後日談 心配性な人魚姫・下

 恵衣さんと同じ屋根の下で寝食を共にした翌日、僕はジャラリと聞きなれない高い音で目を覚ます。心なしか左手首にも違和感があり、確認のために重たい瞼を開けると、なんとも不思議なことに僕の左手は手錠をされていた。

 手錠はベッドのフレームと繋がれている。ベッドを降りることこそできるものの、僕は動けないようだ。

 さてどうしようか……寝起きで回らぬ頭を無理にでも動かし、挙げ句には何も出来ないと結論付け、諦めと共にベッドに寝転がる。

 そういえばと、昨日から恵衣さんが泊まっていることを思い出した。今日は休日であるためのんびりとしてしまったが……っと、こんな姿を恵衣さんに見られたら、彼女はどう思うのか。起き上がってそんな思考に耽っていると、コンコンと木製の扉を叩く音がする。ウチには律儀にノックする人物はいないため、十中八九恵衣さんだろう。


「どうぞ」


 そう言うと、ガチャリとドアノブを回した所から、深海を思わせる黒髪が覗く。


「おはよう恵衣さん」

「お、おはよう……」


 警戒の色を濃いめに段々と顔を覗かせる恵衣さんを、僕は笑顔で歓迎する。

 怒ってないの? と言った様子でこちらを覗く恵衣さんに対して僕がおいでと手招きすると、パアッと表情を明るくして、彼女は笑顔で隣に腰かける。


「この手錠は恵衣さんのかな?」


 隣に座る恵衣さんはコクリと頷く。


「お、お母さんが『心配なら繋いどけ』って……」

「中々に行動力のあるお母さんなんだね」


 見かけによらず──でもないような。実際、恵衣さんのお母さんはずっと旦那さんの近くにいたような気もする。血は争えない、ということだろうか。

 そしてふと、僕はあることに気がついて、恵衣さんに聞いてみる。


「心配だったの?」

「……うん。だから──」


 恵衣さんは空いている右腕に全体重を乗せてくる。羽のように軽い。そして女性特有の柔らかさや、恵衣さんの甘い香りが鼻腔をくすぐり、思考や理性といったものが飛びそうになる。


「き、今日は存分に、甘え……ます」


 可愛らしい上目遣いに、神様さえ魅了するであろう美声が相まって、僕の理性が本当に飛びそうになる。というか──


「うん。いいよ。良いけどね、恵衣さん──」

「え──ひゃっ!」


 僕はベッドに恵衣さんを押し倒して、首筋にキスをする。

 可愛い悲鳴をあげる恵衣さん。本当、可愛すぎて困る。


「そんな誘惑されると、本当にヤバいんだよ?」

「あ、うぅ……」


 ──たぶん、僕も理性が半ばやられていたのだろう。ふと我に帰った時には押し倒して、そんなことを言っていた。

 それに、まだ眠いし。


「あぅ! え、えとえと、氷雨くん……」

「二度寝、しちゃおうか」


 隣に寝転がった僕に動揺する恵衣さんに、そう提案してみる。

 幸いにも今日は休日。だから昨日、恵衣さんがお泊まりすることを歓迎して、今日もこうして慌てずにいられる。まあどうであれ、僕はまだ寝足りないのだ。

 いつもなら休日はお昼前まで寝ている僕だが、今日はまだ朝の八時。あと二時間は余裕で寝れる。


「え、えとえとっ……はい」

「それじゃあおやすみ。恵衣さん」


 僕は空いている左手で、恵衣さんのことを抱きしめ、微かな睡魔に身を委ねる。




 次に起きた頃には手錠は外されていた。そして僕の胸に、隠すように、恵衣さんは顔を埋めていた。

 この後、僕はこれでもかというくらいに、恵衣さんを甘やかした。

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