第2話


 翌朝、音羽信也は祖母が起きてこないので心配して和室に入った。

「お祖母ちゃん、まだ起きないのか」

 いつも寝ているはずの和室の布団に祖母がいないので、信也は隣の仏間に入った。

「っ…」

 信也が息を飲む。冗談半分だと言っていた冷凍睡眠装置が起動している。

「お祖母ちゃん?! まさか本気でこれに入ったのか?!」

 信也は急いでモニターの電源を入れ、ライトのスイッチを押した。ごく簡単な操作だし、事前に笑いながら祖母が説明してくれていたので知っていた。そして、事態の重さも知った。

「っ……お祖母ちゃん……」

 モニターに祖母の顔が映っている。やや白っぽい顔、そして呼吸をしているようには見えない。庫内の温度は零度以下のはずなので、人体が生命活動を維持できているとは思えない。

「…ど…ど……どどど…どうしよ……ううあ…うわああ……ど、どうすれば…」

 うろたえ、信也は頭を抱える。すると畳に貼り付けてある。祖母からの書き置きに気づいた。同じ書き置きが襖や冷凍睡眠装置の上にも貼り付けてある。パニックになった信也が見落とさないように工夫してくれていた。まだうろたえつつも、読む。

 

 信也、落ち着きなさい。

 救急車を呼んではいけません。

 医師を呼んでもいけません。

 警察も呼んではいけません。

 私は眠っているだけです。

 死んでいません。

 お祖母ちゃんは眠っているだけよ。

 冷凍睡眠装置のおかげで、とても長く眠れます。

 それだけのこと、まずは落ち着いて、いつも通り行動しなさい。

 今日は外に出ず、誰にも相談せず、とにかく気持ちを落ち着けなさい。

 しっかりご飯を食べて、のんびり過ごしなさい。

 いいね、誰にも言わない。

 近所の人にも。

 警察にも救急車にも電話しない。

 ネットで相談するのもやめてね。

 明日以降のマニュアルも台所の棚にある梅酒の下にあるから、明日になってから読んでね。

 今日は落ち着くこと。

 泣かないで。

 私は生きているから。

 

 読み終えた信也は手が震えていたけれど、繰り返し祖母から落ち着いて、とメッセージされていたこともあり、次第に落ち着きを得る。

「…ハァ…………ハァ………ぐすっ……お祖母ちゃん………生きて……生きてるのか、これ……? ただの大型の冷凍庫じゃないか……いろいろ機械がくっついてるけど……」

 信也は泣きそうになったけれど、涙を我慢した。遺言には従いたい。遺言なのか、もしかして生きているのか、とても不安で悲しかったけれど、信也は警察にも消防にも電話せず、ハローワークに行くのもやめた。

「……お祖母ちゃん……」

 また信也はカメラ越しに祖母の顔を見る。安らかな寝顔だった。

「………ぐすっ………今にも目を開けてくれそうなのに……お祖母ちゃん……こんなポスターまで用意して……どんだけ若返りたいんだよ……」

 仏間の壁と冷凍睡眠装置の横には音羽梅子が16歳だった頃の白黒写真をもとにして描かれた現代風のイラストが飾られている。女学校の制服を着て、可愛らしい笑顔で、大きな瞳とショートカットが快活な印象の女子として、輝いている。スカート丈も現代風に短く描かれていて、スタイルもいい、こんな少女が登校していたら、きっと学校のアイドルになったと感じられるイラストだった。

「……とうとう……オレは一人に……」

 淋しさが襲ってきた。戸建て住宅が広く感じる。

「これから、どうすれば……明日からのマニュアルもあるって……でも、明日まで待たないと……」

 信也は少しは迷ったけれど、素直に待つことを選ぶ。あまり自分の頭が良くないことは知っている。だから、きっと祖母の言うとおりにした方が、いい結果になると信じている。気がつけば、お昼過ぎになっていて、やっと空腹を感じて朝食を摂った。二人分の朝食を一人で食べると淋しさが募ったけれど、泣かないようにした。泣くと、イラストになった梅子が怒るか、笑うかしそうなので、せめて男として泣くのを我慢した。

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永眠、冷凍睡眠と年金 鷹月のり子 @hinatutakao

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