
「え? あ、ちょ、泣かないで!?」
聞き慣れない不意打ちのように言われた褒め言葉に、私は不意に出てきた涙で彼を困惑させる。悲しい気持ちはないのに涙だけは止まらないのは不思議であったが、彼の目の前で泣いて、わかった気がした。
これは嬉しいからだ……この涙が嬉しいから溢れてくるのだと、彼の隣にいていいのだと、理解したが故の涙だ。
──この日から、私は氷雨くんの隣にいる。
それはきっと、これからも変わらない。私は彼がいないと、居場所がなくなってしまうのだから。
三面相と人魚姫 束白心吏 @ShiYu050766
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