グッド・バイ

彼岸キョウカ

グッド・バイ

 お別れしたつもりだった。捨てたはずだった。

いつだって誰よりも絶望は優しいし、人間は怖かった。人間?動物?どっちでもいいし興味はないけど、自分以外の命は怖い。存在そのものに恐怖を抱いているのか、その存在がいつか動かなくなることに恐怖を抱いているのかは未だにわからないままだ。

 自分を殺せなかったから、許せなかったから、愛せなかったから。覚悟を決めることも、勇気を出すこともできなかった奴が光になどなれるはずがない。闇の中は苦しいと同時に心地よかった。永く闇に浸かりすぎたので、甘えてしまった。光になれないと悟った振りをして、光になることを捨てた。

 自分の外に興味を向けてからは、それはそれは、幸せな時間だった。物事に打ち込むほど時は早く過ぎ、やればやるほど成果がわかる。人と関わると自分にはない考え方を知ることができるのは本を朗読してもらっている様なものだった。自分をも捨てたら、人生が楽しさと明るさに満ちていることに気づいた。

 昔から他人の思いの下を考えるのが癖だった。純粋の底の暗く黒い部分。そこに想いを馳せては、自分にもそれがあることを酷く嫌悪していた。光になることを捨て、自分を捨て、無敵だった時に、ふと考えてしまった。自分の好の下を。いとも簡単に愚かに軽やかに、深淵を、怪物を、覗いてしまった。生きていて初めての恐怖だった。心臓を握られてしまった。まるで惚れてしまったかのように、覗いてしまったその時から、怪物が頭から離れなかった。

 怪物に恋をしたと同時に、全ての記憶が戻った。自分を捨てたこと、憧れを捨てたこと。さよならではなく、ただ逃げていたこと。今まで目も当てられなかったけど、初めて自分を見ることができた気がした。少女だと思っていたそれは、想像以上に人間だった。身体の所々が火傷していた。自分の身体を燃やす炎は、光にはなれなくとも、他人に温かさを渡せるかもしれないと思った。

 深淵を覗いたことは幸せか、地獄の始まりか。少なくとも今は幸せだと感じる。闇とは違う、気を抜いたら魅了され殺されそうな——いっそ殺された方が幸せな気がするが——深淵のその先に抜けた時に、完全な人間になれる気がして興奮が冷めやらない。次こそ私を捨てる為に、


 グッド・バイ

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グッド・バイ 彼岸キョウカ @higankyouka

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